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第一章 陽祐
「ふぁ……、あ……」
校門からバス停までの坂道を下りながら、陽祐は、あくびした。
授業中ほとんど寝ていたのに、まだ眠い。予備校で寝るわけにはいかないけど。
「──セ・ン・パイッ!」
肩を叩かれ、振り向いた。
麻生夏花が微笑んでいた。陽祐に追いついて隣に並び、
「陽祐センパイ、朝も帰りも一日中、眠そうですねぇ?」
「朝なんか会ったか?」
「駅で見かけましたよぉ。でも声かける前にセンパイ、電車に乗っちゃって。あたしは乗り遅れて次の電車」
「……はーん」
陽祐は曖昧にうなずく。
電車に乗ったというから地元の駅のことだろうが、陽祐にとっては、どうでもいいことだ。
陽祐は私立高校の三年生で、夏花は二学年下の後輩だった。
地元が一緒で同じ中学の出身である。
並んで歩けば、陽祐と夏花は絵になるコンビだ。
白いシャツと紺のネクタイという夏の制服が二人ともよく似合う。
陽祐は先月の県総体を最後に引退するまでは水泳部員で、肩幅があって引き締まった体つき。
端正な顔が日に焼けていないのは学校のプールが屋内にあるからだ。
一方、夏花は現役の水泳部員である。
セミロングの艶やかな黒髪に、かたちのいい眉と涼しげな眼。通った鼻筋に、血色のいい唇。
体つきはスレンダーで、きわどく丈を詰めたスカートから伸びた脚が周囲の視線を惹きつけずにおかない。
陽祐は、あえて眼を向けないようにしていたけど──
「……おまえ、部活はどうした?」
陽祐はたずねた。
たとえサボりでも夏花自身の競技成績が落ちるだけで知ったことではないが、ほかに話題がない。
すると夏花は、くすくす笑い、
「やだなぁ、サボりじゃですよぉ。テスト前だからお休みでぇす」
「ああ、そっか……」
苦い顔でうなずく陽祐に、夏花は屈託のない様子で、
「陽祐センパイもテスト勉強で眠いんじゃないんですかぁ?」
「学校のテストなんか無視だよ。こっちは受験で手一杯だ」
「そっかぁ、受験生だから。そうでしたよねぇー……」
ふむふむと夏花はうなずくと、ちらりと上目遣いに陽祐の顔を見た。
「じ・つ・はぁ、クラスの子に、陽祐センパイを紹介してくれって頼まれたんですけどぉ?」
「……あ?」
眉をひそめる陽祐に、夏花は、にんまりと笑い、
「可愛い子ですよぉ? ほら、こないだ学食でセンパイと会ったとき、一緒にいた子ですけどぉ」
「ンなの、相手してる暇ねーよ」
さらに渋い顔になる陽祐に、夏花は笑顔のままで、
「もちろん受験生だし答えはそうでしょうけど、いまフリーかどうかだけ確かめてって、頼まれちゃってぇ」
「聞いても答えなかったと言っておけ」
「うーん、そうですかぁ」
夏花は両手を広げて肩をすくめる芝居じみた仕草をした。
「彼女、センパイの趣味とか好きな歌手は誰かとか、しつこく聞いてくるんですよねぇ」
「…………」
陽祐が仏頂面のまま答えずにいると、夏花は、ふふっと悪戯っぽく笑い、
「あたしも中学のとき、美沙に同じことしたから文句言えないですけどぉ……」
美沙は陽祐の妹で、夏花とは中学の同級生だった。
いまは県立の女子高に通っている。
「……でも、元カノのあたしにそんなこと聞くなんて、遠慮ないですよねぇ?」
「…………」
陽祐は返事をしなかった。
坂の下の停留所にバスが着くのが見えた。並んでいた生徒たちが乗り込み始める。
「……俺、予備校急ぐけど、おまえは?」
たずねる陽祐に、夏花は微笑み、
「どうぞぉ、行っちゃってくださぁい」
「わりーな」
陽祐は駆け出した。
ぎりぎりでバスに乗り込み、吊り革につかまって窓の外を見ると、夏花がこちらに手を振っていた。
だが、すぐにバスは角を曲がり、夏花の姿は見えなくなった。




