表と裏の正体 その漆
「あれ……?」
全身に感覚が戻って真っ先に出た言葉は、何の捻りもない単純な疑問詞だった。
手が動く、身体が動く、五感が戻っている。不思議だ。
何故……
「今はポチが身体使ってんじゃないのか……?」
この俺、上倉零次は疑問を感じる。
どうやらさっきまで身体の支配権をポチに譲っていたのだが、その権利を無理矢理返されたらしい。
「はぁーっ、あいつもメンタル弱いなぁ……」
思わず溜め息が出る。それもそうだ。
俺はあいつに託して引っ込んだのにこの有り様。悲しくもなるわ。
「たかだか一回負けた程度、別にいいじゃねぇかよ……」
こうなった原因は十中八九さっきの敗戦だろう。
実のところあいつはメンタルが弱いし、そもそも戦いをあまり好んではいないのだ。
プライドは高いが、だからこそ脆い。戦闘好きを装っているが、所詮ただの剥がれやすいメッキ。
ポチという『少女』はほんとの話、あまり強い子ではないのだ。
それでもカミクズを見て切り替わった時なら、対象を倒すまであいつの役割は終わらない。だからそういう時は根性決めて戦うのだが、残念なことに今回はそうはいかない。何故なら今回、人格を変えるために使った手段は『許可』だ。
これは別にカミクズを倒さなくても、人格が戻ることがたびたびある。特にポチの精神が弱った時は頻繁に戻ってしまう。
今回もそのケースだ。
「はぁ……とりあえず悩んでる場合じゃねぇな、追うか」
兎にも角にも除村が契約してるとわかった以上、放置は出来ない。
足元を見ると、やはり土。ちゃんと足跡が残っている。追跡はしやすいだろう。
とにかく急ごう……森を抜けられると厄介だ。
こうして俺は走った。
並びに並ぶ木々を避けつつ、走りに走って走りまくり、ようやく森の出口付近までたどり着いた。
が、一向に除村の姿は見えず。
足跡からしてもう手遅れな臭いがプンプンする。
「ちっ……!」
目の前の空間には焼却炉。校舎の裏側。
……奴はどこに行った? 学校まで捜索するか? いやキリがない。呼び出しを使っても応じるかどうか。
……明日まで待つ? いやそうしたらまたヒッキーに戻られる危険もある。最悪、家に入れない状況を作られたら手出し出来なくなる。
どうする……どうする……
「そんな所に隠れて、一体何をしているんだい?」
急に声をかけられ、心臓がドクンと跳ね上がる。
この声は……夕凪!? なんでここに?
ちらりと見ると、焼却炉のそばに夕凪の姿。
いつの間にきたんだ……?
……いやそんな事よりもこいつが言った内容が気になる。別に俺は隠れてないぞ。
ただ……ちょっと森の出口付近で悩んでるだけで……
そりゃちょっと木の影になってる場所だから、隠れてるように見えなくもないけど……
「だんまりかい? そういうのはよそうよ……」
夕凪がさらに言葉を続ける。
これは返事をしといた方が良さそうだな。
うん、無視はよくない。
「そろそろ出てきてくれないか?」
「はいはい、わかっ……」
「なあ、除村!」
「!?」
……除村!?
今のセリフは俺に向かって言ってたんじゃなかったようだ。
だが除村なんて何処に……? まさかこの辺に隠れ潜んでいるとか?
有り得る。
ポチに勝ちかけたとはいえ、あんなに痛めつけられたんだ。
是が非でも逃げ切りたいだろう、それも確実に。そう思うのが普通だ。
なら隠れるという選択肢を削る意味がない。
何故この可能性に気づかなかったのだろう。間抜けにも名乗り出そうになるという始末。
夕凪は幸い俺に気づいていない感じだ。良かった。良かった。
「はぁ、やっぱりひらりんは『かくれんぼ』が得意だね。昔っからぜーんぜん変わんないの」
案の定、除村は隠れていた。何故か焼却炉の中に。
他にも色々選択肢があったろうに……そんな所に入るから煤だらけじゃないか。
いざとなったらイフリートに炎出してもらって誤魔化すつもりだったのかな……?
なんにせよ賢い選択じゃないのは確かだ。しかも夕凪に会って嬉しいのか、最早隠れるのすらやめている。なんだこの状況。
「ねえ、ひらりん。わざわざここまで来てなにか用かな? もしかして心配してくれたりする!? 嬉しいなー! でも私はもう元気になったから大丈夫だよー!」
なのにこのテンションである。
さっきまで俺を殺しにきてたのに落差激しすぎだろ。
でもそんな態度を見ても夕凪の表情は変わらない。
なんだろう……この空気。
「……どうやら勘違いしてるみたいだから、説明しとくよ」
「ん?」
夕凪の視線が、真っ直ぐ除村の目を捉える。
半ば睨みつけるような目つき。
……あれ? どうしたんだ夕凪、何で出てきて早々若干キレ気味なの?
「ど、どうしたのひらりん…なんか雰囲気怖いよ……?」
流石の除村も少しビビってる。
たしかに今の夕凪は怖い、どういうわけか全身から怒気のようなものを感じる。
彼女は除村の質問をまるで無視し、それから数秒してから口を開く。
「……私は別に、キミを慰めにきたわけじゃないよ」
「え……?」
驚く除村。
そして言葉自体も突き放す感じだが、『キミ』という他人行儀な呼び方もなかなか拒絶した感じが出ている。
驚くのも無理はないか。
「え……?」
おっと、俺まで驚きの声を上げてしまった。
幸い気づかれてないようだが、夕凪の意図がまるでわからない。どういうことなのだろうか。
「じゃあ、なんでここまで来たの? 私に用があるわけじゃなかったの?」
「あるよ。ただ、私がしたいのは慰めじゃない。説教だ」
「!?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
なんかまた状況が面倒くさくなりそうだ。
「え、ちょっ、なに……?」
「あのさ、除村。キミはさっき逃げ出したよね?」
「あ……うん」
あれか、俺が不用意な発言をしちゃった時か。
まああの時の除村の行動には問題があったよな。
でもそれで急に説教ってのも……よりによってここでしなくとも。
「ねぇ除村、キミはあんな逃げ方されて、相手がどんな気持ちになったか考えたことはあるかい?」
「ごめん……これっぽっちもない」
……無いのかよ!? 少しぐらいは気に病んでくれよ頼むから!
「そっか、やっぱりそうなんだね。はっきり言ってキミは自分のことしか考えていないんだ」
「そ、そんなことっ……」
「あるよね。だって他人の気持ちを考えていないのだろう?」
「…っ…」
「加えてキミは、考える中心がいつも自分だ。自分が傷ついたから逃げる。自分に都合が悪いから相手の言葉を聞かない。ほら、勝手だ」
「……」
除村がついに沈黙する。
そりゃいきなりあんなに言われたら、誰だってああなるか。
しかもメンタル糞弱い除村だもんな。
説教されたら一番黙りそうなタイプだ。そのくせ今後かなり長い間引きずるよな、多分。
しかし今まで説教とかしてなかった感じなのに、何故急に今になって……
「一人ぼっちは嫌だからわざと明るいキャラを作り、引きこもりやめたのも孤独に耐えられなかったから。違うかい?」
「それはっ…そのっ…」
「図星か、相変わらず面倒臭い思考回路だね。だから昔からキミは面倒で嫌だったんだよ」
「…っ…! そんなっ、昔からって……」
「ああ昔からさ。キミが泣くたびフォローするの、大変だったんだよ? わかって欲しいなこの苦痛」
「…………なんで、それでもあたしと付き合っててくれたの?」
「キミのお父さんに頼まれたからさ。それにしても大変だね、除村先生も。こんな娘を持ってさ、同情せざるを得ないね」
「…ぐっ…」
除村が強く唇を噛む。
少し血が滲んでいる、相当強い力で噛んだのだろう。
悔しかったのか、あるいは悲しかったのか、おそらくはその両方だろう。
それもそうだ、今の夕凪の言い方は酷い。いくらなんでも言い過ぎだ。どうしたんだよ。
「…お父さんは…」
除村がゆっくりと夕凪を睨み返す。
潤んだ瞳で。
「関係ないでしょ……」
静かに言い返す。
震えた声で。
「もう…いいや…あんたなんて灼いてやる…」
彼女の背後から炎の魔神が姿を現す、一体なにをするつもりなのだろう……?
……っ! まさかっ……
気づけば俺は走り出していた。
足音に気づき、二人は一瞬こちらを向くが、すぐに視線を戻す。
ボッという音と共に、イフリートの手には火球が生まれる。
俺のことには一切触れられず、彼女らはさっきの修羅場を続けるようだ。
……くそっ、眼中にもねーのかよ!
除村は夕凪を見据え、溜め息をひとつ。
「はぁ、ひらりんは何でこう……関係ないことばっかり言うかな」
後ろのイフリートが火球を持って振りかぶる。
……やばい! 感情に任せて攻撃なんてしたら、後で一番後悔すんのはあいつだろうに! 頼む夕凪、何でもいいからあいつを止めてくれぇぇぇぇ!
「そんな事はないさ。私は事実を述べただけに過ぎないよ」
プチン、今除村の中で何かがキレたような音がした。ような気がする。
……つぅか夕凪さん、何で今日のあんたそんなに喧嘩腰なんですか!? もーやめて下さいよ!
「っ…あったまきた…ブッ殺しちゃって! イフリート!」
「……っ、危ねぇ!」
「ちょっ……!?」
放たれる火球。
が、届ききる前に夕凪を突き飛ばす、何とか間に合ったようだ。
「ふぅ、なんとか……」
一息つく。
だが俺はそこで思い出す、火球は既に投げられていたということに。
そして夕凪を突き飛ばしたせいで、ちょうど自分に当たるような感じに飛んできていることに。
「あ……やば……」
直撃。
まず最初に感じたのは、常軌を逸した熱気だった。
気づけば腹の中心に衝撃が走り、燃えるような痛みが俺を襲う。それ以外、何もわからなかった。
数秒して、ようやく思い出す。自分が火球に当たったことに。
いつの間にか倒れていたが、起き上がる気にもなれなかった。意識が遠のく。
もう誰の声も聞こえない、誰の声も……




