王都の裁定と「家族」の檻⑫
新連載。全12話完結です。
頭空っぽに楽しんで頂けたら幸いです。
多少、明け透けな部分もあるかと思いますが、生暖かい目でよろしくお願いいたします。
王家としても、この「シャッフル縁談」はまさに渡りに船だった。
地方軍事の要である辺境伯家と、中央政界の重鎮である公爵家。
この二つが結び付けば国政としても安泰になり、さらに王家としても悩みの種だった第二王子イアンを、危険な中央から「辺境」へ逃がすことができるからだ。
あまりにも脳筋な第二王子では、中央の陰謀に巻き込まれて死んでしまいかねない。
だからこそ武力を活かせる本人の気質にあった場所で、のびのびと暮らすことになるイアンに、家族(王族)は心からホッとして胸を撫で下ろしたのだ。
◇◇◇
アッシュだけが晴れやかな顔でソファーに座っている。
シャッフル縁談の概要を話すため、真っ白な二人はアッシュの話を聞いていた。
「……王家としても、この縁談は既に内諾済みなんだよ」
アッシュがさらりと告げた言葉に、イアンの顔が盛大に引き攣る。
「おい! 親父(国王)まで巻き込んだのか……!?」
「当たり前だろう? 地方軍事の筆頭である我が辺境伯家と、王家が直接縁を結ぶ。これ以上の国防はないと、王太子殿下も大喜びだったよ。……ついでに君という『暴れ馬』を辺境地に押し付けられるのだからね」
イアンはショックを受けたような、痛みに耐える表情を浮かべる。
その様子を見たオティリエは、容赦のなさすぎるアッシュを批判的な目で睨みつけた。
それを見たアッシュは溜息をつき、詳しい内情を噛み砕いて説明する。
王家は決してイアンを疎んじているわけではない。
むしろ武勇に優れすぎる第二王子イアンが、時として王位継承権を巡る火種に巻き込まれかねない存在であり、彼の気質からしても王位など欲しがらないことは分かっている。
だが周りの思惑に鈍感なうえ、基本がお人好しで脳筋なイアン。
彼を辺境伯家の入り婿(オティリエの夫)として送れば、国防は強化されて盤石になり、かつ中央の政争からは完全に隔離できる。
「つまり、王家は安泰、公爵家も安泰、そして我が辺境伯家も安泰……。ねぇ、誰も損をしていないだろう?」
「俺たちの精神的自由が損をしまくってる!!」
イアンの悲痛な叫びがサロンに響き渡る中、アッシュはどこ吹く風で優雅に紅茶を啜る。
アッシュにとって、これは単なる政略結婚ではない。
中央(政治の要)で公爵家を操り、地方(武力の要)ではイアンとオティリエを泳がせる。
あっちの世界より平和ではないこの世界において、政治の中心は魔窟であり危険な場所であることを、アッシュは誰よりも理解しているのだ。
「お義兄様、諦めましょう。兄様のこの顔は……、もうすべて処理が終わったあとです……」
オティリエが死んだ魚のような目で、イアンの袖を弱々しく引っ張る。
アッシュの「涼やかで晴れやかな」顔は、何をしても既に手遅れであることを物語っていた。
「オティリエ、お前まで……。くそっ、わかったよ!」
イアンは自棄気味に叫んだ。
「オティリエ! 俺と一緒に辺境で楽しく暮らそうな。あの時みたいに寂しくて死にそうになっても、二人なら大丈夫だ。……前世の飯を時々でいいから作ってくれよな」
「……あ、はい! お義兄様がそれでいいなら……」
オティリエは、かつての「義兄」が「今世の夫」になるイアンに、不思議な気持ちで眼差しを向けた。
「なら、決まりだね。……ああ、そうだ、イアン。言い忘れていたけれど……」
アッシュが立ち上がり、イアンの耳元へ顔を近づけた。
その声はかつて前世で「妻」として「夫」を支配していた頃の、甘く冷たい響きを帯びている。
「オティリエはまだ未成年なんだ。今世の成人が15歳だとしても、20歳までは手出し禁止だ」
氷のように冷たく、やや切れ気味になった瞳で、まっすぐにイアンを射抜く。
「それから何度も言うけれど……、少しでもオティリエを泣かせてみろ。……例えば浮気なんてしようものなら、君の存在自体を抹消してあげるよ。それとも毎日死ぬまで『反省文』を王都まで届けさせようか? 分かっているよね? ──イ・ア・ン・君」
「…………はい。死ぬ気で守らせていただきます、お姉様(兄貴)」
イアンは本能的に今世の「兄」に向かって、前世の「妻」に対する最敬礼を捧げた。
こうして辺境伯兄妹と王子の奇妙な関係は、「王都と地方を繋ぐ鉄壁のネットワーク」として、将来的に国の発展へ大いに貢献することになる。
……しかしそんな深謀遠慮を知る者はアッシュだけであり、前世から変わらずイアンとオティリエは、辺境の地でのほほんと暮らしていくのだった。
◇◇◇
【オティリエ視点】
前世であれほど一緒に姉の影に隠れて震えていた「義兄」が、今世では私の「夫」になる……。
正直なところ、私の胸中の葛藤は凄まじいことになっていた。
前世は男だった自分が、今世では抱かれる側になるという葛藤──。
じゃあ逆に「今世で女の子を抱けるのか?」と言われたら……うん、無理だ。絶対無理。
やはり男としての記憶はあるけれど、身体も心も根本はちゃんと女の子なんだと思う。
実際、12歳頃に義兄が将来の夫になると聞いた時は、心底ビックリしたし強烈な抵抗感があった。
だけど初潮を迎え、少しずつ女として成長するにつれて、性別の壁は不思議と低くなっていく。
成長とともに、
(……ま、私は私でかなりの美少女だし)
(……ま、向こうも向こうで超絶イケメンだし)
と、だんだん割り切れるようになっていったのだ。
でも、根底に染み付いた「元・弟気質」がどうしても邪魔をする。
せっかくの甘い雰囲気になりそうな時も、「男子部屋の合宿」みたいなノリの空気になってしまうのだ。
でもこればかりはどうしようもないことで、一人で悩んだって解決するもんじゃない。
いつだって焦らずにいこう、と自分に言い聞かせる。
だってアッシュ兄様に言われた「二十歳になるまでお預け」期間は、まだ2年ほどあるのだから。
それにたぶん義兄様だって、私と同じような葛藤を抱えているんじゃないかな。
でもさ……、自分で言うのもなんだけど、私ってめちゃくちゃ美人なんだよね。
いや本当に、冗談抜きで(笑)。
だから最近……、夜中の浴室から聞こえてくるシャワーの音と、その「長さ」を聞くたびに、私は心の中で静かに義兄さんに謝っているんだ。
(……ごめん、お義兄さん。アッシュ兄様の言い付けを守って、頑張って耐えてくれ)
男の体の事情なんて、前世の経験値から嫌というほど分かってしまう。
「少しは外で発散するとか、誰かに頼ればいいのに……」と思いつつ、アッシュ兄様の恐怖政治のせいで、それすら不可能な彼を思い、知らんぷりを決め込む私は……まあ、なかなかに酷いヤツなんだろう。
本当にごめんね、義兄さん。
◇◇◇
【イアン視点】
最近、オティリエが「女」に見えて正直かなり辛い。
もともと可愛かったから、今やとんでもない美人に成長した上、スタイルまで男の理想をそのまま形にしたような抜群のプロポーションになりつつあるのだ。
婚約したのはオティリエがまだ12歳の頃──。
当時の俺は15歳で、貴族の嗜みとして13歳の頃には既に筆おろしも済ませていた。(当時は貴族の義務みたいなものだったし、俺自身にも特に抵抗感はない)
だからまあ、アッシュから「オティリエが20歳になるまで手出し禁止」と言われた時も、俺たちの気持ちの葛藤や身体的な成長への配慮として理解していた。
当時は「まあ、数年くらい耐えられるだろ」と軽々しく考えていたのだ。
オティリエが15歳になり学園に通った3年間——。
俺は辺境伯継承のための勉学に励み、魔獣相手の戦術や技術を叩き込まれた。
やるべきことは山ほどあった。
他国との小競り合いに対応しつつ、騎士団と連携して討伐にあたる日々。
色々と大変ではあったが、やはり俺はドロドロした中央の政争より、こうして身体を動かす辺境地のほうが向いているのだと思う。
オティリエは学園に在籍していた3年間、領地へ帰ってくることはなかった。
それでも時折手紙が届き、「楽しんでいます」「元気に過ごしています」という近況とともに、「お義兄さんも怪我をしないでね」と自家製の薬を同封して寄こしてくれたりした。
……そんな微笑ましい手紙の一方で、アッシュからは脅しめいた定期報告(脅迫)が届く。
曰く、『オティリエが超絶美人に育って学園でモテまくっている』『君の腹違いの弟がオティリエに懸想して鬱陶しいから、さっさと処置しろ』等々……。
まあ、そんな怒涛の3年間を経て、学園を卒業したオティリエが戻ってきたわけだが……。
……参ったな、あと2年もあるのか。
俺、本当に耐えられるのかなぁ……。
しかも最悪なことに、うちのメイドのリリィが完全にアッシュのスパイへと寝返り、鋭い目を光らせている。
「オティリエ様を裏切るような殿方には、天罰を下します……!」
「ガウガウガウ!(てめぇ、気易く触るなよ!)」
もちろん魔狼のポチだって同じだ。
はぁ……。それに最近のオティリエ、俺のことを妙に生温かい目で見つめてくるんだよな……。
(まさか……夜中に長風呂して冷水シャワー浴びてるの、バレてねぇよな……?)
おしまい……。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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