覚醒①
新連載です! 全12話でサクッと完結します。
頭を空っぽにして楽しんでいただけたら幸いです。
多少明け透けでコミカルな表現もありますが、どうぞ生温かい目で見守ってください。
気に入って頂けたらとても嬉しいです。(*ˊ˘ˋ*)。♪:*°
辺境の森は、静寂に包まれていた。
木漏れ日が差し込む穏やかな午後、オティリエは籠を片手に、薬草採取に勤しんでいた。
「よし、これで最後……」
彼女が手を伸ばし、毒消しの原料となる希少な青月草に触れる直前——地面が震えた。
ドサリ、と重苦しい音が響く。
目の前の腐葉土を突き破り現れたのは、巨大な植物系魔物——マンイーター・アイビーだった。太い蔓が、蛇のようにうねりながらオティリエに襲いかかる。
「えっ……あ……」
逃げなきゃいけないのに、足がすくんで動かない。
マンイーター・アイビーがその醜悪な花弁を大きく開き、麻痺毒を含んだ胞子を撒き散らそうとした、その時……。
「——伏せろ」
低く通る声が森に響いた。
刹那、頭上を銀色の閃光が駆け抜ける。
重厚な衝撃音と共に、襲いかかっていた蔓がバラバラに引き千切られた。
「兄様……!」
そこにいたのは、銀髪をなびかせた少年——アッシュだった。
辺境伯家の嫡男であり、12歳にして騎士顔負けの剣技を持つ「神童」。彼は抜刀したままの姿勢で、真っ直ぐな視線を魔物に向けている。
「予定を変えて正解だったな。……下がれ」
アッシュは流れるような動きで魔物の懐に飛び込み、一太刀でその核を真っ二つに叩き斬る。
魔物は絶命したが、最期に放った濃密な胞子が、逃げ遅れたオティリエを包み込んだ。
「あ、く……っ」
喉を焼くような感覚に襲われ、視界が歪んでいく。
アッシュは慌てて駆け寄り、地面にうずくまる彼女を抱きかかえた。
「オティリエ! しっかりしろ、今すぐ屋敷へ——」
兄の焦る声が遠のいていく。
朦朧とする意識の中で、オティリエの脳内に、今の光景とは全く異なる「記憶」が濁流のように流れ込んでいた。
(ねぇ……、私のお菓子、食べたわよね)
視界の先にいるのは、今のアッシュより少し年上の不機嫌そうな少女……。
お淑やかに見えるが、その瞳には極悪な殺気が宿っている。
(食べてない……、食べてないよ、姉ちゃん!)
(嘘をつくな。……死ね)
次の瞬間、少女の身体がフワリと浮いて、その鋭い右足が俺の——いや、僕の鳩尾に向かって一直線に飛んでくる。
ドォォォン!!
「——がはぁっ!?」
肺の中の空気がすべて押し出されるような衝撃と激痛が身体を駆け巡っていく。
悶絶する僕を、姉は冷たく射抜くような目で静かに見下ろしていた。
(次食べたら、……潰す)
「……はっ!」
オティリエは、自室のベッドの上で跳ね起きた。
全身が嫌な汗でぐっしょりと濡れている。
「……夢? いや、今の、は……」
混乱する頭を押さえ、ふと横を見る。
……そこには心配そうに——と言っても、表情一つ変えずに——椅子に座って本を読んでいる兄アッシュの姿があった。
「気が付いたか、オティリエ。毒の回りは浅かったようだが、三日も眠っていたぞ」
「三日……。あの、兄様……」
アッシュの銀髪と冷酷な美貌……、そしてデジャブを覚える射抜くような瞳……。
前世で刻み込まれた本能的な戦慄が、オティリエの背筋に走る。
あのドロップキックと無言の圧力……。
そして、お菓子に対する異常な執着。
目の前の「完璧な兄」と、前世の「最強の姉」の姿が、ピタリと重なる。
「……姉ちゃん?」
思わず漏れた呟きに、アッシュの手が止まった。
彼はゆっくりと本を閉じ、オティリエをじっと見つめる。
「……なんだ、気づいたのか。意外と早かったな、弟」
アッシュの口の端が楽しそうに吊り上がっていき、それと同時にオティリエは絶望した。
なぜ異世界に転生して、自分を守っていた兄の正体が、あの最強の姉だなんて……。
「……姉ちゃん、こえーよ……」
「『兄様』だろう、弟よ。……それよりお前の机の引き出しに隠してあったクッキー、あれ食べたから。前世で私の分を食べた罪の清算だ」
「まだ何もしてないのに理不尽な制裁が始まったぁぁぁ!!」
オティリエの悲鳴が、辺境伯家の屋敷に虚しく響き渡った。
◇◇◇◇
「兄様、と呼べと言ったよな? オティリエ」
アッシュ——いや、中身はあの「最強の姉」である兄は、優雅に紅茶を啜りながら、氷のような微笑を浮かべた。
オティリエはベッドの上でガタガタと震える。前世で弟だった彼女にとって、この微笑みは「これからじっくり絞り上げる」という死の宣告に等しい。
「……お兄様。お、お久しぶりです、姉ちゃん」
「向こうではあなたが結婚して幸せになるのも見届けられずに、私が事故で先に逝ってしまったけれど……。まさかこんな形で再会するなんて、運命って本当に残酷でおもしろいわね」
アッシュは立ち上がり、ゆっくりとベッドの縁に腰掛けた。
銀髪の美少年という「神ビジュアル」から発せられるのは、前世と何ら変わらない圧倒的なカリスマ性───。
オティリエは反射的に布団を頭まで被ろうとしたが、その前にアッシュの細い指が彼女の顎をクイと持ち上げた。
「さて……三日も寝込んでいたのだから、少しは頭が整理できたよな? 今世での私たちの立場を?」
「……えっと、辺境伯家の、仲の良い、麗しき兄妹、かな?」
「……表向きはね。でも中身は『私を怒らせたらお菓子がなくなる』という鉄の掟に従う下僕だ。……いい? あなたが覚醒する前から、私はこの世界の魔法と武術の基礎を、前世の経験を応用して完璧に手に入れたのよ」
オティリエの頬を冷や汗が伝う。
この人は、転生してなお「効率」という名の「支配的ズボラ」を極めている。
「オティリエ、あなたは要領だけは良かった。覚醒してくれてよかったよ。あまりに覚醒が遅いから、何らかの手段を考えていたけど必要なかったな。まぁ、今世でも私の『手足』として動いてもらうから、学園に行くまでのあと三年、私がお前の教育係になってあげる」
「えっ、きょ、教育? 私、淑女教育とか苦手なんですけど……」
「あぁ今世は女だったな。……どちらもしっかり教育してあげる。そう、明日から朝五時に裏庭。遅れたら、魔力で強化したドロップキックを叩き込むわよ?」
「……はい、兄様」
「よろしい。あなたはやれば『出来る子』なんだからがんばりましょうね」
オティリエの返事は、もはや消え入りそうだった。
──それからの三年間は、地獄と呼ぶにふさわしい。
アッシュは「妹を溺愛する完璧な兄」を演じながら、裏ではオティリエをスパルタで徹底的に鍛え上げる。
『オティリエ、重心が甘い! 前世で私に蹴られた時の感覚を思い出せ!』
『そんなの思い出したくもないよおぉ!』
アッシュは魔力操作のセンスも桁外れだった。
彼は「万年雪のような静かなタイプ」に見えるが、一度スイッチを入れると周囲が凍りつくほどの威圧感を放つ激重タイプ───。
辺境の騎士団ですら、アッシュの苛烈さを理解しているため、稽古場に現れると無言で道を譲るほどだった。
そんな怪物の影で、オティリエは必死に生存戦略を立てる。
兄の好物を把握し、不機嫌な予兆(眉間のわずかなピクリ)を察知し、先回りして機嫌を取りに行った。
「……お兄様、お疲れ様です。こちらは料理長に特別に作らせた丸ごとりんごのタルトです!」
「気が利くね。……許してあげる」
そんな血と汗とタルトの日々を経て、オティリエは確信する。
この人を敵に回すと世界が終わる。
でも味方(支配下)にいる限り、これほど頼もしい存在はいない、と───。
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