#7
「うーん、困ったな。まだ許可は出せないんだ」
「どうしてですか?」
「身元の確認が未だだからだよ」
この世界に来てまだった二日だけど、みんな退屈しはじめている。
家事や料理を手伝っているアリサとカナはまだいいとして、男子組は家の中でできることがない。
ゲーム機など電源すらはいらない。
そこで「外に出てみたい」とカインに相談してみたところ、NG が出た。
「すぐにでも冒険者登録したらいいって言ってましたよね」
「といっても、まだたった二日だよ? もう少しだけ待って欲しいな」
この世界の時間感覚は日本とは随分と異なる。
とにかくなんでものんびりしているのである。
「身元確認のために騎士院に派遣は依頼してるからさ。もう少しの辛抱だよ」
「でも、ぼくたち身元を証明するものなんて持ってないです」
「大丈夫! 子供なんだからそれで当たり前だ。キミたちに危険がないとわかれば外出許可も下りるさ」
「カインさんも騎士じゃないですか」
「ぼくは発見者だからね。第三者の確認が必要なんだよ」
この調子だと何日かかることやら……と思ったら、階下からドカーンと派手に扉の開く音がした。
「グレェエエエン!! グレンがいるってのは本当か!!」
階下から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。
女性にしては低い、艶のある声。
「お、早速来たみたいだよ」
「あの声、もしかしてオリヴィアか?」
カインに小声で尋ねると、「そうみたいだね」と返事が返ってきた。
(……マジか)
あいつ、騎士になったのか。
そうこうしている間にも、階下からは怒鳴り声が聞こえてくる。
「グレンっ! グレンはどこだ!!」
「こっちだよ、オリヴィア!」
「上がらせてもらうぞ!」
カインの返事と同時にダンダンダンと荒っぽい足音がして、バターンと扉が開いた。
「グレンはどこだ?! ……いないではないか!」
「……やぁ、オリヴィア」
仕方なく作り笑顔で手を挙げると、オリヴィアは名状しがたい表情を浮かべた。
――オリヴィア。
女性ソロ冒険者……いや「元」冒険者か。
短めに切りそろえられた金髪と、何かに挑むかのような意思の強そうな顔で俺を睨んでいる。
真面目すぎて暴走しがちなところは変わっていないらしい。
「……貴様がグレン、だと?」
「恥ずかしながら」
「……子供ではないか」
怪訝そうに俺を見つめるオリヴィア。
「……オリヴィアこそ騎士になったのか。あんなに嫌ってたくせに」
「その口調……まさか本当にグレンなのか?」
「話せば長くなる。それに、今はグレンではなく、ダイチという名前なんだ」
「ダイチだと? その体はどういうことだ? ソフィーリアが間違いないと言ってはいたが、到底信じられん。もしグレンの名を謀るつもりなら……」
……オリヴィアは今にも剣を抜きそうな気配だ。
その気配を感じて、ケンゴとアリサが「ヒッ」と声を上げる。
(やれやれ)
俺は声をうんと潜めてオリヴィアに言った。
「オリヴィアは今でも待っているのか?」
「は?」
「フェンリルにまたがった王子さm……」
「貴様あああああっ!!!」
オリヴィアの反応は劇的だった。瞬間的に真っ赤になり、バチコーンと殴るように俺の口を塞ぐと、あっという間に俺を壁際まで追い詰める。
壁にドスンと背中から叩きつけられる俺。
「ダイチ!?」
「ダイチ君っ!!」
バっと臨戦態勢に入るケンゴとカナ。
アリサとコータは固まっている。
カインが俺たちと子どもたち双方を見比べて「どうする? 止めようか」と目配せしてくる。
いいからいいからと手で静止しつつ、オリヴィアを見ると、凄い表情で俺を睨んでいた。
「き、ききき貴様、それは墓の中まで持っていくと……!」
「ちゃんと墓の中まで持っていっただろうが」
「くっ……! 貴様、間違いなくグレンだ。信用せざるを得ない……ッツ!」
「信じてもらえて何よりだよ」
「だが、さっきのあれは頂けん。その体格なら、流石に私のほうが強い。もしそれを口にしたなら……!」
殺す、と血走った目で睨まれる。
「わかったわかった」
降参するように両手を上げる。
フーフーと息を荒くしながら俺からゆっくりと手を離すオリヴィア。
子どもたちは未だ固まっているが、カインは困ったように笑っている。
「だが、黙っている代わりに条件を出したい」
「なんだと? ……言ってみろ」
「仲間が退屈で死にそうでさ。外出したい。騎士院からの許可がほしい」
そのために来たんだろ? と言えば、オリヴィアは偽悪的に口を歪めて「ふん」と笑ってみせた。
「騎士を脅すとは悪辣な奴め。即刻切り捨ててやりたいところだが」
そして、臨戦態勢に入ったままの子どもたちをちらりと見て、
「そんな形になっても、仲間に恵まれる体質は変わらないようだ。カインとソフィーリアからのお墨付きもある。……それに、おまえが悪意ある行動をすることなどありえないしな」
オリヴィアは真面目な顔に戻って言った。
「いいだろう。騎士・オリヴィアの名のもとに、貴殿らの外出を許可しよう」
その言葉を聞いた子どもたちはワッと飛び上がって喜んだ。
子どもたちの様子を見て、オリヴィアはフンと鼻で笑った。
「……いい仲間を見つけたようだな」
「まぁね」
「だが非常識だ。騎士に攻撃など仕掛けたら、子供とはいえ殺されても文句は言えないぞ」
皆、オリヴィアの様子を危険だと感じた瞬間に、いつでも攻撃できるようにそれぞれ魔石を握っていた。
「お前が子供に手を掛けるわけないだろ」
「友達思いのいい仲間だ。だが、騎士に逆らうのは危険だぞ?」
「そうだな。おーいみんな! もう魔石は戻して大丈夫だよ!」
俺が言うと、皆は顔を見合わせて、手に握った魔石をポケットに戻した。
皆、まだ若干オリヴィアに対して緊張感があるようだ。
「練度も申し分ない。さすがおまえの仕込みだ」
「それよか、何でおまえが騎士なんてやってるんだ?」
「……剣術大会で上位に入り、騎士の末席を頂いたんだ」
「そうじゃなくて……おまえ騎士は嫌いだって言ってただろうが」
「おまえには関係ない」
オリヴィアはプイと顔をそらした。
「グレン」
「ん?」
「おまえ、どこまで覚えている?」
「どこまでって……ああ」
オリヴィアの言いたいことを理解する。
「死んだ時のことか」
「そうだ」
「残念ながら、全く覚えてないんだ」
オリヴィアが疑わしそうに俺の顔を覗き込む。
「本当か?」
「疑う理由があるか?」
「……おまえはめったに嘘はつかなかったが、仲間のためなら嘘だろうが何だろうが躊躇しない男だ。この場合おいそれと信用できん」
「おまえも知ってるだろ。俺は前衛だ。先頭に立っている以上、後ろの様子はわからない」
「先頭に立ってようが仲間から目を離さないのがおまえだろう?」
ピリピリとした俺とオリヴィアの応酬に、子どもたちが目を合わせる。
カインが仕方なく「大丈夫だよ」などと言って子どもたちをなだめているが、これでは皆のオリヴィアへの印象は最悪だろう。
いいヤツなんだがなぁ……。
そのオリヴィアは肩を竦めて、追求を諦めたようだ。
「おまえが嘘を吐くのは覚悟がある時だけだ。言い争うだけ無駄だろう」
「別に嘘は吐いてないんだがな……」
「近々時間を作ってもらってもいいか? 色々話を聞きたい」
「良いよ。仲間と街を堪能してからでいいか?」
「街を? それは別に構わないが……なら時間ができたらカインに言付けてくれ」




