二章 隣国との交渉 1
二章開始です。一つの投稿を短めにするかもしれません。
多分五話くらいでおさまる、はず、です^ ^
よろしくお願いします!^ ^
けたたましいラッパの音と共に一斉に鼓笛隊が動き出す。城門の手前から歩き出した彼らは威勢良く街の中を進んでいく。その傍には花びらをもった女達が付き従い、一定の間隔でざるに入った花びらをばらまいていた。
今日この街を訪れた人間は、一体これはなんの騒ぎだろうと目を丸くするに違いない。
街は活気にあふれ、通りには所狭しと屋台や出店が並んでいて、それは大層な賑わいを見せていた。子供達は無邪気に走り回り、目当てのもの見つけてはそばを歩く親の服の裾を引っ張っておねだりしている。中にはそれを咎められたのだろうか、大きな声で泣き声をあげている子供もいて、母親は根負けしたといった感じで屋台の親父に支払いをしている。そんな様子もそこかしこで見受けられた。
鼓笛隊が通った後の道は人々で溢れかえり、混雑を嫌う一部の人達ですら、一目街の様子を眺めようと窓から身を乗り出している。
城内からその様子を眺めていたウィルは高鳴る心を抑えきれないといった様子でそわそわと落ち着かなげに動き回っていた。
「みなよ、リゼッタ!すごいよ、まるで王族の結婚式でもあるみたいだ」
子供のようにキラキラと輝かせるウィルの様子に思わずリゼッタも相好を崩してしまう。だが慌てて取り繕うと、再びいつものように済ました表情でウィルに小言を漏らすのだった。
「何をおっしゃっているのですか、殿下。他人事のように話されていますが、この催しは殿下、貴方様の為のものなのですよ」
「わかっているさ。だけれどあまりに凄くてさ!舞い上がってしまうよ!!」
「はあ、そうのように犬みたいにはしゃいでいるところを誰かに見られでもしたら、威厳も何もありませんよ。何せ貴方様は一軍を率いる勇者なのですから」
あいも変わらず興奮で鼻を膨らませるウィルを横目にリゼッタはため息をついた。リゼッタの知る限り、ここまでウィルを興奮させたものは今までなかった。そのため、今のウィルの姿を見ると怒るよりも先に微笑ましいという気持ちになるのであった。
そしてそれはどうやら、リゼッタだけではなかったようだ。いつの間にか部屋の中に入ってきていたモーゼスとウォルドも、ウィルの様子を視界にとらえるとその表情を緩めていた。
「やあ、モーゼス、それにウォルドも。仕事はもう済んだのかい」
ウィルは二人に気がついて微笑みかけた。この二人はウィルと共に行動する軍の人員の選別と、編成を行なっていたのである。ええ、殿下、と自信ありげに頷くモーゼスとは対照的にウォルドは何処となく気まずい雰囲気を醸し出していた。
ウィルはウォルドの様子をいち早く感じ取った。何か言いづらいことでもあるのだろうか、などと考えていると、ウォルドが口を開いた。
「殿下!!申し訳ございませぬっ!!!」
ブルブルと顎の肉を震わせながら、今にも床に跪きそうな勢いで声を張り上げたウォルドに、ウィルだけでなく隣にいたモーゼスでさえも目を丸くしてしまった。リゼッタにいたっては言わずもがな、である。
一介の侍女がこのような場面を目撃しても良いのだろうか、ここから出て行った方がいいのではないか、などと周りとは少し違う気不味さをこの時のリゼッタは感じていた。悩んだ末、結局部屋から出ることはせずに、ゆっくりと一歩下がることで無関係を装ったのである。
「ウォルド、一体どうしたんだい。そんな今にも己の心臓を突き刺してしまいそうな顔をして」
「いえ、世界の危機が迫っているというのに殿下にだけ勇者などという大役を押し付けて、安穏と城で過ごしていいものかと」
「ははあ、そんなことを気にしていたのか」
「そんなこと、ですと?」
ウォルドの表情が険しさを増していく。自分の考えをないがしろにされたような気がしたのだ。だがウィルはそんなことを気にもしないといった面持ちで、そうだ、と頷いてウォルドの肩に手を置いた。
「そんなこと、だよ。だって、ウォルドは今まで立派にこの世界を守ってきてくれたじゃないか。僕はその間、それこそ安穏と城で生活していたよ」
「し、しかし殿下!これまでと今回とでははるかに……」
「同じだよ。少なくとも、民にとってはね」
ウィルの言葉にウォルドははっとさせられた。ウィルは再び窓へと近づくと城下町に溢れかえる人々を指差した。
「見てごらんよ、彼らの表情を。彼らだって、今回のこの騒ぎが魔王討伐だってことは知っているはずだろう。それなのに誰一人不安そうな顔をしていないじゃあないか。勿論、中には恐怖で眠れぬ夜を過ごすいる者もいるかもしれない、けれども多くの人々がああやって笑顔で僕達を見送ってくれようとしている」
ウィルはウォルドの方を振り返り、ゆっくりと微笑んだ。その笑みは普段の彼を知る者からは想像もつかないくらい優しさに満ちていた。
「彼らがああやって笑顔でいられるのはさ、ウォルド、貴方のお陰だと僕は思う。貴方が国を、彼らを守ってくれていたから。だから、僕にとってウォルドが今感じている葛藤は、そんなこと、だよ」
ウィルの言葉にモーゼスも大きく頷いている。リゼッタですら、その表情を綻ばせているほどだった。
ウォルド何かを堪えるかのように顔を真っ赤にしてぶるぶると震えていた。固く握り締められた両の手はごつごつとして古傷だらけで、それは彼のこれまでの生の証であった。俯いた彼の口元は一文字に噛み締められていて、震える吐息をその端から漏れさせていた。
ウォルドの心をこれほどまでに震わせた言葉はこれまでなかった。ましてそれが普段自分が怒ってばかりいる少年から発せられたのだ。それが意外であり、何よりも嬉しかった。長年この国に仕えてきて良かった、自分の生涯は今この瞬間に報われたのだ、心からそう思えた。
それに、とウィルはウォルドに近づいた。もはやウォルドの涙腺は崩壊寸前であり、まともにウィルの顔を見ることはできていなかった。そのためだろう、ウィルの表情が先ほどまでとは変わっていることに、彼だけが気付いていなかった。そしてモーゼスとリゼッタも僅かな時間だが、気付くのが遅れたのである。その些細な時間が、悲劇を生んだ。
ウィルの顔は悪巧みを思いついた子供のように変化していた。リゼッタは耳を塞ぎ、モーゼスは年齢を感じさせない速さで二人に駆け寄った。
瞬間、モーゼスには時間の流れが変わったかのように思えた。自分の動きも含めて、全てがゆっくりと流れていくように感じた。これなら、と、モーゼスは思った。
だが、彼は間に合わなかった。
伸ばされた手が二人に届く前に、ウィルはウォルドの耳元で囁いた。
「勇者が禿げだと、格好がつかないよ」
ウォルドはこれまでにないほどの大声で慟哭し、床へと崩れ落ちたのだった。




