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幕間2

幕間です。ここからギルとウィルの運命の歯車は大きく回り出すことになります。

  ギルがウィルの国を訪れてから、二年ほど経ったとき三人を取り巻く環境は大きく変わることになる。ウィルとアリシアの父親であり、当時の国王であったヘネシーが、ギルの国へと突如宣戦布告をしたのである。

  それによりギルと将軍たちは軟禁状態を余儀なくされたのである。ウィルとアリシアは最初このことを知らされておらず、姿が見えないことを訝しむ二人が使用人に問いただしたところ、発覚したのだった。

  二人はすぐさま事の次第をヘネシーに問いただした。


「父上!どうしてこのようなことをなされたのですか!!」

「彼の国の軍事力は驚異であり、また彼奴等は我が国の技術を不当に流用せしめたのだ」


  二人は耳を疑い、すぐさま父親に抗議をしたが、もはや手遅れであった。国を挙げての行動だ。容易に撤回などできるわけもない。そして、周りの貴族たちの意見を変えさせるほどの発言力も、二人にはなかったのである。

  アリシアは哀しみと衝撃から自室へと閉じこもってしまったが、ウィルは簡単には諦めなかった。城内の様子に詳しい使用人に片っ端から声をかけ、ギルの居場所を調べ上げたのである。

  親友の居場所を突き止めたその日の夜遅く、ウィルはこっそりと自室を抜け出した。本当は姉のアリシアにも声をかけたかったが、絶対に見つかるわけにはいかなかったので心の中で謝りながらも一人で行動を開始したのだった。

  使用人の話によると、ギルたちはどうやら城の離れの方に軟禁されているらしかった。牢獄に繋がれている訳ではないことにウィルは胸をなでおろしたが、それでも常に警備の兵士が見張っていると言う事実に緩みかけた気持ちを引き締めた。

 

  近くの茂みからそっと建物の様子を伺ったウィルはその警備の厳しさに戦時下に突入したのだということを嫌でも意識させられた。離れには入り口は二つ、建屋の端にあるが、そのどちらにも常時二人の兵士がつけられていた。交代はそのうちの一人ずつ行い、常に誰かが見張っているという状態を維持している。これでは近づいてもすぐにバレてしまう。父親の耳に離れに忍び込んだことが知れれば、二度とギルに会う機会をもたせてはもらえないだろう。

 

  ウィルは焦りながらも、どうにか思考を巡らせていく。


(日が白んできたか……。これでは今夜はもうダメだ)


  ウィルは何も大それたことを考えていたのではなかった。一目会って、親友の様子を確認したかったのである。

  そのためその日は渋々ながらも、大人しく自室へと戻ることにした。ウィルは部屋へと戻る道すがら、どうにか忍び込む方法はないかと考えた。自分が下手に動けば、ギルの立場を悪くしてしまう。

  その日から、ウィルは暇を見つけては昼夜を問わず、離れを観察するようになった。そうして幾日かたったころ、ウィルはあることに気がついたのである。

  それは、飯炊き係の存在だった。一日に二度、離れには兵士以外の人間が出入りしていたのである。飯炊き係は運んできた食事をギルたちに届けていた。そして兵士たちも流石に城内でその食事の中身を確認することはなかったのである。


  ウィルは配膳を終えた一人の飯炊き係に声をかけた。彼の名はゴルノーといって、係のまとめ役をしている人間を知っていた。ウィルは彼に僅かばかりの銀貨を持たせると、まとめ役に取り次いでくれるように頼み込んだ。銀貨を手にした彼は一も二もなく引き受けてくれた。


  その日の夜、ゴルノーに連れられて一人の男がやってきた。男は油断ならない顔つきで辺りを見回している。その顔からは面倒ごとに巻き込まれるのを嫌がる気持ちがありありと見て取れた。

  ウィルは誰かに見つからないようにと、密会の場所に中庭の庭園を選んだ。この庭園は先代の国王が当時の王妃に造ったもので、王妃が亡くなった後は手入れこそされているものの、あまり人が訪れる場所ではなくなっていた。

  都合のいい場所ではあったが、それはウィルにとってだけではなく、他の人間にとってもだった。人が訪れないということもあり、貴族や使用人たちの逢引きの場所にもなっていたのである。

 

  そのため、そわそわと落ち着かない様子の二人を見ても、咎める気にはならなかった。周囲の確認もしたし誰もいないことは間違いない。それでもやはり声を顰めてしまうのは後ろめたい気持ちと、先述した理由に他ならなかった。

  まとめ役の男はギネリと名乗った。細長いキツネ目の、ひょろっとした男である。ウィルの話を聞くとギネリは唸るように考え込んだ。


「殿下、確かに私達は食事を運んでおります。そしてその日誰が誰に食事を渡すかといったことを決めているのは私でございます。まあ、決めているといっても、配膳の順番を指示しているだけですが」

「それなら、どうにか頼みを聞いてもらえないだろうか、頼む!!」


  ウィルはなりふり構ってなどいられなかった。渋る様子のギネリに頭を下げて頼み込んだ。それに焦ったのはギネリである。まさか王族に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう、狼狽した声でウィルへと駆け寄った。


「頭をお上げください、殿下。わかりました、なんとか隙を見つけますので、どうか、頭をお上げくださいませ!この姿を誰かにみられては私も家族も磔になってしまいます!!」

「そうか、すまないな。これは少ないが、何かの用足しにしてくれ」


  ウィルは申し訳ないといった表情で懐から金貨と銀貨を数枚取り出した。そして金貨をギネリに、銀貨をゴルノーに渡したのである。これには二人も驚いた。

  そして、王子の本気さを感じとったのだろう。二人は顔を見合わせると、しっかりと頷き合ったのだった。


  「して、私どもは一体何をすれば……」


 再度辺りを確認するとギネリは真剣な表情でウィルの目を見つめた。つられてウィルも辺りを見回してしまう。すっかり暗くなった庭園はしんと静まり返っていて、数歩進めば互いの表情などわからなくなるくらいになっていた。

 ウィルは二人に手招きすると肩を寄せあった。ことさら低い声で自分の考えを指示していく。


 作戦、と呼べるほどのものではないが、ウィルの考えはこうだった。ギネリが指示した人物にギルへの食事を運ばせて、その中に自分の書いた手紙を忍ばせる、そして食器と食事の際に今度はギルからの手紙を受け取る、というものだ。

 部屋の見張りのもあるだろうから、考えようによっては危険な手段だともいえた。それでも、入り口の厳重な警備の目をかいくぐるにはそれくらいしか方法が思いつかなかったのである。


 ギネリはウィルの考えた作戦を聞くと、少し尖り気味の顎に手を当てて考え込んだ。恐らく頭の中で可能かどうかを想像しているのだろう。

 しばらくしてギネリは顎先から手を離すと、わかりました、とウィルに向かって頷いた。思わず安堵の表情と溜め息を漏らすウィルだった。


  翌日から、ウィルとギルの秘密のやり取りは始まった。それは短い、一枚の紙切れにおさまるような会話の繰り返しだったが、それでもウィルにとっては満足だった。何より親友の安否の確認が出来たことが彼には嬉しかったのだ。

 しばらくして、そのやりとりにはアリシアも加わった。紙を増やすことは出来なかったから、三人は可能な限り小さく、紙面を埋め尽くすほどにびっしりと文字を連ねていった。


 会話の内容は取り留めもないものばかりだったが、それでも三人は昔のような関係に戻れたような気がした。時折商人や使用人から聞いた、ギルの国の噂なんかも交えたりしながら、やりとりを続けていった。






 ギルは部屋の中で何度もウィルとアリシアからの手紙を読み返した。そこには商人から聞いたという祖国の情報が書かれていた。戦争は今や膠着状態に陥り、互いに小競り合いを繰り返しているという。

 ギルは歯がゆさに身悶えしながらも、思考を止めることはしなかった。軟禁されている以上、時間はいくらでもあった。まずは、事の発端、何故戦争が起きたかについて考えることにした。


 ウィルの国とギルの国との付き合いは古く、過去幾度も使節団を派遣しあっては、互いに国力を高めてきたといってもいい。街道も整備されており、交易も盛んであった。互いに不足した部分を補うような関係にであったから、おおよそ戦争に発展する理由などなかったのである。


(いや、あるか)


 考えを巡らせるうちにギルは一つの理由に思い至った。それはつい最近発見された金鉱脈だった。

 地学者が算出したその鉱脈の面積は、膨大な数値を弾き出した。そしてその鉱脈はウィルの国とギルの国にまたがるように位置していたのである。


(欲に目が眩んだ貴族どもがヘネシー国王陛下をそそのかしたんだろうな)


 ギルの国は技術者が乏しくそれを使節団などの交流でまかなっていたため、鉱脈を発見した時もそこまで重要視されなかったのである。採掘しても、加工するのに余計な金銭がかかるので実入りが良くないという意見が多かったのだ。それよりも、農業や酪農、軍馬の育成に力を入れていた。

  この時代、これらのものを自国で全てまかなえるほどの土地と気候を兼ね備えた国ははほとんどなかったのだ。

 もしかしたら、それらも今回の戦争の理由なのかもしれないな、とギルは思った。ウィルの国はちょうど大陸の真ん中に位置しており、技術力はあるものの、原料の多くを他国からの輸入に頼っていたのだ。それでも、豊かな国であったのはいうまでもないのだが。

 どちらにせよ、早く国に戻らなければならない、ギルは日に日にその思いを強めていった。


 状況が変化したのは、それからしばらくしてのことだった。ギルと将軍が囚われている部屋に、普段と見慣れない兵士が入ってきたのである。彼は鋭い目つきでギルたちを確認すると、跪き、自分は本国から潜入してきた間者であると述べたのだ。

 その証拠にギルの父であるヴァリスからの密書を携えていたのである。ギルを含め将軍たちは歓喜した。中には気の早いことに涙を流すものまでいた始末である。それほどまでに、軟禁生活は彼らの神経をすり減らしていたのだ。


 密書には他にも間者を送り込んでいること、その者たちに脱出の手引きをさせること、その方法と日取りなどが記されていた。

 将軍たちは瞳に活気を取り戻し、互いに見つめ合い頷きあった。彼らの表情に昨日までの陰鬱さはなく、あるのは湧き上がり抑えきれないほどに高まった闘志のみであった。絶対に故郷に帰る、語らずとも彼らの意志は統一されていた。


 それはギルも例外ではなかった。歯がゆさに身悶えするような心地から一変して、ふつふつと己の中に熱いものが湧き出てくるのを感じた。同時に気がかりもあった。ウィルとアリシアのことである。彼らにはこの事を伝えようと思ったのだ。

  しかしながら自分の勝手で周囲を危険に晒すわけにはいかない。葛藤の末、ギルは一通の手紙をしたためた。






  季節が変わって、夜の帳が降りてくる時間も早まり辺りの木の葉が紅く色付き始めた、ある日の深夜、城の離れから火があがった。ギル達が行動を開始したのだ。

 突然の火事に、城内は騒然となった。離れなのですぐに火が広がることはないが、それでも油断は出来ない。

 兵士達は慌ただしく駆け回り使用人達も皆消火活動に取り掛かった。


 ウィルは寝室の外から聞こえる足音で目を覚ました。足音はしきりに鳴り響いており、遠くの方で飛び交う喧騒から、ただ事ではないことを容易に想像させた。

 ふと、窓に目をやると夜だというのにやけに明るい。訝しむ面持ちで窓に近づいて行く。


 眠気が抜けきらず、まだ少し重い瞼を擦りながら外を眺めたウィルは、冷や水を浴びせられたような表情と心地になった。目の前に広がる光景で眠気など一瞬のうちに飛んでしまっていた。

 ギルのいる離れの方から、物凄い勢いで火の手が上がっていたのである。

 ウィルは部屋を飛び出し、姉のいる部屋へと向かおうとしたが思いとどまった。あの姉のことだ、たいそう騒ぎ立てるに違いなかった。

 廊下を駆け回る使用人と兵士達の目を掻い潜り、ウィルはなんとか外へと出ることに成功した。季節が変わり始め深夜ともなれば寝間着だけでは肌寒いはずだが、この日は流れてくる風にのって暖かい空気が、ウィルの肌を撫ででいった。


 寝所を駆け回る者以外はとうに現地に向かっているのだろう。ウィルの予想に反して周囲は静かであった。かすかにぱちぱちと何かが燃える音が届いてくる。ウィルは緊張から湧き上がる唾を飲み込み駆け出した。

 夜だというのに火事の起きている方は驚くほどに明るい。おかげでウィルは暗闇に惑うことなく走り続けることができた。


 近くまで辿り着いたウイルは思わず息を止めてしまった。離れはもはや完全に燃えおちて、そこにあった物を飲み込んだ炎は次の餌を求めるかのようにうねり、その範囲を広げていた。幸いにして風向きは今のところウィルのいる所とは違うようだが、ともすれば火の手は彼のいる場所に掴み掛かりかねない。それほどまでに燃え上がる炎の勢いは強かったのである。


 ウィルは呆然とした面持ちでしばらく様子を眺めていたが、頭を振ると周りに人がいることも忘れて親友の名前を呼び続けた。


「ギル!!ギルーーーーーー!!!」


 喉が枯れんばかりの大声を張り上げても、建物が崩れる音や勢いを増した火が鳴らすバチバチという音にかき消されてしまう。それでもウィルは叫ばずにはおれなかった。いつのまにか額には汗が滲み、燻された肌はぴりぴりと痛みを彼に感じさせた。


 何度目だろう、名前を叫び続けるウィルの耳に自分を呼ぶ声が入り込んだような気がした。思わず声を止めて、耳をすませた。


 声が聞こえたのは意外にもすぐ近くであった。ウィルの立っているすぐ後ろにある茂みから、その声はしたのである。振り返ったウィルはそこにいる人物を確認して声をあげそうになった。茂みに隠れている人影が慌てて彼をとどめる。


「しっ!!声をあげるな、ウィル!」


 そこにいたのは、ギルであった。火事にあったというのに、ウィルの目から見て彼の装いは綺麗であった。久方ぶりに眺めるその顔も、身体も、煤ひとつ付いていないことに僅かな違和感を感じたウィルだったが、それよりも親友の無事な姿に安堵の溜息を吐いたのだった。

 茂みに隠れて二人は声を押し殺して言葉を交わした。


「ギル、これは一体」

「すまないウィル、これは俺の仲間がやったことだ。俺たちを逃がすために」


 ウィルの言葉に顔を苦しそうに歪めるギルだった。許されることではない、見張りの姿が見えないが、ほぼ確実に命は取られているだろう。襲い来る罪悪感を振り払うかのようにゆっくりと息を吐いたギルは、まっすぐにウィルの顔を見つめた。


 いまだ驚きの表情が抜けきらないウィルの左頬に優しく手を当てる。必死になってギルを探したのだろう、張り付いた煤を親指で拭ってやる。ギルにとって彼は親友であり本当の弟のように愛おしい存在でもあった。アリシアのこともあるが、それがなくても彼の存在はギルの心を温かなものにさせていた。


「時間がない。ウィル、これを」


 そういってギルは己の懐から手紙を取り出すと、ウィルに握らせた。計画の前に、ギルが書いておいたものだ。


「俺は、国に戻る。戻って、この戦争を終わらせる」

「終わらせるって、どうやって」


 自分を見つめる鋭い眼差しに気圧されながらもウィルはなんとか声を絞り出した。不安げな声は隠しきれずに闇に消えていく。向こうでは、未だ燃え盛る炎と、それをどうにかしようと動き回る兵士達の怒号が飛び交っていた。

 ウィルの様子にふっとギルはその顔に笑みを浮かべ、癖のある彼の頭ををくしゃくしゃと掻き回した。


「ウィル、またな。アリシアのこと、頼んだぞ」


 少し乱暴なギルの手つきにウィルは思わず目を瞑ってしまった。兄のいないウィルは少し照れくさいような気持ちになったが、頭から手が離れる感触にはっとして目を開けた。


 眼前にはギルの姿はすでになく、炎に照らされて深緑の色合いを見せる茂みと、その奥に広がる深い闇だけがあった。

 思わず動いた足先は、しかし目的を見つけることができずにすぐに地面へと縫い付けられ、伸ばした手もすぐに行き場を失ってだらんと下げられた。立ち尽くすウィルを後ろから吹いた生暖かい風が追い抜いていく。

 前髪に隠れて、ウィルが今どのような表情をしているかは伺えない。噛み締められた唇と、握った手紙の皺が彼の心情を物語っていた。


 身じろぎひとつせず、佇むウィルの頭には、ギルの手の感触がいつまでも残っていた。


楽しんでいただけたら幸いです^ ^

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