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三章 北の森の魔物 8

遅くなりましたー。息抜き回です。

ウィルとリゼッタの関係も少し変化しました^ ^


 ロンメルの城に戻ってからの数日は、祝勝会もそこそこにウィルとリゼッタの療養で費やされた。

 両者ともに出血の具合が酷く、快癒かいゆするまで安静をメリダに命じられたため、外に出ることもかなわなく居室で寝て起きてを繰り返す日々が続いた。


 もっとも、メリダの魔法の力ですでに傷は塞がり、特にこれといった支障はないのであったが、そこはジャスカールの過保護さが彼らに文字通りの安静を強いたのだろう。


 中でもウィルの出血は酷く、また魔物の爪を体内に突き刺されたことから化膿の可能性も否定できないため、本人の日頃の行いもあって見張りをつけられるほどであった。


 退屈そうに窓の外を眺めているウィルに見舞いに顔を出していたメリダたちは困ったような視線を交しあったのだった。


「退屈だなあ」


 窓際に据えられた椅子に腰掛けて、行儀悪く目の前の机に肘を立てていたウィルは身体を大きく投げ出した。もう何度目になるだろう。先程からウィルは溜め息とともにそうこぼしては、ちらちらと三人に視線を向ける。メリダとリゼッタは(彼女はもうほとんどと言っていいほど回復していた)助けを求めるようにジャスカールの顔を見る。


 ジャスカールは己が主君の顔を見ないようにして目をつぶっていたが、その額にはじんわりと汗が滲んでいた。その様子は我儘わがままに付き合わされる父親のウォルドにそっくりなのだが、本人は恐らく気付いていないだろう。腕組みをしたまま黙していたが、やがて大きな溜め息をついて腕組みを解いたのだった。


「……確かにこのままじっとしていても殿下の精神衛生上良くはありませぬな。無茶と無理はしないと約束してくださるのでしたら、気晴らしに外出されてもいいでしょう。傷ももはやほとんど治ってはいるのですから」

「ほんとっ!流石ジャスカールだ。こうも退屈だと傷の治りも遅いって昔の偉い人も言ってたよ」


 勢い良く姿勢を正したウィルは適当なことを言いながら肩を弾ませた。久しぶりに浮かぶその満面の笑みに思わず三人は釣られて笑ってしまう。


「じゃあ、どこに行こうか。とりあえず僕は市場に行ってみたかったんだ」


 椅子から立ち上がりいそいそと支度をするウィルはまるで幼子のように小躍りしながら三人に振り返った。


「あー、私はちょっとやることがあるから、今日はやめとくわ」


 メリダはそういうと手をひらひらと振り誘いを断った。流石に城内にいるため、普段のローブ姿ではないが、王女としての姿と振る舞いが全く一致しておらず、砕けた話し方の方が素のメリダなんだろうと、ウィルはなんとなく感じたのだった。


「そうか。ジャスカールは?」

「実は私も兵士達の合同演習を監督することになっておりまして」


 話を振られたジャスカールは気まずそうに頭を下げた。ウィル達が戻って来て早々、場外に待機させておいた兵士達はこのロンメル城へと入り、合同で訓練を行っていたのである。ジャスカールはその監督役を任されていたというわけだ。


 二人の言葉を聞いてそうか、と一瞬寂しそうな表情を見せたウィルだったがすぐに笑顔を取り戻して何も言わずに控えているリゼッタに微笑みかけた。


「それじゃあ、リゼッタ。僕たちだけで街を見て回ろうか」


 話を振られたリゼッタは僅かに肩を揺らすとややぶっきらぼうとも取れる様子で頭を下げた。


「……はい」


 様子のおかしい彼女にウィルは何ともいえないといった面持ちでガシガシと頭を搔いた。先だっての森での出来事以来、何となくリゼッタの自分に対する態度が変化し、二人の間には常に喧嘩をした後のような、独特の気まずさが漂っていた。


 ウィルを除く二人には当然その理由はわかりきっていたし、ウィルにも大方の予想はついていた。この外出でどうにかしなければならないな、とウィルは溜め息を吐きたい気持ちをこらえて、頭を悩ませるのだった。






 仕度を済ませた二人は朝食をそこそこに城を出た。その足で城と噴水のある広場の中間に位置する市場の区画へと向かった。街から城へと直接繋がる大通りを真ん中に、三叉さんまたに伸びる道の外側、二手の先に市場はそれぞれ広がっている。


 片方は専門的な、いわゆる職人街、問屋街といったもので、訪れる商人のほとんどはこちらに仕入れや商売のために足を向けることになるが、二人が向かったのはその反対の通りであった。


 こちらは大小様々な店や、屋台などがひしめき合っており観光客や街の住人がそれぞれの欲求を満たすために繰り出していて、深夜をのぞけば日がな一日中大層な賑わいを見せていた。


 夜中にだけ営業する特殊な店もあり、それらはまたさらに先の路地を入っていく必要があるのだが、二人には特にそちらへの用はない。二人は微妙な距離感を保ったままお目当の市場へと足を踏み入れた。


 眼前を行き交う人々の波を掻き分け、目に止まった店を片っ端から覗きこんでいくウィルだったが、心ここに在らずといった様子で、物言わぬまま後ろに付き従うリゼッタに何度も視線を向けるのであった。


 実際、城外に出てからというもの、正確にはメリダとジャスカールと別れてからというもの、二人の間にはほとんど会話らしい会話は行われていなかった。


 普段の無表情に加えさらに陰鬱いんうつそうなリゼッタに、ウィルは何となく調子を崩されていたのである。立ち寄った店で小物を手に取りながら、ウィルは何か話をしないとな、と思案するのだった。


 ふと、並べられた小物の中にウィルの目を引くものがあった。手にとってしげしげと眺める彼に店の店主と思わしき男が機嫌よく声をかける。


「いらっしゃい!よう、兄さん。お目が高いね!そいつは月光石っていう滅多に取れない石を埋め込んだ髪留めさ。おいらも一目惚れして仕入れてきたんだが、ここいらじゃあ髪留めは後ろでまとめるための輪っかのものが主流でな、この手のものは中々に売れないんだ」


 ウィルが手にとった髪留めは細長い鳥のくちばしに似た形のもので、持ち手に力を加えると上下に開きそれで髪を挟み込むといったものだったが、少し小さめで、長い髪を束ねたりするものではなかった。


 日の光を反射して輝くそれは銀で出来ており、細かい彫り物がなされていた。根元のところに黄色がかった、金色とも見える石が埋め込まれていて、角度を変えるたびに色鮮やかに煌めいていた。


「その石には月の光を受けて発光する性質があるんだ。今の時分でも充分に綺麗だが、夜になるとその性質で淡く光ることから月光石なんて呼ばれていてな、これがまた美しくてなあ。どうだい、そこの彼女の黒髪によく映えると思うんだが」


 店主は機嫌よくウィルに商品の説明をし続けている。話を聞きながらリゼッタを見たウィルはリゼッタがつけているところを想像して、なるほどよく似合うと納得した。

 一方、ウィルの隣でだんまりと商品を眺めていたリゼッタはいきなり話の矛先を向けられて思わず戸惑いの声を上げた。もっとも、戸惑ったのはその内容にであるが。


「なっ、か、か、かのっ」


 見る見るうちに顔が紅くなっていくリゼッタを尻目にウィルは懐から銀貨を数枚取り出すと店主に差し出した。


「もらおうか。これで足りるかな」

「え、え、あの、ウィル様……」

「充分ですよ、毎度あり!」


 どうしていいかわからずおろおろとするリゼッタを他所よそに、ウィルは店主から髪留めを受け取ると満足そうに頷いた。

 受け取った髪留めを手にリゼッタの方へを手を伸ばした。


「えっ、なにを」

「じっとして」


 戸惑い続けるリゼッタは、自分の頭に手を伸ばされて思わず目を瞑ってしまう。肩を強張らせていた彼女は、ふと自分の前髪にウィルの手が触れる感触と、少し遅れて僅かにひんやりとした感覚が伝わってくるのを感じた。


 うん、という主人の満足そうな声を聞いて、恐る恐る目を開けたリゼッタは己の前髪に先ほどの髪留めがつけられていることに気が付いた。

 落ちないように手で押さえながら、慌ててウィルの方を向いたところで彼と正面から目が合ってしまった。


「思った通りだ。君によく似合ってるよ」

「へえ、こいつは本当によく似合ってますよ!彼女さんはいい彼氏がいて幸せものだ!」


 自分に向けられるウィルの優しい笑顔と店主のはやし立てるような声にさらに顔を紅くするリゼッタだったが、よく見るとウィルの手が僅かに震えていて、額にうっすらと汗が滲んでいるのをみてたまらず声に出して笑ったのだった。


「ふふふっ」

「え、何か変だった?付け方間違えたかな?」


 これには今度はウィルが戸惑う番だった。笑みを浮かべるリゼッタに、先程までの彼女以上に狼狽ろうばいした態度を見せている。その額には見る見るうちに汗が滲み出てきていた。


「なんでもありません。ありがとうございます!ウィル様!」


 その様子を見てさらに可笑しくなったリゼッタは弾んだ心を抑えきれないといった様子で、くるりと一回転してウィルへと微笑んだ。


 髪留めがその拍子に煌めいて、リゼッタの表情を引き立てていた。普段絶対に見せないようなその笑顔に、ウィルは呆然と彼女を眺めて、そしてすぐに顔を真っ赤にしてしまう。


 もともと顔立ちの整っているリゼッタは、無表情とその黒髪で冷たい印象を普段から与えていたが、笑うと髪を止めたことも相まって年相応の可憐な表情がよく見えた。意識していなかった女性からの不意打ちの表情に、ウィルが顔を赤らめてしまうのも無理はなかった。


 黙り込むウィルにリゼッタは覗き込むようにして声をかけた。


「どうしました?ウィル様」

「な、なんでもない!じゃあ、いこうか。ありがとう」


 リゼッタの追い打ちにさらに顔を紅くしたウィルは足早にその場から離れるのだった。


「……はい!」


 その様子を不思議そうに眺めていたリゼッタは弾んだ足取りと笑顔で彼の後を追いかけるのだった。

次回で三章は区切りです!

なるべくすぐにあげたいと思います!



それでは、楽しんでいただければ幸いです。

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