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二章 隣国との交渉 8

ようやく二章のタイトルの内容までこぎつけました。


楽しんでいただけたら、幸いです。

「驚いた?」


 まだ呆気に取られた表情のウィル達を見てメリダは悪戯が成功した子供の様に嬉しそうに微笑んだ。

 ウィルもジャスカールも開いた口が塞がらないといった表情だ。ジャスカールに至っては顎が外れそうな程である。


 ゆっくりと玉座の隣まで移動するメリダの様子は、とても前日までの彼女とは同じ人物であるとは思えなかった。


 ぼろぼろのローブは今や純白の、所々に凝った飾りが付いたドレスへと変わり、後ろで一括りにされていた髪は解かれて、さらさらと絹糸のように彼女の背中で揺れていた。


 旅の汚れも綺麗に落とされて細やかな肌を晒しており、目鼻の整った顔は薄く化粧をされていた。宝石を埋め込んだかのように輝く榛色の瞳が、ウィル達を見つめている。


 ようやく我にかえったウィルは満足そうなメリダの様子に苦笑して、ゆっくりと立ち上がった。どうりであっさり去ったわけだ、と昨日のことをウィルは思い返していた。


「ああ、驚いた。王女殿下は医学だけでなく、女優としても一流の腕をお持ちのようですね。見事にしてやられました」

「まあ、お上手ね。でもお互い様よ、貴方も貴族だなんて嘘をついて。それと、知っておいた方がいいわ。女はね、色んな顔を持っているのよ」


 メリダは片目を瞑るとウィルの前まで来て、優雅な仕草でドレスの裾を持ち上げた。


「改めてご挨拶いたします。私がロンメル第一王女、メルディア•ロンメルです。以後お見知り置きを」


 ウィルも右手を曲げて恭しく腰を折る。


「ウィル•トリウムです。よろしく御願い致します」


 二人の様子を面白そうに眺めていたクライベルは、読み終えた親書を偉丈夫に手渡すと形のいい口を開いた。


「さあ、娘の挨拶も終わったことですし、本題に入りましょうか」


 そう言って女王は周囲の文官や武官の顔を見渡した。


「皆の者、先日我が国の史学省から、魔王復活の予兆があったとの報告を受けたのは記憶に新しいことと思います」


 女王の言葉にその場にいた貴族たちがそれぞれ頷く。ウィルはジャスカールに僅かに視線を向けた。


「どうやらトリウム王国でも、同様の報告があったらしい」


 その言葉に周囲のざわつきが増したのを見てとったクライベルは、傍らの偉丈夫に目配せをした。偉丈夫がわざとらしく咳払いをすると、貴族達は再び静まり女王の顔を伺った。


「この親書には魔王討伐に際し、我が国に協力を要請したいということが書かれていました」


 予想はついていたのであろう。この言葉に驚くものはいなかった。ウィルは再び跪くと、女王の顔を真っ向から見つめた。


「我が国は貴国の医療技術を必要しております。討伐軍の派遣には、優れた衛生兵が欠かせないと我が父レイバンも考えております。何卒、お力添えを頂きたく」


 一息に言い終えたウィルは、頭を垂れて、クライベルの言葉を待った。


「僭越ながら申し上げます。魔王は世界共通の敵、我が国からも兵を派遣するのがよろしいかと」


 一人の恰幅のいい貴族が手をあげた。周囲の何人かが咎めるような視線を彼に向ける。


「ギベリウス卿、それは些か早計ではないだろうか。そもそも、我が国はこれまでも特に被害を出すことなくやってこれている。この派兵に何の利があるというのか」


 今度は向かいにいた細目の男が手を挙げた。これを皮切りにして貴族達は互いに意見を交わし始めた。ウィルは己の頭上を飛び交う声に戸惑いきょろきょろと彼らを見回していた。


 はあ、と目の前にいたメリダは溜息をついている。


「始まったわね」

「始まった?」


 メリダは立っているためウィルは彼女のことを見上げる形になってしまう。それは後ろにいるジャスカールも同じであった。

 ジャスカールは貴族達を眺めていたが、成る程、と頷いた。そのまま三人でぼそぼそと話し始める。


「ジャスカール、どうしたの」

「いえ、殿下。恐らく彼らは議論を交わすことで、女王陛下の目に止まろうとしているのではないかと」

「その通りよ、ジャスカール。彼らはお母様に認められようと必死なのよ」


 メリダは鼻を鳴らすと馬鹿にしたように議論する彼らを眺めた。ウィルも一拍遅れて二人の言わんとしていることに思い至った。意見を交わしている貴族達は、時折ちらちらと女王に視線を向けていた。


 ウィルは先ほどから言葉を発しないクライベルの表情を盗み見た。

 彼女の表情は何も変わらなかったが、切れ長の瞳の中には僅かに辟易した感情が浮かび上がっていた。

 ふと、女王がウィルの方へと視線を向けた。突然目が合ったウィルは思わず飛び上がりそうになったが、彼女が視線を逸らしたことでなんとか踏み止まる事が出来た。


「静まりなさい」


 クライベルの口から出たその一言は一瞬で貴族達の動きを止めた。彼らがいる場所はかなりの広さだというのに、彼女の言葉は隅々まで響き渡った。


「客人の御前ですよ。あなた方は我が国の貴族は無作法者の集まりだと思われても構わないのですか」


 女王の言葉は一見穏やかであったが、中身は痛烈な皮肉であった。ギベリウスと先ほど呼ばれた貴族が、慌てて言葉を返したが、クライベルはそれを一瞬の元に切り捨てる。


「し、しかし」

「もうよい」


 他の貴族達は息を呑み、顔色を伺っている。皆一様に真剣な表情で女王を見つめていた。


「魔王の復活は過去何度も起こり、その度に勇者に選ばれた者達が魔王討伐を行なってきました。それは、我が国も例外ではありません」


 クライベルはメリダの見た後、ウィルの方へと視線を向けた。


「あなた方は、魔法使いの存在をどうお考えですか」

「どう、とは」

「言葉の通りです。本当にいると思いますか」


 ウィルはちらりとメリダの方を見た。彼女はクライベルの方を向いており、その表情を伺うことはできない。


「わかりません」


 メリダについての噂は聞いてはいたが、あくまで噂である。この場でそれを安易言葉にすることは出来なかった。ウィルは再び女王へと視線を戻し、その瞳を見据えた。

 ウィルの様子を眺めていたクライベルは口角を吊り上げる。


「魔法使いは、います」

「お母様!!」


 クライベルの言葉に、周囲は再び騒然となった。メリダでさえも、表情を変えて彼女に一歩詰め寄った。


「あなたの目の前にいる私の娘、メルディアが、魔法使いです」

「どうして!」


 思わず声を張り上げたメリダをクライベルは片手を上げて制した。落ち着いた様子で口を開く。


「先ほどの話に戻ります。過去、魔王を倒すためにに勇者は選ばれました。そして同じようにこの国はその度に、魔法使いを共に派遣したのです」


 何人かの貴族を除いて初耳だったのだろう。ざわざわと顔を見合わせている。メリダもその歴史は知らなかったのだろう、目を見開いている。


 ですが、と女王は表情を曇らせた。


「勇者という存在は象徴であるのに対し、魔法使いは違います。……かつてこの国には過去多くの魔法使いが存在していたといいます。ですがいつの頃からか、彼らは姿を消しました。そして、魔王が復活する時期になると、決まって王族の誰かが魔法使いとしての能力に目覚めるようになったのです」


 クライベルの言葉にもはや誰も言葉を発するものはいなかった。傍に控える偉丈夫だけが、動揺することなく彼女の顔を見つめていた。なおも彼女は続ける。


「そして、彼、彼女達の多くが旅の途中で命を落としました。それだけ過酷な旅であることは承知の上です。ですが、それでも私は、この国はメルディアを失うわけには参りません」


 メリダが小さく、お母様と呟くのを聞いたウィルはその場でゆっくりと立ち上がった。


「ウィル王子、いえ、勇者ウィル殿。どうか、メルディアのことを守っていただけますか」


 誰もが息を呑み事の成り行きを見守っていた。沈黙は一瞬だった。


「身命に代えましても」


 ウィルは拳を握ると自分の心臓の前に移動させた。その様子をみてクライベルは満足そうに頷いた。


「それでは、我が国はトリウム王国への協力を……」


 その場にいた誰もが続く言葉を予想した。しかし、そこへ口を挟んだ者がいた。


「ちょっと待って」


 その声の主に皆の視線が集まる。彼女は、整った眉を寄せながらクライベルのことを睨み付けていた。メリダである。


「どうしました、メルディア」


 クライベルの瞳が怪しく光った。それは娘といえども容赦はしないという意思の表れだったが、メリダは母親と同じ榛色の瞳を逸らさずに、真っ直ぐ彼女を見据えていた。


「私はまだ彼の実力を詳しくは知りません。それなのに、どうして命を預けることができましょうか」

「なるほど」


 娘の言葉を聞いていたクライベルだったが、一理あるといった表情で頷いた。


「ですから、彼らに条件を出したいと思います」

「……それで、どうするというのです」


 女王は興味を惹かれた様子で身を乗り出した。メリダは女王を見つめていたが、大きく息を吸い込むとウィルの方を振り返った。





「彼に、北の森に巣食う魔物の討伐をしてもらおうと思います。それも、彼一人に」



 爛々と輝く彼女の瞳は彼の瞳を射抜き、挑戦的な笑みをその顔に浮かべていた。



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