二章 隣国との交渉 7
遅くなりました汗
このラストのシーンまで書き上げたかったのですがら書いたら思ったより文字数が増えまして(笑)
懲りずにお付き合いいただけたら、嬉しいです。
ロンメルの都はもう目と鼻の先にまで迫っていた。ジャスカールはいきなりおしかけては徒らに混乱を招くと思い、途中にある丘の上で待つように部下に指示を出した。
馬首を返し彼を待つウィル達の元へと向かう。
すでにメリダは馬に乗ることにも飽きて、馬車の中へと戻っていた。
こちらへ向かってくるジャスカールを見つけると、彼女は小窓から顔を出し、急かすように声を張り上げた。その声に、ジャスカールはなんとも言えない顔つきで手綱をしゃくらせたのだった。
合流した一行は、入国審査を待つ行列に混ざろうと巨大な門の麓を目指した。馬から降りて手綱を引く。
女性達の乗る馬車も速度を落としてゆっくりと進んでいた。
昼間だからだろうか、審査を受けようと列をなす人々の数は膨大で、自分達が審査を受けられるのは一体いつになるのだろうと、ウィルとジャスカールは顔を見合わせ嘆息したのだった。
同じように今しがた到着した行商人などは諦めて近くにテントを張り出している。日暮れまでに入れなければ、自動的に翌日の審査になってしまうからだった。
自分達も諦めて明日にしようか、と彼らを眺めていたウィルは口を開いた。
「今からでは反対側の門に移動しても、日が暮れてしまいますな」
ジャスカールは頷いて丘の上に待たせている兵士達に野営の準備をさせようと再び馬にまたがった。
そこへ勢い良く飛び出したのがメリダである。彼女はしばらく前からイライラと御者席に座って腕を組んでいたのである。もし周りに人がいなければ、ローブからのぞく細い脚は、小刻みに揺れていたことだろう。
「まって!私に任せて!!」
「ん、どうするつもりだ」
この先のことを考えると、正直なところここで揉め事を起こすのは芳しくない。ロンメルの技術という手札はそれだけ価値のあるものなのだ。心象を悪くして断られでもしたら、魔王討伐という目的の達成は目に見えて遠ざかることになるだろう。
ジャスカールは不安そうな面持ちで余裕げな様子のメリダを睨み付けた。
「いいから」
「いいか、くれぐれも問題は起こさないでくれよ」
任せておけと言わんばかりに自信たっぷりな様子の彼女は、よっと、馬車から飛び降りると城門の脇の、兵士達が出入りする小さい入り口の方へと小走りでかけていった。
遠ざかっていく彼女と馬の尻尾のように揺れる髪を眺めていた三人だったが、しばらくしてとりあえず問題は起きなさそうだと、これからのことを話すことにした。
「とりあえず、入国できたとしても今日はもう遅い。それに宿を決めるにしても、あれだけの人数を宿舎を確保することは……」
「難しいでしょうな」
ウィルの言葉をジャスカールはしたりといった様子で引き継いだ。満足そうにウィルは微笑む。僅かな時間ではあるが、何かと一緒に過ごすことの多い二人はお互いの考えをよく理解していた。
リゼッタはそんな二人の様子を眺め、羨ましそうに目を細めた。
「兵達には悪いけれど、もう一日彼らには野宿してもらうことになりそうだね」
「仕方ありませんな、伝えて来ましょう」
ジャスカールは頷いて、鐙を軽く蹴り上げた。馬は首を持ち上げると嘶いてその向きを変えた。
「はっ」
勢いよく手綱を振り上げたジャスカールは掛け声とともに兵士達のいる丘へと走っていった。馬蹄に蹴り上げられて砂埃が舞う。
「リゼッタは他の国へ行ったことがあるかい」
ジャスカールを見送ったウィルは隣で顔を覗かせるリゼッタに問いかけた。先程から何故か彼に対して不機嫌そうなリゼッタはツンとした表情を崩さない。旅に出始めてから、ウィルは今まで見たことのない彼女の表情を度々目撃していた。
「……父が商人ですので、幼い頃に何度か」
「そうかあ、僕は王国の外に出たことがないから、少し羨ましいな」
「私もあまり覚えてはいませんが」
ウィルは両手を頭の後ろで組んで、目の前に聳え立つ城門を見上げた。しばらく何事か考えていたウィルだったが、いい事を思い付いた、と大きな瞳を輝かせた。
ねえ、とリゼッタの方を振り向いた。
「どうせしばらくはこの街にいることになるだろうし、どこか都合の良い時に一緒に街を見て回らないかい」
「えっ」
「あ、でも、どうせ行くなら一人の方が見やすいかな?それなら……」
「いきます!!!……あっ、いえ……で、殿下の身に何かあったら大変ですので、しょうがないのでついて行ってあげます!」
「ふふっ、ありがとう、リゼッタ」
「お、お礼なら必要ありません。し、仕方なくですので!」
ウィルの言葉にしどろもどろになるリゼッタの頬は赤い。よっぽど観光できるのが嬉しいんだなあ、と彼女の機嫌が治ったことを内心でウィルは喜んだ。
「ふーん、単純ね」
いつの間に戻ってきたのか、リゼッタのことをつまらなそうに眺めていたメリダがぼそりと呟いた。彼女の言葉にリゼッタは顔を反らして澄まし顔に戻ってしまった。
「おかえり。どうだった」
「そう、それを伝えに戻ってきたのよ、大丈夫。話のわかる兵隊さんだったわよ」
「そうか、やっぱり今日はだめか……えっ!!大丈夫だって!?」
無理だと決めつけていたウィルはメリダの言葉に案の定かと視線を逸らしたが、すぐに驚愕に目を見開いて視線を戻した。何をそんなに驚いているのかわからないけれど、とつまらなそうな表情で腰に手を当てている。
そこへ、上手い具合に指示を終えたジャスカールが戻ってきた。
「いかがしました」
「ジャスカール、どうやらメリダはとんでもない魔法を使えるみたいだ」
「魔法、ですか?」
何のことかわからないと、眉を顰めるジャスカールだった。
「失礼ね!魔法なんて使ってないわよ、ちゃんと話して聞いてもらったのよ」
「と、いうことはまさか!」
「ええ、その通りよ。ただし、貴方達だけよ、兵隊さん達は明日」
心外だ、と頬を膨らませる彼女にウィルとジャスカールは賞賛の声を浴びせる。彼らの言葉にふふん、と満足そうに胸を張ったメリダは、ついてきなさい、と先程の門番のところへ歩いていった。
リゼッタを馬車から下ろしたジャスカールは御者をしていた兵士に明日になったら使いをよこすから、と言い含めて丘の上の部隊に合流させることにした。
そうしてメリダの後を追いかけた三人はあっさりと入国を果たした。兵士達は何も言わずに入り口からの戸を開けたのである。これには三人とも、本当に魔法を使ったのではないか、と驚きに目を見張らせたのだった。
戸をくぐった三人の目の前に広がっていたのは、トリウムとはまた違った光景だった。人の数が多いのはどちらも同じであったが、トリウムに比べてこのロンメルという街は小綺麗な印象をウィルに与えた。城門のすぐ前は大きな広場になっており、中央には噴水が据えられている。丁寧に敷き詰められた石畳の上を子供たちが無邪気に走り回っていた。
屋台などは少なく、どうやら店を構える場所が限られているらしかった。洗練されている、というのだろうか。街を行き交う人々もどことなく品のある感じがしている。
物珍しそうに辺りを見回している三人に、先頭を歩いていたメリダが振り返った。
「じゃあわたしはいくわ。ここまで一緒に来てくれてありがとね」
「ああ、こちらこそ、兵の手当てをしてくれて感謝してる」
「気にしなくていいわ」
「そうか、もういくのか」
「ええ、ジャスカール。色々と迷惑かけたわね」
「どうか、お元気で、もう会うこともないでしょうが」
「あんたって女は」
別れを告げるメリダに三者三葉の言葉をかけるウィル達だった。その一つ一つにメリダもまた目まぐるしく表情を変化させている。リゼッタに向けた笑顔などはこめかみの辺りがヒクついていたが。
言葉を交わし終えた四人の間に僅かな沈黙が訪れた。
「それじゃあ、またね」
もう一度微笑んだメリダは踵を返すと、振り返らずに広場の向こうへと去っていった。ウィル達はその淡白さに拍子抜けしたような気持ちになったが、いつまでも別れを嘆いてもいられない。
「わたしは一度城に行って我らのことを伝えてきます」
「わかった。じゃあ、僕たちは宿を取っておくよ。この噴水の前で待ち合わせよう」
と、ウィル達も各々別の行動をとることにしたのである。
夜になってようやくジャスカールが合流したので、三人は宿の一階にある食堂へとおりて、夕食をとりながら明日のことを話し合うことにした。
「殿下、明日無事に謁見の予定が取れました」
「そうか、ご苦労だったね、ジャスカール」
ウィルはバターをうっすらと表面に伸ばした鶏の手羽先にかぶりついていた。皮には岩塩と刻まれたハーブが散りばめられており、突き刺した歯の間から肉汁がこぼれ落ちている。
リゼッタはその様子を横目で眺めながら、ナイフとフォークで器用に肉を剥がしては口に運んでいた。
ジャスカールはというと、食事にはあまり手をつけずに大きめの器に注がれたエールばかりに手を伸ばしていた。時折、茹でられた豌豆を掴んでは口の中に放り込んでいる。
「まあ、親書もあるし大丈夫だとは思っていたけれどね」
「はい、出発するときに馬も飛ばしておりましたから、すんなりと話を聞いていただけました」
それにしても、とウィルは次の手羽先に手を伸ばした。てらてらと肉汁で汚れるウィルの手を見かねてリゼッタは手拭いを取り出した。丁寧に彼の手を拭いてやる。
「ロンメルの国王は一体どんな人物なんだろうか」
「それなんですが、実はこの国には国王は居らず、代わりに女王が統治しているみたいですね」
ふーん、と相槌をうつウィル。そこへ、一人の男が声をかけてきた。
「なんでえ、お前さん達他所の国の人間かい」
そうだが、と胡散臭そうな視線を向ける三人を気にも留めずに男は自分の持っている酒杯をテーブルへと置いた。
「最近魔物も増えているってのによく外へ出ようと思ったなあ。ああ、それで、この国の話をしてたんだな、お前さん達」
男は人懐こい笑みを浮かべると話を続けていく。
「この国を統治するお方はなクライベル様つってな、それはもう素晴らしいお方なんだ。俺らみたいな下々の奴らにまで、情けをかけてくださる」
悪い人間ではなさそうだ、そう思った三人は男の言葉に耳を傾ける。女王の性格を聞いて感心していたウィルはそれで、と男を促した。
「おう、それだけじゃねえ。女王様は魔物達からも俺らを守ってくださる。女王様の治世になってから、この街と周辺の治安はそりゃあよくなったもんだ。正確には、王女様だがな」
男はそこまで一息で話し終えると手に持った酒杯を一気に傾け、中身を飲み干した。
ジャスカールは給仕をよんで、男に新しく酒杯を持ってくるように告げた。
「ありがとうな、にいちゃん」
「構わない、それで、王女はというのはどんな人柄なんだ」
「んあ?それがよお、あんまりわからねえんだよ。何せ滅多に人前に出ないお方だからなあ。ただ、聞いたところによると王女はどうやら、本物の魔法を使えるらしい」
「なんだって!?」
新しく注がれた酒を飲む男の放った言葉に騒然となった三人であった。ウィルは思わず身を乗り出した。
「その話、もっと詳しく!」
「といってもなあ、ホントによくわからねえんだよ。ただ、この前までいた商人が、王女様の魔法に助けられたらしい。なんでも、巨大な火の玉で、なんつったかあの犬みたいな魔物を一瞬で丸焦げにしたみたいだぜ」
男の話に三人は顔を見合わせ頷きあった。どうやら、魔法使いが実在するという噂は本当のようだ。
「成る程なあ。いや面白い話だった。これは酒代の足しにしてくれ」
「いいのかい?そんなつもりじゃなかったんだが。しばらくは居るんだろ、またなんかあったら何でも聞いてくれよ」
ジャスカールは明るい声でそう言って、男を追い払う。男は渡された銀貨をみると上機嫌でふらふらと席に戻っていった。
「いかがいたしますか、殿下」
男が席にい席に着いたのを確認するとジャスカールは声を落としてウィルへと顔を近付けた。
「そうだね。どうやら何としてもこの国にも協力してもらわなければいけなくなったね」
「そのようですな、しかしながらその魔法の話が本当だとすると、何とも恐ろしい話ですな」
「逆に味方にすればこれほど心強いものはないさ」
ウィルとジャスカールはあれやこれやと手に入れた情報について意見を交わしていた。リゼッタも途中まで話を聞いていたのだが、旅の疲れからか思わず欠伸をもらしてしまう。慌てて口を押さえるが二人にはっきりと目撃されていた。
ウィルとジャスカールは話をやめて、顔を赤らめるリゼッタに表情を緩めるのだった。
「何にせよ今日はもう遅い。明日になれば全てわかるさ」
ウィルは両手を合わせるとそういって席を立つ。実際疲れてもいたのだ。ジャスカールは頷いて器に残ったエールを一息に飲み干すと、勘定のために席を立った。
会計を済ませた三人はそれぞれの部屋へと入っていった。ウィルは着替えもそこそこに、用意されたベッドへと飛び込んだ。明かりをつけたままであったが、ウィルの意識はいつの間にか眠りに落ちていった。
翌日、ウィル達は太陽が真上よりもやや手前といった時刻に宿を出た。よほど疲れがたまっていたのだろう、久しぶりに使ったベッドは、いつまでも彼らを離してくれなかったのだった。
昨日の広場を横切り、城への道を歩いていた彼らは、それからしばらくして、荘厳な雰囲気を醸し出している城門へとたどり着いた。
門番に取り次いでもらい、中へと入った彼らはその様子に驚きの声をあげた。城に入るまでの場所もそうだったが、特に城内は圧巻という言葉が相応しかった。
見たこともないような調度品や家具がいたる所に飾られており、そのどれもがかなりの値打ちものであると一目でわかる。しかもいやらしさを感じさせることなく配置されていた。
案内の兵士が馬鹿にしたように鼻白んだが、そんな事にも気が付かないほど彼らは落ち着かない様子で視線を目に入る品々に向けていた。
大理石でできた階段を上り、辿り着いたその先で、三人はさらに声を失う事になる。
目の前に聳える扉にはまるで己の国の財を誇示するかのように数々の宝石が所狭しと散りばめられていた。そしてそのひとつひとつがかなりの大きさをしており、一番大きなものはウィルの拳くらいのものもあった。
「トリウム王国第一王子、ウィル•トリウム王子殿下御一行様の、御到着であります!」
扉の傍にいた兵士が声を張り上げると同時に扉を押した。見るからに重そうな扉はしかし、すんなりと開いていき、ウィル達はその先へと迎え入れられた。
部屋の中は明るかった。床に敷かれた大理石が光を反射しているのだ。そして入り口から真っ直ぐ伸びた赤絨毯の先には、普通の人間ならば四人は楽に座れるだろう巨大な椅子が据え付けられていた。
そこに、一人の妙齢の女性が座っていた。
「良くぞ参られました、トリウムの王子よ。歓迎いたします」
伸ばされた背筋と切れ長の瞳、わずかにあげられた口角はどこか底冷えのするような印象を与えるとともに、彼女こそがこの国の女王であると見る者に思わせる威厳を醸し出していた。
ウィル達は彼女から少し離れた位置で、立ち止まり、一礼した。ジャスカールが懐から親書を取り出し、跪く。
「此度は大国の主人であらせられるクライベル女王陛下にお目にかかれて光栄であります。若輩の身なれど、我が父レイバン•トリウムより陛下への親書を預かって参りました。どうか、御一読くださいますよう」
ジャスカールの手から親書を受け取り、一歩前に出たところでウィルもまた、膝をついた。
宰相だろうか、一人の偉丈夫がウィルの手から取り上げたそれを、クライベルに手渡した。丁寧に封を切り中身を取り出したクライベルはウィルに向かって意味ありげに微笑んだ。
「ウィル王子、私がこれを読んでいる間、そなた達を待たせるのも申し訳ない。暇潰しと申してはなんだが、我が娘を紹介いたしましょう。メルディアを、ここへ」
「お母様、もうここにおりますわ」
クライベルに命じられ、先ほどの偉丈夫が動き出そうとしたその時、玉座の後ろから声が上がった。
ウィル達の視線が一斉にそちらに向く。
僅かな沈黙の後、一人の少女が姿を見せた。その姿を認めたウィルとジャスカールは思わず大声をあげそうになり、むせ込んだのだった。
彼らの視線の先、クライベルの後ろから現れたのは、あのお転婆な少女メリダだったのだ。




