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第二話 騒がしい人々

 激しい音色が聞こえる。それは段々と大きくなり、俺を睡眠から解放して行く。

 そう、この音は目覚ましの鳴き声だった。

「んん? ……朝か」

 カーテンの隙間から漏れる光が刺激し、まどろみから抜け出させて行く。

 眠い。まったく会長のおかげで夜遅くまで会計の仕事させられてたし、これから先が思いやられる。

 ここでぼやいても何にもならないな。さて、そろそろ起きるか。

 そう思い起き上がろうとしたのだが何故か出来なかった。

「ん? 体が……動かない?」

 なんでだ? と頭を回転させるとある事に気付き頭を抱えた。

 その理由は簡単で、俺以外の誰かが隣りで一緒に寝ているからだ。

 その誰かは俺の体にピッタリとしがみつきながら、気持ち良さそうに寝息をしていやがる。

 溜め息を一つ、良し起こすか。

「またか……おい起きろ!」

「ふに~」

「起きろ!」

 そいつの頬を抓ってやると、その途端に目を覚ます。

 起き上がり呑気に背伸びを。そして頬に手をやる。

「痛った~い~、ふに~……かなめちゃんの意地悪!」

「あのな、そっちが悪いんだろ? 大体なんで毎回俺のベッドに潜り込んで来るんだよ姉貴!」

 そう、横で気持ち良さそうに寝ていたのは俺の姉貴で名前が後藤まりあ。

 髪が腰の辺りまで伸びていて茶色。グラマーな身体に幼さの残る童顔。今年で二十二歳になる社会人の姉貴だ。

 姉貴は何故か毎回俺のベッドに潜り込んで来るの不思議な姉貴だ。

「だって~、可愛い弟のかなめちゃんと一緒に寝たいんだもん!」

 なんて言って俺に抱き付いて来やがった。その勢いのまま頬擦りをかましてくる。

 自分ですりすりと言いながら、暑苦しい。

「は、離れろ! 暑苦しい! どれだけ弟命だこら!」

「ふに~、かなめちゃんはお姉ちゃんのものー! 彼女なんか絶対に作らせないからね! ずっとお姉ちゃんだけのもの~!」

 危険な発言をするなよ。もう一度溜め息をし、姉貴を退かしてさっさと部屋を後に。

 部屋からは「かなめちゃんの意地悪!」と叫ぶ声がしていたが無視する。まったく、朝からなんであんなにテンション高いんだよ? 洗面所までやってくると、そこには妹の後藤めいが顔を洗っていた。

「うっす、おはよーめい」

「ん? ああなんだ兄さんか。おはよ」

「なんだとはなんだよ!」

「ふっ、そのくらいで怒るなんて兄さん器が小さいよ。あたしの兄なんだからしっかりしてもらわなくちゃ困るよ」

 毎回こうだ、まったく生意気な妹だ。こいつは小学校六年で姉貴とは対照的な奴だ。

 髪は黒くて短い。遠くから眺めたら男の子にみえてしまうくらい短い。学校では頭が良く、テストはいつも高得点だ。

 早朝から姉妹に疲れさせられたな、そんな事を思いながら、めいの後に顔を洗い歯を磨く。

 事が終わりリビンクに移動を。キッチンから朝食の良い匂いが漂って来る。キッチンを覗くと朝食を用意している父の姿を捕らえた。

「おはよ父さん。今日の朝ご飯は何?」

「おはようかなめ。今日は卵焼きに焼き魚、いつも通りの和食だ」

 父は短い髪に眼鏡を掛けている。体格は平均的だと思う。

 見るからに優男という感じ。でも、行儀など躾に厳しくて怒るとかなり怖い。

「お、うまそ! 母さんはまだ寝てるの?」

「昨日も夜遅くまで仕事してたみたいだからまだ起きないんじゃないか?」

 我が家の家計を支えているのは母だ、仕事はファッション関係の仕事。

 その業界で母はなかなか有名らしく、いつも夜遅くまで仕事をしている。そのため父が家の事をこなしている訳だ。

「かなめ、味噌汁をお椀についで並べてくれ」

「はいよ」

 丁寧に味噌汁をついでテーブルに並べた。朝ご飯の準備が出来、しばらくして姉貴とめいが席に着く。

「いただきます!」

 うん、文句無しに旨い、父さんの作るご飯はいつも絶品。魚もいい感じに焼けてるし、言う事無しだ。俺が旨そうに食べてると、姉貴のまりあが何やら俺をじっと見つめて来やがった。

「……姉貴、何だよその熱いまなざしは?」

「ふに~、かなめちゃんのお魚さん美味しそう。頂戴! あ~ん!」

 姉貴は目を瞑り、口を阿呆みたいに開けて待機。

 食べさせろって言うのか。

「あのな、姉貴のがあるだろうが! みんな同じ奴だぞ?」

「も~分かってないな~、かなめちゃんが食べているのが良いの! はい、あ~ん!」

 阿呆らしい、一生そうしてろ。そんなやり取りを妹のめいがニヤニヤしながら拝見していた。また妙な事を考えているに違いない。

「兄さん、恥ずかしがらない、恥ずかしがらない。本当は嬉しいくせに~」

 こんにゃろめ、ムカついたのでこいつの大好物である卵焼きを強奪し口の中へと誘う。ざまあみろ。

「あーー! あたしの卵焼き! この女男め、ゆるさん!」

 なんて叫ぶとめいは姉貴に何やら耳打ちをしている。

 なんだ? 姉貴の顔が見る見ると赤くなってるけど。話が終わる頃、姉貴が絶叫。

「ふにひゃ~! かなめちゃんが? 本当なのめいちゃん!」

 あの驚き様は一体? あいつ何を教えたんだ?

 めいがニヤニヤしているし、姉貴はぽーっとして俺を悲しげに見つめて来るし、気になるじゃないか。

「めい! 姉貴に何を教えやがったんだ!」

「あ~れ~? 何の事? あたし子供だから分かんない~」

 こいつ白々しいだけでは無く、都合の良い時にだけ子供になりやがって。めいをこれでもかと言う程睨んでいると母さんが起きて来た。眠そうにしながらふらふらと足がおぼつかない。

 げ、また下着だけで出て来やがったか。

「みんなおはよ……あなた、熱いお茶お願い」

「うん、分かったよ」

 母さんはゆっくりと食卓に座わり、眠たい目を擦りながら皆を一瞥。昨日も遅かったんだろうな。

「はいお茶。まだ寝てても良かったんだよ?」

「ん~、朝ご飯は一日を始める為の活力よ、食べないとね」

 もっともな事を言うが、服ぐらい着て欲しい。母さんにも恥じらいくらいはあるだろうに。

 茶色の長い髪、口の下にほくろがあって、遺伝の関係で姉貴と顔がそっくりだ。だが性格は見事にめいと同じく俺を良く苛める。つまり、体の特長は姉貴へ、性格は見事めいに受け継がれたのだ。

 ちなみに俺は父さん似だ。

「かな~、今日も美人だね、口紅かしてあげようか?」

「俺は男だ!」

「あれ? そうだっけ? 家は三姉妹じゃなかったっけ?」

「俺は長男だ!」

 嫌らしくニヤニヤとしながら喋る。ちくしょう、いつもこうだ。時々めいと二人して俺を苛めやがるからなこの二人は、タッグを組むともう最悪。

 くそ、いつまでもここに居たら馬鹿にされ続けるに決まってる。さっさと飯を食べ終えて席を立つ。

「あら、もう行くの? かな~、お化粧しなくていいの?」

 ぐぅ、ここは我慢だ。ここで言い合っていたら学校に遅れてしまう、シカトを決め込みここを離れた。

 って言うかさ、姉貴のやつまだぽーっとしてるんだが、大丈夫か? 何を聞いたのか気になるが今は学校へ行かないと。取りあえずほっといて部屋に戻り制服に着替えて玄関へ。

「行って来ます」

 そう言って玄関を出た刹那、姉貴が慌ただしく叫ぶ。

「待って~かなめちゃん! お姉ちゃんと一緒に行こうよ~!」

「却下だ!」

「兄さん、素直になりなよ!」

 めいの奴、帰って来たら覚えてろ。ま、それはともかく良い朝だ。

 空は青くて雲一つない。

 晴天に気分が向上し、上気分で学校を目指して行く。数分程歩き、ようやく我が母校に到着した。校門を通り教室へ向かおうと思ったのだが、ここで誰かが俺の襟を掴み、グイッと後ろへと引っ張りご対面。

「おはよう後藤、良い天気だな」

 そこにいたのはなんと生徒会をまとめ上げる会長、宝条院聖羅だった。

 何故か嫌な予感がするぞ、だって会長は笑ってはいるが影を垣間見た。

「お、おはようございます会長、……あ、あの、何でしょうか?」

「何でしょうかだと? お前は忘れたのか? 今日から朝のパトロールが始まるから明日は早く来る様に、とわたくしは言ったはずだが?」

 しまった!

 昨日の帰り際に言われたのをすっかりと忘れてた。

 た、大変だ、このままでは会長に殺されるのは明白だ。

「す、すいませんでした! 完全に忘れてました!」

「忘れただと? 後藤! お前は仮にも防衛生徒会のメンバーなのだ! 自覚を持て! この愚か者が! ……ま、今日はいい。明日からはちゃんとするように、分かったか?」

「は、はい!」

 助かった、そう思ったが会長は「次遅れたら人間サンドバッグだ」と何とも恐ろしい捨て台詞を。

 この人なら本当にやりそうで怖い。

「ふぅ、やはり防衛生徒会を理解しているのは政史と柳刃だけだったな。あいつらは早朝から意欲的にパトロールをしていたぞ? 全く、少しはお前もあいつらを見習え」

 柳刃さんが? そうならば、どうやら本気で会長を尊敬しているらしい。それはさて置き、後で柳刃さんに謝っといた方がいいな。

 そんな事を考えていると、会長が何やら難しい顔をしているのに気付く。不機嫌な顔でとある場所を凝視し、睨む。どうしたのだろうと会長が見つめる風景を一瞥する。

 そこに居たのは副会長の高崎政史だ、その周りには何と女子がたくさん副会長を取り囲んでいたのだった。

「キャー! 政史様~!」

「こっち向いて下さい!」

「み、皆さん困ります。わたしには生徒会の仕事が……」

 何だあの大群は。副会長は確かにイケメンで女子に人気だと聞いていたが、まさかあそこまでとは。まるで映画や漫画みたいな展開だ。

「くっ……政史め、デレデレしやがって、何て浅はかで自重心がない奴だ!」

 デレデレしてないと思うけどな。怒りを振り撒きながら会長は大群の中へと姿を消すと女子達が逃げ出して行き、会長が副会長の耳を引っ張って連れて行ってしまう。

 もしかして会長と副会長って付き合ってるのかな?

 嵐の過ぎ去り副会長の命運を祈りつつ校舎へ行こうとした時、ある人物を見掛けた。それは我が生徒会の書記、皆川真先輩だ。先輩は彼氏らしき人物と腕を組んで登校して来る。

「お昼は二人っ切りで食べようね! しゅーの分のお弁当も作って来てるからね」

「料理が得意なまこちゃんの弁当楽しみだよ!」

 ニコニコしながら歩いているな、他の生徒が見ているのなんかお構い無しで。ある意味尊敬するよ。おっといけない、教室に向かわないと。

 急いで教室を目指す。その途中、柳刃さんと鉢合わせした。

「あっ、かなめさん。おはようございます」

 そう言いながら頭をペコリと下げる姿がなんだか可愛らしくて和む。

 ん? 何やら手に持っている様だが一体? やたらと細長い……って、これ木刀じゃないか!

「お、おはよう柳刃さん。あの……それは何?」

「これですか? 木刀です。常に装備している様にと会長さんに言われたんです」

 会長め、今度は何を企んでいやがるんだ?

「朝はごめん! 俺、忘れてて……」

「良いですよ。何も無かったから大丈夫でしたよ? あ、チャイムが鳴っちゃいますね、それではまた後程」

 そう言って分かれた、柳刃さんは優しい人だな、今度は遅刻せずに手伝おう彼女の為に。

 それにしても柳刃さんは会長を本当に尊敬しているらしいな、変な事を吹き込まれる前に何か手を打った方がいいかも。

 何か良い案は無いものかと思考を繰り返しながら教室に入っていくと同時にチャイムが鳴り響きギリギリだった事を教えられた。

 自分の席に座り、朝のホームルームを待つ。

「ギリギリだったじゃないか、かなめ」

 そう声を掛けたのは隣りの席にいる男子だ。こいつは友人の上原太一(うえはらたいち)、坊主で体格は平均的だが野球部で外野手として活躍するスポーツ馬鹿だ。

「おはよう太一、相変わらず朝から元気だな」

「まな、おれは元気と野球だけが取り柄だからな!」

 こいつとは良くつるむ。野球以外では常識的で普通の奴だ。

 それが有り難い、俺の周りは変な奴が多いからな。本人の前では言えないが、特に会長とか。

 それにしても先生がなかなか来ないな。いつもなら、もうホームルームは終わっていてもおかしくない時間なのに。

「遅いな。太一、お前何か知ら無いか?」

「さぁな、もしかしたら彼氏にでも逃げられたかな?」

 担任の先生は女性だ。名前を竹下優美(たけしたゆうみ)、最近は年下の彼氏と何やら上手くいってないと嘆いていたっけ。

 太一と話していたら竹下先生、あだ名タケピーがやっと教室に入って来た。

 それは良かったが、教卓まで歩み寄ると何故かぽーっとして心ここにあらず。様子が変だぞ?

 クラスメイトの一人がどうかしたかと質問を投げ掛けと、こんな回答を返して来たのだった。

「うう、ちくしょう。タクヤの奴め、私と言う女がいるのに、あんな女とーー!」

 はい、教室全体がぽかんと惚けてしまった。

 まさか太一の予想が当たっていやがったとは。

「おいかなめ、当たっちまったみたいだ。何となく罪悪感がするんだよおれ」

「気にするな、お前は予想を言っただけだ」

 太一が心配そうに見ている。お前、優しい男だな。

 でも、ずっとタケピーがグチグチ言っていては前に進まない。タケピーには可哀相だが、俺達の勉強に響く。恐る恐る、進言を提出してみる事に。

「せ、先生、授業始じまりますけど……?」

 そう言うとまるで鬼の如く俺に睨んで来やがった。

 やばいぞこれは、目が怖いし異常だ。

「ご、後藤! 私が悲しんでるのに何だその言い方は! お前、私の嘆きと勉強、どっちが大切だ!」

「「「勉強だ!」」」

 見事クラス全員の声が重なりそれが嘆く教師を抉る。

 すごい、今クラス全員の心が一つとなった瞬間なのだ。ちょっと感動しちゃったよ俺。

「お、おおお前ら何か! 靴の裏にガムなんかが付いちゃえ! みんな、みんな嫌いだーー! うわぁーーん!」

 と叫んで教室を飛び出して行く嘆き教師が痛々しかった、何だが可哀相だったろうか。

 でも確かに足の裏にガムは嫌だな、あれは取れにくいんだよ……って、おい! ホームルームはどうするんだ!

 そんな騒ぎがあったが、何とかホームルームを終え、時間が経過し放課後へ。

 そう、生徒会が始まる時間だ。生徒会室に行くと、みんなはもう揃っていた。

「後藤、来るのが遅いぞ!」

「すいません。ホームルームが長引いちゃって」

 タケピーが朝の事を反省したらしく、謝ったのだが、また彼氏の事で泣き始めてグダグダに。

 それでまたご機嫌取りと相成り、遅れたのだ。

「まぁいい。さて今日は柳刃の事で発表がある」

 柳刃さんの事だと、一体何だ? 柳刃さんを一瞥すると、何がなんだか分からずにおろおろとしているではないか。

 そんなのを無視しながら会長は説明を口から零す。

「柳刃の役職の事だ。役職は、防衛生徒会のエージェントだ!」

 はい? エージェントって映画とかに出て来る事件とかを解決する奴の事?

「ボクが、エージェントですか?」

 柳刃さんが不思議そうに会長に問い掛けているが、何を聞いているんだと言わんばかりに言葉を返す。

「そうだ! 学校で事件が起きたらお前に解決してもらうからな、分かったか?」

「えっと……い、一生懸命頑張ります!」

 つまりこの生徒会の役職は、会長、副会長、会計、書記に……エージェント?

 なんじゃこりゃ?

「素晴らしいです、会長」

「うんうん、そうだろ政史」

 また副会長の褒めたたえが始まった。いつも何か会長が提案したら副会長はそれを褒める。生徒会の役職にエージェントがある学校って、うちの学校くらいなんじゃないか?

「柳刃さん、嬉しそうだね」

「はい! ボクやっと役職に付けて嬉しいです!」

 満面の笑顔、本気で嬉しそうだ。その時、皆川先輩が俺に小声で話しかけて来た、何だ?

「後藤くん。会長はもしかして、彼女を洗脳してるんじゃない?」

「ほぅ、わたくしが柳刃を洗脳しているのか?」

「そうだよ、だってあんな目茶苦茶な事を……会長、聞いてました?」

 皆川先輩の真後ろに、仁王立ちした会長がいた。ヤバイ、先輩のピンチだ。

「柳刃、命令だ! 皆川を隣りの部屋に連れて来い!」

「え! あの、その……はい!」

 がしりと皆川先輩を後ろから捕まえた柳刃さん。

「柳刃さん! ダメだよ! 助けて!」

「ごめんなさい、会長さんの命令です!」

「いい子だ、連れて来い」

 そう言って柳刃さんは先輩を隣りの部屋に連れ込み、会長も入っていき、ドアが閉じる。

「待ってよ! 何するの? きゃあ! そんな事しないでーー! ダメ! そこ触っちゃダメ! きゃあああああああああ!」

 中で何が起きてるんだ! って言うか、本当に洗脳されてるかもしれないな柳刃さん。

 数分後。

「うう~、お、お嫁に行けないよ~!」

 皆川先輩は床にうずくまって愚痴ってた。ごめんねと、何ども彼氏の名前を叫んで謝っている。

 一体、中ではどんな仕打ちがあっていたんだ?

「まったく、エージェントのコードネームの発表が遅れてしまった」

 コードネームだと? そんなのまで考えていたのかよ。

「柳刃が中学時代のあだ名をそのまま使った。コードネームは“剣姫”(つるぎひめ)だ!」

 剣姫? あ、そっか、柳刃さんは剣道の全国大会優勝者だったっけ、そう言ったあだ名だったんだ。

「会長、パーフェクトです」

「うんうん、そうだろ政史!」

 また副会長の褒めたたえが始まる。でも、あってるかも知れないな。……剣姫か。

「分かったか、柳刃! 今日から剣姫がコードネームだからな!」

「は、はい、分かりました!」

「よーし、お前達、パトロールに行って来い!」

 そう言われて俺と先輩と柳刃さんが外に出ていく。あ、やっぱり副会長は来ないのかよ。副会長は軽く手を振っているし。

「ずるいな」

「後藤くん、あのさ……」

「駄目ですよ先輩、彼氏だって待ってくれますよ。だいたい前回、悲惨な目にあったじゃないですか!」

 皆川先輩は意地悪と言いながら頬を膨らましていた。

 先輩はしばらく何かを考えて俺にこう言いやがる。

「意地悪だから、女の子から男の子になったんだね~」

 嫌味攻撃か! 負けるものか、俺はこんな事ではへこたれん。

「あのですね、俺はおと……」

「えーー!」

 いきなり叫んだのは柳刃さんだった。なんだ? どうしたんだ?

「か、かかか、かなめさんって、女の子だったんですか!」

「違うよ!」

 もしかして柳刃さんって、言った事を全部信じるんじゃないのか? だって会長が言う事を全部信じるし。

 よし、ちょっと試してみるか。

「実は俺、サイボーグなんだ」

「えーー! かなめさんがサイボーグ! すごいです、ボク、初めて見ました!」

 嘘、信じてるし。乗ってくれてるのか? 嫌、あの目は信じ切ってる。柳刃さんは言った事をそのまま受け入れるんだ。

 だからちょっと悪乗りして見た。

「この学校の地下には俺と全く同じサイボーグが何百体もいるんだ。そして、もし戦争が起きたらそいつらが発射されて戦うんだ!」

「えーー! す、すごいです! か、かなめさんは最終兵器なんですね! さ、サインください!」

 純粋で濁りのない瞳が俺を見つめて来る。ううっ、柳刃さんをだまして、嫌な気分になって来た。

「ご、後藤くん。早く嘘だって言った方がいいよ? 面白いけど、柳刃さんが可愛そう」

 皆川先輩がそう言った。だよな、俺は無邪気にはしゃぐ柳刃さんに全部嘘だと明かす。

 その途端、目茶苦茶がっかりしていた。ごめんなさい。二度と柳刃さんに嘘は言いません。

 その時、生徒会室のドアが開き、会長が姿を現して、叫び声をあげる。

「こんなところで話てないで、さっさとパトロールにいけーー!」

「痛ってえええええええええ!」

 会長は俺の尻を思い切り蹴りながら怒っている。なんで俺だけ蹴るんだよ! 俺達はダッシュしてこの場を離れた。

「はぁ、はぁ、疲れた……あれ? 皆川先輩は?」

「皆川先輩はボク達が逃げるのとは反対の方向に逃げましたよ?」

 どさくさに紛れて逃げたな。皆川先輩は常識的な人だけど、彼氏の事になったら見境ないな。

「また、二人っきりですね、かなめさん」

「え? あ、そ、そうだね。じ、じゃあさっさと終わらせよう」

 柳刃さんと肩を並べて歩く。学校は夕日に染まり、オレンジ色の世界が広がっている。生徒も下校していて、あまり居ない。

「これって、何だかデートみたいですね?」

 柳刃さんの突然言った言葉に、動揺してしまった。

「そ、そうだね、でも、何もないけどね」

「ありますよ、未来のボクが今日を思い出したらちょっとだけ幸せです。あんな時間を過ごしていたんだなって」

 柳刃さんは不思議な事を言うんだな。でも、ちょっと分かる気がする。小さい頃やってしまった、いたずらとか、遊び、それを思い出すと何だか心があったかくなる。

 ちょっとした事が嬉しくてたまらない、柳刃さんはそう思っているみたいだ。不意に柳刃さんが俺に質問をして来る。

「こんな事を訊いて気を悪くしたらごめんなさい。かなめさんは顔の事がコンプレックスなんですか?」

「ん……まぁね、小さい頃、女みたいだって言われた事があったんだ。だから俺は、男らしい男になりたかった」

 そう、この顔が嫌だった。可愛いじゃない、カッコいいって言われたくて、いじめられている奴を助けていた。

 昔はそうだった。けど、今は本心から許せない。でも、きっかけは顔の事だったな。

 そんな話を柳刃さんは黙って聞いてくれていた。そして、彼女は口を開く。

「きっかけはそうだったとしても、今が素晴らしい人間なら、いいじゃないですか。それに……ボクはあの日、不良達に立ち向かって行った、かなめさんが男らしくてかっこよかったですよ?」

「あ、ありがとう。柳刃さん」

 嬉しかった。柳刃さんにそんな事を言ってもらえるなんて。

 今が素晴らしいならいい、か。何だか心に来るな、この言葉。

 俺達は一通り校内を回る。生徒会室に戻り始めた時だ、俺は柳刃さんを呼び止めた。

「柳刃さん」

「はい、なんでしょう?」

「俺さ、柳刃さんのニックネームを決めたんだけど、聞いてくれるかな?」

「本当ですか! 早く聞きたいです!」

 満面の笑みで俺を見つめて来る。考えていたあだ名を彼女に伝える。

「柳刃さんは昔、剣姫って呼ばれてたよね? だから柳刃さんを“姫”って呼ぶよ。ダメかな?」

「姫……可愛いあだ名です。今日からボクは姫ですね! ありがとうございます。こんな素敵で可愛い、あだ名を付けてくれて」

「よかった、喜んでもらえて嬉しいよ。……姫ちゃん」

 姫と呼ぶと、また満面の笑みを浮かべる。その笑顔が美しくて、何だか神秘的な感覚だった。

 生徒会の仕事も終わった帰り道、俺は姫ちゃんの、あの笑顔が瞼の裏に焼き付いて離れなかった。

 家に着き、ようやく我が家に帰って来た。辺りはもう暗くなって星が見える。

「ただいま」

「おっかえり~、かなめちゃん! アイラブユー!」

 姉貴が俺目掛けて飛んで来た。身体を横にずらし、姉貴を避ける事に成功。

 すると鈍い音と共に、玄関のドアに頭から突っ込んでいた。

「痛たたた、ふに~、かなめちゃんの意地悪! お姉ちゃんずっと帰り待ってたんだよ?」

「だからって飛び付くな!」

 玄関のすぐ側に二階へと上がる階段から、妹の、めいが降りて来た。

「兄さんお帰り。また、姉さんとイチャイチャ?」

「誰がイチャイチャだ!」

「ふに! 違うの? お姉ちゃんはイチャイチャしたいんだよ?」

 阿呆か、と言い放ってリビンクに移動していく。

 全く、騒がしい姉妹だな。リビンクには父さんがテレビを見ていた。見ているのはお笑い番組、俺に気付き、ソファーから立ち上がる

「お帰りかなめ、今日も遅かったな、ご飯食べるだろ?」

「ただいま。うん、お腹ペコペコだよ」

 父さんの料理を食べ終わり、風呂に入ってから自分の部屋に戻った。

 寝るにはまだ少し早い時間帯だ。漫画を読んで暇を潰してから眠りについた。明かりを消し、俺は瞼を閉じる。

 その瞼の裏に姫ちゃんの笑顔が現れる。

 本気で彼女にひかれ始めている自分に気が付く。

 また明日、彼女に会えると思うと嬉しい。明日を楽しみに、そのまま夢に落ちて行った。 

 

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