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わたしと優季くんの公園でのお喋りタイムは、今日も続いていた。
すぐ横にはゆりかごさんの姿もある。
いつもどおりの他愛ない会話に、ゆりかごさんは呆れ顔ながらも我慢強くつき合ってくれている。
ほんとに、どれだけ感謝しても足りないくらい。
三人でのお喋りタイムは、いつものようにほとんどわたしと優季くんのふたりでお喋りして、いつものように暗くならないうちにお開きとなった。
ベンチから離れ、公園の入り口で向かい合う。
優季くんは公園から出て左の道、わたしとゆりかごさんは右の道が帰路になる。
手を振り合い、それじゃあ、また明日、と挨拶を交わすところで、わたしはポツリとつぶやいた。
「あの、そろそろテスト期間だし、優季くんもテスト勉強しますよね。こうやって遅くまでお話するのは、しばらくやめたほうがいいでしょうか……?」
わたしとしては、それが当たり前かな~と思ったから、そう言っただけなのだけど。
ゆりかごさんは怒濤の勢いで反撃してきた。
「なにを言ってるんですか! そんなの、関係ありませんわよ!」
「でも、テスト勉強の時間を減らして、優季くんに迷惑をかけるわけにはいかないと思うし……」
わたしは、遠慮がちに自分の意見を返すけど、ゆりかごさんの勢いは止まらない。
「おバカさんですわね、迷惑だなんて思うわけわけないじゃないですか! ねぇ?」
「うん、そうだよ」
優季くんも、微かな笑顔のまま、そう言ってくれた。
それでもわたしは、まだ納得がいかない。
その様子を察してくれたのだろう、ゆりかごさんは考え込むような仕草をすると、すぐにポンと手を打った。
「それでは、こうしましょう。お勉強会ということにして、一緒にお勉強すればいいんですわ。これなら、会っている時間をテスト勉強の時間と共有化できますわよ!」
グッドアイディアでしょう? とでも言いたげな瞳で見つめてくるゆりかごさん。
「え……でも……範囲とか違うんじゃ……?」
「同じ空間でお勉強する、それだけでいいんです。範囲なんて、関係ありませんわ」
小さな声で反論するわたしに、ゆりかごさんはきっぱりと言いきった。
さらに、
「場所は……、できれば優季さんのお部屋がいいんですけれど……」
なんて、図々しい提案まで続ける。
「い……いくらなんでもそれは悪いよ!」
と言いながらも、そうなったら嬉しいなと密かに期待を込め、わたしはおずおずと視線を上げると、優季くんの反応をうかがった。
にこっ。
いつもどおりの、心をぽわ~んとさせてくれる温かな笑顔。
そして、
「うん、いいよ」
優しい声で、優季くんは答えてくれた。
☆☆☆☆☆
というわけで早速、次の日の放課後、わたしたちは優季くんの家に向かっていた。
いつもの曲がり角で待ち合わせしたあと、公園の前を通過して、そのままさらに先へ。
優季くんの先導に続いて歩くあいだも、いろいろとお喋りは続けていた。
ご両親が共働きで帰りはいつも遅いから、夕方のこの時間にいることはないと、優季くんは話してくれた。
どうやら兄弟もいないらしい。
ということは……。
「あら、ふたりきりになれるチャンスじゃないですか」
ゆりかごさんはわたしの耳もとに顔を寄せると、面白そうにそうささやき、
「ふふふ、わたくし、用事ができたと言って、すぐに帰りましょうか?」
なんて提案をしてきた。
「や、だ、だ、ダメ、ゆりかごさんも、いてよ! ふたりきりは、さすがにまだ、ちょっと……」
慌てながら答えるわたしに、ゆりかごさんはいつもどおり、呆れたため息をつく。
続けて、よりいっそうの小声で、ニヤニヤしながらこう言った。
「まったく、意気地なしですわね。わたくしがいたら、キスもできないじゃないですか」
「そそそそそ、そんなこと、まだ恥ずかしいからいいんだもん!」
「ん? なにが恥ずかしいの?」
思わず大声を出していたわたしに、優季くんが首をかしげながら訊いてくる。
「いや、あの、ごめんなさい、なんでもないです!」
必死にごまかすわたしは、耳まで真っ赤に染まっていたことだろう。
ゆりかごさんは、そんなわたしを見て、おなかを抱えて笑っていた。
☆☆☆☆☆
「さ、どうぞ」
「はい、お邪魔しま~す」
カギを開けてから玄関の中に入ったのだから、さっき聞いていたとおり、家には誰もいないだろうとは思ったけど。
それでも一応、失礼にならないよう声をかけてから、上がらせてもらった。
「汚い家でごめんね。それに狭いし。お嬢様のふたりにこんな家に来てもらうなんて、やっぱり悪かったかな?」
「い……いえ、そんなことないです! とても綺麗にしてあると思います。お母様がしっかり掃除なさってるんでしょうね。それに、わたしたちのほうが押しかけたようなものですから、悪くなんて全然ないです!」
優季くんのいつもの笑顔が少し曇りがちだったこともあってか、わたしは必死になって言葉を並べる。
言うまでもなく、それはお世辞なんかじゃなく本心だ。
わたしが住んでいる小百合さんの家や、ゆりかごさんの家と比べたら、間違いなく狭いのは疑いようもないのだけど。
ともあれ、広ければいいってものじゃないと思う。
小百合さんの家は弥生さんが掃除してくれているから綺麗だけど、わたしの部屋だけは、勝手にいじられたくないというのもあって、掃除は自分ですると言ってあった。
そのせいで、部屋の中は結構散らかっている。
ゴミが山のように積み重なっているとか、脱いだ服がそこら辺に散らばっているとか、そこまでひどい状態ではないものの、几帳面とはお世辞にも言えない性格のわたしだから、ちょっと雑然としていることが多い。
わたしの部屋と比べたら、優季くんの家はずっと綺麗だと思った。
それに、なんだかちょっと、なにかのお花のようないい香りがするし。
優季くんは少しはにかんだ笑顔を見せると、わたしとゆりかごさんを、家の奥へと案内してくれた。
家の奥……そこにあるのはもちろん、優季くんの部屋だった。