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小百合さんはあのあと、いつもどおりの笑顔をたたえながら、紅茶のカップを乗せたお盆を持って戻ってきた。
もう気にしていない様子だったから、わたしも気に病んだりせず、小百合さんとお喋りを続けることができた。
といっても、次から次へと繰り出される小百合さんの質問に、わたしが恥ずかしく思いながらも答えるだけだったのだけど。
夕食を終え、わたしが部屋に戻ってのんびりしていると、弥生さんがやってきた。
「お嬢様、お風呂が沸きましたよ」
「あっ、わかりました。ありがとうございます」
「今日はたくさん汗をかきましたでしょう? ぷぷぷ」
「…………」
なんだか弥生さんって、わたしを小バカにしてる感じがしなくもないわ……。
そんな不満を胸に抱きつつも、わたしはお風呂場へと向かった。
ゆったり広々とした湯船に浸かりながら、わたしはいろいろと考えていた。
優季くんとたくさんお話できて、嬉しくて楽しくて、舞い上がってしまいそうなほどの気分ではある。
でも、どうなのかな?
このまま、恋人とかになれるのかな?
はう、恋人だって、きゃっ、恥ずかしい!
でもでも、そうだよね、ずっと今みたいに、お話だけしてても、お友達のままだもんね。
だけど、だけど……。
ぶくぶくぶくぶく。
お湯のせいだけでなく赤くなった頬を湯船に沈めて、意味もなく息を吹く。
あ……こんなふうに思いにふけってると、ふやけちゃうかな?
考えてみたら、もうかなり長い時間、お風呂に浸かっている気がする。
ふやけてブヨブヨになっちゃったら嫌だし、と思って、わたしは素早く湯船から飛び出した。
脱衣所に戻って体をしっかりと拭き、パジャマに着替えたわたしは髪を乾かしながらも、さらにぼーっと考え続けた。
さすがにちょっと暑かったから、換気扇を回している。
その音が響く中、自分で自分に問いかける。
わたしはいったい、どうしたいのだろう?
換気扇による気流のせいか、微かな風がわたしのうなじをくすぐる。
そのとき、選択肢が頭に浮かび上がってきた。
『今のままで我慢する』
『もっと進展したい!』
恥ずかしいけど……。そりゃあやっぱり……。
わたしはゆっくりと、頭の中で二番目の選択肢を強くイメージする。
×『今のままで我慢する』
○『もっと進展したい!』
――うふふ、そうよね。
「え……?」
不意に声が聞こえたような気がして、わたしは慌てて辺りを見回した。
もしかしたら、わたしが知らず知らずのうちに声に出していて、弥生さんが隠れて見ていたのかも。
そう考えてみたりもしたのだけど。
いくら見回してみても、誰かがいるような気配はなかった。
換気扇の微かなブーンという音だけが、不気味さを伴って鳴り響いている。
ブルッ。
背筋の震えを感じた。
せっかくお風呂に入って温まったはずなのに、寒さすら感じてしまうほどに。
「…………気のせい……だよね……?」
わたしは誰にともなくつぶやく。
なんだかちょっと気味が悪かったけど、単なる空耳だ。そうに決まっている。
そうよ。
わたしが優季くんとお話できて、浮かれすぎていたから。
あまりに浮かれすぎて、大失敗をやらかしてしまいそうなくらいだったもんね。
きっと神様が、少しは頭を冷ますように、気遣ってくれたに違いない。
わたしはそう考えることにした。
それはあながち、間違いというわけでもなかったのだけど。
とりあえず、大きく深呼吸をする。
「うん、落ち着いたわ。さてと、それじゃあ部屋に戻って、そろそろ寝ようかな」
わざわざ声に出し、わたしはお風呂場をあとにした。
――うふふ、おやすみなさい。
なんとなく、背中からそんな声がかけられたような気がしたけど、わたしは空耳だと自分に言い聞かせ、素早く部屋に戻るとベッドに潜り込み、頭から布団をかぶった。
思った以上にお風呂場に長居してしまっていたらしく、いつもならとっくに寝入っている時間になっていた。
さっきの声が気になって、さすがにすぐには眠れなかったけど、いつしか睡魔に包まれたわたしは、そのまままどろみの中へと落ちていった。
もしもさっきの声が、寝静まったあとだと思って侵入してきた泥棒の声だったりしたら、すごく危ないところだったとは思うけど。
そうじゃないことだけは、なんとなく感じていた。
だからこそ、怖がりながらもそのまま眠ってしまえたのだ。
どうしてそんなふうに思えたのか、このときは全然わからなかったけど、もう少しあとになってから、わたしはその理由を知ることになる。




