第二十ニ話 突然の危機
予備隊が聖魔門調査で不在のムラク市街。
「魔災だー!」
「どけどけー!」
そんなことはお構いなしに、防魔隊のホーリーグレイルが警鐘を響かせ街中を騒がしく駆け抜ける。
「この騒がしさ、ムラクだな。久し振りだ」
「そうですね、あなたと任務に出るのも久し振りですよ」
そんなホーリーグレイルが巻き上げる砂埃の中、外套を羽織った男二人が歩いている。少年と青年、といった風貌。二人の羽織る外套は旅人の様なソレでは無く、縁に刺繍の入った丁寧な作りの一等品の様だ。その裾を引っ張る小さな手。
「ん? なんだお嬢ちゃん。腹減ったのか?」
頭からフードを被った幼女は男を見上げ、ソバカスの散った頬が露わになる。
「結局名前付けずにここまで来ましたね。不可侵域から連れ帰って何日経ちます?」
「んー、苦手なんだよな名付けって。まあ今からアカデミーに預けるし、そこで良い名前を付けて貰えばいい」
「それもそうですね。貴方のネーミングセンスは独特ですから」
「だろ? ……いや待て、良いのが浮かんだぞ。古の集落に残されし少女、だから古子。どうだ?」
「……アカデミーに急ぎましょう」
歩みを早める少年に後れを取る青年。
「あ、おい待てよ! シルード!」
現場へ急行する防魔隊一行。ダンケス達一番隊が先行する。
「あれ、おい! ゲレミーが居ないぞ!」
ホーリーグレイルの後方、乗員席でディテスが気付く。
「はあ? 出るまでそこにいたのに……。ほっとけ! ボンボンの相手してらるかよ!」
ダンケスは怒りを露わにする。団体行動を乱す奴は許せないのだ。防魔隊であれば当たり前のことだが、私生活にも影響し少し面倒くさがられている。と、突然制動が掛かり停車する。
「現着だ! 聖水散布! バンガーは待機!」
隊長の号令で皆が一斉に動き出す。
「今なら行けるか……」
防魔隊車庫横にある聖水補給所。そこにゲレミーの姿。
「くそ、枢機卿の野郎……、うるせぇ、あー、うるせぇうるせぇ! スライムが何だってんだよ! 逆らえねえと思って好き放題言いやがって……」
ゲレミーは台車に目張りされた大きめの木箱を載せ補給口まで運んでいく。
「パパもママも喋ってくれねえし、教団の奴らは偉そうに命令してくるしよ! 前に町民殺しちまった時は許してくれたのに、なんでスライム如きでこんなに責められなきゃなんねえんだよ!」
ゲレミーは以前に起こした不祥事を親に揉み消して貰った上で防魔隊へと入隊していた。
「……、これも上の奴らが言うんだ、知らねえからな……」
苛つきを隠さずにいるゲレミーが蓋を開けるとそこには透明なボールが何個も入っている。
「家で繁殖させてるスライムコアを厳選してきたんだ。こんだけありゃ一つくらい《《デカブツ》》になんだろ! おら!」
ゲレミーは給水栓の口にホースを繋ぎ、先を箱へ突っ込むと再度蓋をして聖水を注ぎ込む。
「へへ、へ。ぶっ壊れろ……、全部。防魔隊もムラクも! その後は俺達がこの国を神の国にしてやるぜ!」
魔災現場ではダンケス達が苦戦していた。
「なんだこのミストは! 全然消えないぞ!」
魔災の規模はそれ程でもない。しかしいつもならすぐに消えているミストが今日は全然消えない。それどころか勢いが増しているようにも思える。途方も無いな、とダンケスが遠く根元と思われる先を見たその時、
「何だ? 何かいるぞ!」
何かが立っていた。
ミストを纏ったソレは、ミストの暗さが黒さに見える程に収斂していく。人のように四肢があるがバランスが人とは全く違う異形がそこにいた。
「アイツから、ミストが出てるのか……?」
黒い異形はダンケスを見つけると、遠くからでも分かるほどに敵意を曝け出し向かって来る。
「逃げろ!」
ダンケスは腰を落とし聖水散布銃を構える。異形の打撃を聖水散布銃で受ける。
「ん?」
ダンケスは違和感を感じた。凄みの割に打撃が異様に軽い。
「行ける……?」
態勢を整えようと異形を押し返すと、異形はいとも簡単に押し戻され、そのまま霧散して行った。
「何なんだアイツは」
そこに魔導送話器が鳴る。
「全防魔局防魔隊へ! ムラク全域で多数魔災発生!」
続けて連絡が入る。
「東方防魔局から全局! 東方防魔局が襲撃されている! 敷地内に巨大なスライム多数! な、何とかしてくれ!」
ミストの異形、全域での同時発生魔災、防魔局の襲撃、ダンケスは立ち尽くす。
「何が起こっているんだ……」




