ビジランテ
俺が止めるまでもなかったか、黒がヒートアップした時は流石に肝を冷やしたが。
あの先生が、なにか言ったらしいな。ありがたいね、親友がいつまでも仲違いしているのは嬉しくないからな。
「で、どう思った?八司院」
すぐ近くで、愕然とした表情をしていた、八司院に問う。
「……本当に、俺と同い年かよ、あいつら」
八司院は頭を抱えたように、髪を掻き上げた。どうやら、自分とあの二人の差くらいは理解できてるみたいだな。
「もっと、驚きなのは、少なくとも拳術に関しちゃあんたより強いってことだ。【人類最強】より強いのが、いていいのかよ」
「それを言ったら供花さんにも負けるけどな。それでも、あの二人は例外だよ。あの破虎が後継者として指名した二人だ、ただ師事を受けた俺とは格が違う」
事実、異能ありの試合でも、通算で黒は大体四割、夢に至っては五割強、俺に勝っている。拳術だけなら、あいつらが俺に負ける筋合いはない。
「それにしちゃ、一方的な試合だったが」
「あいつらの試合は結果だけ見ればいつも一方的だよ。二人とも、一撃一撃がお前の【炎舞】以上の破壊力があるからな」
最も、夢が負けたのは不思議じゃない。半年以上も実戦から離れていた夢と、【虎】を継ぎ鍛錬を続けていた黒。差が生まれるのは、自明の理だ。
が、あいつなら一ヶ月もしない間に、感を戻す。今の黒とトントンまでは持っていけるはずだ。
残りの問題は、向き合えるか、だが。それも心配はしていない。
「八司院、あー、供花さんと被るからこれから名前で呼ぶわ。俺の私見でしかないが、お前も才能だけならあの二人にだって負けてないと思うぞ」
「お世辞のつもりか?生憎、それをまともに受け止められるほど、俺は無垢じゃねえよ」
俺はその言葉を聞いて、失笑した。まあ、ふりだけど。
「世辞?笑わせんなよ。お前をおだてて、俺に何の得がある?」
続けて、俺は九郎を煽る。これもわざと。多少の怒りは、向上心に繋がるからな。
こいつには才能がある。それが夢や黒に匹敵するものかは、正直わからない。だが、【炎舞】を自力で生み出したことは称賛に値する。それこそ、あの二人のオリジナルの型と同程度には。それだけの才能が、燻ったまま終わるのは勿体ない。以前から、供花さんが愚痴を溢していたが、確かに言いたくなることが分かるほどの逸材だ。俺の手で、伸ばしてやりたくなった。
「……そうかよ」
そっぽを向いてしまった。顔が赤いな、流石に頭にきた様だ。逆効果かと思ったが、これで発奮も望めそうだな。
「あ、あの、近衛くん!」
久しぶりに少しだけ心踊る経験をした、なんて思っていると、俺を呼ぶ誰かの声がした。
「君は確か、大曲さん、だっけ?どうした?」
振り向くと、同じクラスの大曲灯さんがいた。
「私と組んでくれませんか?」
少し、緊張した面持ちで、彼女は言った。
九郎と組む気でいたから、返答に迷っていると、彼が口を開いた。
「行けよ、生憎あんたじゃなくても、俺より強い奴には困らねえからな」
「ぼっちが良く言うな」
軽口を叩くと、九郎は実に嫌そうな表情をして、しっしっと追い払うような仕草をした。
「うるせえな、さっさと行けよ」
そう言って九郎は組む相手が決まっていないだろう、生徒たちの中へ向かっていった。
「あの、ごめんなさい。先約があったのに」
「気にしなくていいよ」
同級生の力量を直で体験する機会はそう多くない。むしろ誘ってくれて良かった。
「とりあえず、やろうか。打ってきてよ」
それに、わざわざ俺を誘うということは、当然俺のことを知っているんだろう。それなりに実力も期待できる。
「はい!」
快諾した大曲さんは直様攻撃を始めた。俺は一先ず、防御に専念する。
成程、何発か見ただけでも分かる。あくまで、一般人レベルではあるが、良い拳筋をしている。それに何より、当て感が鋭い。俺のガードの先を読んで、効果的な部位に当ててくる。才能か、それとも努力の賜物か。
そこまで分かった時点で、俺は攻撃に転じた。
「!」
反応が早い。俺の攻撃を、彼女は簡単にガードした。
その後も攻撃を続けたが、全て上手くいなされた。勿論、ある程度抑えた攻撃だが、それでもここまで簡単にとは。
何なら、今の九郎ともいい勝負するんじゃないか?彼女が戦闘向きの異能を持っているとすれば、【炎舞】ありの九郎とさえ戦えるだろう。
「何か、格闘技とか?」
「いえ、自警団を一人で。実戦で鍛えた、という奴です」
自警団、成程、それなりの実戦経験を積んでいるということだな。
「一人で活動を?流石にそれは危険じゃないか?」
彼女の実力は充分に理解できたが、それでも一人での活動は危険が伴う。組織に属していれば得られるサポートがないということは、必要以上のリスクを負いすぎる。正直彼女が【罪悪王】ほどの器用さを兼ね備えているとは思えない。
「ご忠告ありがとうございます。けど、心配はいりませんよ。だって―」
彼女は慇懃にも頭を垂れ、顔を上げた時には満面の笑みを浮かべていた。
「正義は、決して負けませんから。正偽と違って」
……何故二度言った?二度目はなんだか、イントネーションがおかしかった気がするが―
その時、終業のチャイムが鳴った。
「それじゃ、ここまで。皆お疲れ様ー」
気の抜けた声で解散を告げる先生、と会話が中断されてしまったが、大曲さんにはまだ聞きたいことがある。
「大曲さん、さっきは―」
「近衛くん、組んでくれてありがとうございます!」
俺の言葉は遮られ、彼女は満面の笑みで礼を言ってから、足早で駆けていった。
「……やりきろうとした貴方は正義かもしれない。けど、やりきれなかった貴方は正偽でしかない」
だから、最後に呟いた彼女の声が俺に届くことはなかった。
*
「心逆くん、昼バークイ行かねぇ?」
授業が終わって、シャワー室。浴び終えた頃、ナチュラルに僕の隣で浴びていた加賀くんに声を掛けられた。駅前のハンバーガーチェーンか、まあ遠い所でもないし午後の授業までには戻ってこれるだろう。
「恋之淵さんと約束してるけど、一緒で良ければ」
「あー、他の子いんのか……ま、いいか」
恋之淵さんの名前を挙げると、加賀くんは少しだけ悩んだ様だが、直ぐに頷いてくれた。
「代わりと言っちゃ何だけど、俺の方も一人誘っていいかい?」
「ああ、良いよ」
僕の方も加賀くんの提案を快諾する。知人が増えるのは歓迎すべきことだ。誰を連れてくるのかは気になる所だが。
「温水というものも、中々に悪くない!」
窮屈そうにも、気持ちよさそうに浴びている鮫さんを尻目に見つつ、僕たちはシャワー室を出た。
「おや?」
「八雲さん」
ドアを開けると、偶然にも同じクラスの八雲めぇと鉢合わせた。
「お二人共もう仲良くなられやがったんですか?」
「仲良くなった、とまではいかねえけどなぁ。そうなりたいとは思うけどなぁ」
八雲さんの問いに臆面もなくそう返した加賀くんに、ちょっと嬉しくなる。好意的に思われてるのは、素直に嬉しい。
「善き善き、人と人の繋がりは美しきことでやがりますからね」
「せっかくだし、八雲さんもどうかな?」
加賀くんの返答に、嬉しそうに何度も頷いた彼女。そんな彼女を僕は誘うことにした。単純に同じクラスで隣の席だ、親交を深めておきたい。
「それは嬉しいお誘い。ありがたく、ご相伴に預からせていただきやがります」
幸い、彼女は手を合わせて、快諾してくれた。
「ところで怪我大丈夫?」
「ええ、ご心配なく。もう、馴れやがりましたので」
首を振った彼女は、確かに杖をついているとは思わせないほど、自然な足取りだった。
「お、いたいた」
そのまま、恋之淵さんと待ち合わせていた、自販機の前へ向かうと、そこにいた十二単さんに加賀くんが声を掛けた。
「よー十二単ちゃん、暇かい?」
「加賀、何か用?」
表情を変えることなく、彼女は問う。印象としては、余り人付き合いを好みそうには見えないが。
「一人なら昼飯でも一緒にどうよ」
「昼か、まあ良いよ。断る理由もないし」
加賀くんが誘うと、彼女は躊躇する様子もなく肯定した。
「そこの二人も一緒?」
「ああ」
「よろしくでやがりますよー」
「そ、よろしく」
僕と八雲さんが言うと、彼女は手を差し伸べた。思わず、八雲さんと顔を見合わせる。
「握手、しないの?」
「……あ!勿論しやがりますよー」
不思議そうな顔をする十二単さんを見て、直様八雲さんがその手を握った。クールな印象だってけれど、どうやら、見た目ほど気難しい質ではないらしい。
「君も」
「うん、よろしく」
僕の方にも向けられた手、直ぐに握った。そして、分かった。彼女の、異様とも言える筋肉量を。
先程の授業で言っていた先生の言葉を思い出す。あの鮫以上の筋力、間違いない。この子も何かしらの人外だ。
「心逆くんいつまで握ってんだよ。妬いちまうぜ」
「あ、ごめん十二単さん」
加賀くんに指摘されてようやく、その手を僕は離す。
「どっちに言ってるか知らないけど、どっちにしろキモいよ加賀」
そんな加賀くんに辛辣な言葉をぶつける十二単さん。これは距離の近さ、と言うよりは彼女が素直すぎるだけのような気もする。
「相変わらず厳しいねぇ。どう思うよ二人とも?」
「嫌、正直俺も今のはちょっと引いたわ」
「加賀さんは少し自身の言動を省みた方が良いと思いやがりますねー」
「酷えなぁ」
加賀くんの振りに、僕と八雲さんが乗ると、彼は嬉しそうに笑った。こういうやり取りも、随分と久しぶりかもしれない。
「冗談だって」
「私は本気だけど」
僕が笑って否定してる中、真顔で言ってのけた十二単さん。どうフォローすべきかな、なんて考え始めると、目立つ背丈の彼女が見えた。
「お待たせ」
「いや、別にそんな待ってないよ」
近づいてきてすぐさま口にした、恋之淵さんの言葉に首を振る。
「昼なんだけどさ、彼らも一緒にいいかな?」
「……ん、構わない」
加賀くんたちを指差すと、少しだけ逡巡した様子を見せた後、彼女は頷いた。




