~帰り支度~
壊れかけた橋を再び渡って、氷の洞窟と化したトンネルを抜け、車を停めてあるトンネル前の広場へと戻って来た。
頼光と保昌にしがみ付いていた香澄とササメは、陽の光を浴びてふぅっと息をついた。
「そんなに霊が怖いの?」
アリアンナが不思議そうにササメを覗き込む。
「あ、あなたがトンネルに入る前に『ここに居る地縛霊の念を強化させた術がかけてある』なんて言うからっ。」
「あ、知らない方が良かったかな?」
「い、いいいい居るの? ホントに居るの?」
香澄が真顔でアリアンナを見る。
「うん。落盤事故での被害者8人。」
「ひぃ・・・そんなに・・・あなたは幽霊、平気なの?」
「私は『夢魔』だもの。意識体の相手をするのは得意よ。なんだったら2~3人ぐらい呼び出してあげましょうか?」
アリアンナが、すっと左手を掲げる。
『いやいやいやいや。結構ですっ。遠慮します。お願いだからやめてっ。』
女子たちが話し込む中、保昌はノートパソコンとオフホワイトのフリース毛布をトランクから引っ張り出し、毛布を渡された頼光はトーガのように体に巻き付けた。
女子三人が車の方へと歩いて来た。
「サンキュ香澄。毛布巻いたから上着を・・・あ、そうか、洗って返すね。」
「いいよ別に気にしなくても。肌寒いからそれ着て帰る。」
「いいのか? ち●こ隠してたヤツだけど。」
「ち●こ言うなっ。」
香澄は頼光の手からむしり取った。
車内に入り、ササメはパチパチとノートパソコンのキーを打つ。
運転席では保昌がスマートフォンで話を始めた。
「ああ、もしもし保昌だ。じいや。あと1~2時間後にそちらへ寄ろうと思う。例の結界に宝石の追加が出来た。対応を頼む。・・・うん、分かった。ありがとう。」
「保昌サマ。伊勢への挨拶文が出来ました。チェックお願いします。」
「ありがと、ササメ。・・・・」
保昌がチェックをする間に、ササメはデジカメにケーブルを接続して画像転送に備える。
てきぱきとした動きに後部座席の頼光、香澄、アリアンナが感嘆の溜息をもらす。
「・・・て、なんであなた普通に車乗ってんの? しかもライコウの隣に。」
アリアンナは背中のコウモリの翼をコンパクトに畳んで、翼の先をラップスカートのように腿に掛けて座っている。
先が鏃型をした『悪魔のしっぽ』をくるりとウエストに巻いて、しっぽの先がゴキゲンにピコピコ動いている。
「いいじゃん。私、ニンゲンの乗り物に乗るの初めて。一緒させて?」
「ええ? それじゃ、鴻池市まで行っちゃうよ?」
「別に気にしないよ? どうせ今の私、帰るところが無いんだもん。」
けろりとしてアリアンナが答えた。
「え? 何か今、軽く重い事言わなかった?」
香澄が彼女の方を覗き込む。
「マスターが消滅した時点で、マスターの所有する『郭』の枠が解放されるのよ。ニンゲンで言うなら『社宅に居られなくなる』な感じかな?」
「たとえが生々しいな。それじゃ、宿無しにしたのは僕のせいだね。ごめんね。」
「ああ、天使さまは悪くないよ。誰かに仕えるってことのリスクは最初から覚悟してるし。」
アリアンナは全く悲壮感無しに微笑んだ。
「だから、天使さまの住んでるところ、見てみたいな~。なんて。」
無邪気に笑う彼女に香澄は苦笑いを返した。
「きゃあっ!」
突然助手席でササメが悲鳴を上げた。
頼光が身を乗り出す。
「どうしました? ササメさんっ。」
「こっ、このしゃしん・・・」
ササメが自分からモニターを目いっぱい遠ざけた格好で、後部座席に向ける。
モニターには最初に入った屋敷の主人の部屋の机と本棚が映っている。
「これがどうしました?」
「こ、ここ。本棚の横のところ・・・」
よく見ると、本棚と壁の間のL字空間に口ひげを蓄えたオールバックの男性の横顔がセピア色に浮かび上がっている。
その目はカメラの方を向いているように見えた。
「ひっ!」
香澄が口元を覆ってシートに下がる。
「ん? ああ、この洋館のご主人? 林業で会社を興した平八郎さん。あの洋館は彼の別荘なの。第二次大戦が終わってしばらくして、結核を患って死んじゃったそうなの。ほら、当時は薬としては抗生物質『ストレプトマイシン』が作られたばかりで、まだ極東には入って来てなかったの。日本も独自に研究していた施設はあったそうだけど、実用にまでは届かなかったみたい。」
アリアンナが小難しい事を含めて、さらっと答える。
「ほら、こっちにはその奥さん。」
『いやあああっ!』
天井辺りをちょんと指差す。
「よく二階の正面の窓から二人で外眺めてるよ。気付かなかった?」
「じゃあ、あちこちの写真に映り込んでいる可能性が高いね。」
アリアンナと頼光の会話を聞いたササメが、手にしたノートパソコンを保昌に押し付けた。
「えっと。ひょっとして僕らの家探し中に、この部屋の扉を閉めたのって・・・」
「うん? 私じゃないよ?」
顔を覗き込む頼光に、アリアンナはちょっとはにかんで答えた。
『ああああああ、もうやめてぇえええ。』
ササメと香澄が耳を塞いで縮こまった。
ササメがこれ以上の写真操作を涙目で拒否するので、保昌が報告メールをしたためて、スマートフォンをPCに接続して送信する。
「こちらの位置情報も添付した。『緊急事項』のアラート付きでの発信だ。すぐに返答があると思う。」
数分ほど雑談をしていると、運転席の窓の近くの空間がぱあっと明るくなった。
「おっと、おいでなさったね。」
保昌が車から降りて片膝を突き、首を垂れた。
光の球体の中に、複雑な象形模様の幣串に純白の紙垂が挟まれた御幣が浮いている。
『禎茂保昌。そなたの報告は受けた。回収班を編制して
その地の座標に直接投入する。一時ほど後に首尾は連絡させよう。』
「迅速な対応ありがとうございます。オモヒカネ様には毎回無理を言って申し訳ありません。」
『魔具を回収した後に、砂金袋を収納しておく。警察もそれで納得できるであろうよ。』
そう告げると、光の球体はすうっと小さくなって姿を消した。
いそいそと車に戻った保昌は車内全員に声をかけた。
「伊勢の承諾が得られた。ここでの仕事は終わりだ。みんなご苦労だったね。」
帰りの車内では、アリアンナが窓に貼り付いて流れる景色を眺めていた。
「そんなに珍しいかい?」
背中に向かって頼光が声を掛ける。
「はい。こんなに低い位置で景色がスムーズに流れる乗り物は初めてです。振動も少ないし、風も受けないなんて魔法みたい。」
頼光の問いには丁寧に答える彼女も、今回は車窓の景色にくぎ付けになって振り向きもしない。
鏃型のしっぽの先がリズミカルに揺れている。
「こどもみたい。かわいい。」
香澄がくすくすと笑う。
「どうせ、生まれて100年も経たないこどもですよー。」
アリアンナが窓の反射で香澄を見て、ちょっと頬を膨らませた。




