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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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帰り道の馬肉ジャーキー

 いい腕をしてる。褒められた余韻を楽しむ上機嫌のわたしは、スキップにはギリギリ見えない普通の歩調を装いながら中央広場にさしかかった。作り置きの大鍋シチューが残っているから、ダグのパン屋さんでパンだけ買って帰ろう。

 あ、視線の先に休憩中の馬を掠めてしまった。今朝も()ったばかりなのに。目的のパン屋の真隣‘‘カフェ雪だるま’’だ。円形の背もたれと座面で雪だるまを模したオープンテラスの椅子を引き払い、四つ足で立ったまま紅茶のカップを傾けている。通りに向けて無様に尻が突き出ているのが滑稽ながら迷惑極まりない。

 同じテーブルで特大のマグカップを手に談笑、いや爆笑しているのは、略式のローブを着た協議団団長のスイ・ハウルと副団長ヴェロニカ・ケイジだ。なぜか馬とは仲が良い。声量が大きいので、赤裸々な会話が通りに筒抜けだった。

「ええ、ヴァイオレットの‘‘魔女サプリ’’が特定機能性食品に認められれば、各国に販路開拓して資金源に。オーガニックで魔女特製の付加価値も高く【公表】後には大売れ間違いなしです。最新鋭の天体望遠鏡も夢ではないかも」

  細長いヴェロニカ副団長が春の青空を見上げて現実的に夢を描くと、

「大売れ!ああ、‘‘魔女サプリ’’プロジェクトは快調だね」

と、重量級のスイ団長の返事に力が入る。それから斜に構えて、一時的にそこだけやけに聞き取りにくかったが、「ふん、これだから『星の魔女』は」と、生クリームの付いた食べ終わりのケーキ皿に吐き捨てた。聞き違いではない。

 夢ふくらませる表情でご満悦だった副団長ヴェロニカは途端にカチンときた様子だ。細いのっぽの体が余計に伸びた気がした。日常使いのとがり帽子の全面に縫い付けられたラインストーンが、ぎらりと妖しく(きら)めいたようにも見える。満を持して、反撃開始。

「まあ、スイ。旧態依然とした()の治療に汲々としているご自分たち治癒魔女を棚に上げて、天文魔女は研究者を気取ってお金にもならない観測活動にばかり精を出している、というお決まりの小言をおっしゃりたいの」

「なにをいけしゃあしゃあと。あたしを気安くファーストネームで呼ぶ気かい、ヴェロニカ。次の選挙では、引退するあたしの後釜を虎視眈々と狙ってるそうだね。小賢(こざか)しい根回しを着々としてるらしいじゃないか」

「あら、それが何か」

「開き直るのかい」

「次は、天文が自治組織代表の座に()く番です。協議団の結成以来、一度きりの天候魔女を除けば、治癒魔女三三回、薬草魔女も三三回、そして我らが天文魔女は三二回団長を務めました。記念すべき百代目の団長は天文魔女に決まっております」

「ああ言えばこう言う。百歩譲って次が頭でっかちの『星占(ほしうら)』だとしよう。しかし、それがすなわちあんただという理屈にはならないよ。『星の魔女』なら他にも大勢いる」

「『星占魔女』でも『星の魔女』でもなく、正確には夜空を読み解き暦を(つかさど)る『天文魔女』です。そもそも星占は直観と膨大なデータに基づく状況判断で、聖ベアトリスから引き継ぐ由緒ある術式ですよ。それに、どうぞお忘れなく。近年では、村のテクニカル面も一手に引き受けております。私たちは、技術とロマンの専門家なのです。デジタルスキルは世界的に見ても一流であると自負しております。だいたい私には副団長という確かな実績が…」

「まあまあ、お二人とも」

 そこへ、自らたてがみ、もとい長い襟足の数本を引き抜き、痛みで正気を取り戻したケン・トゥ・ウルスがおそるおそる割って入る。白熱する激論の魔障(インパクト)をうっかり防ぎかねて、濃すぎる顔面からは濃ゆさを失い、落ち窪んだ目は乾き、干物(ホースジャーキー)になっていたのだ。これぐらいは序の口だが、対戦の中年魔女二人が発奮する圧力たるや相当なものだ。弱った鳩一羽ぐらいならぽっくりと死ぬだろう。

「どちらも経験豊かな素晴らしい引率者でございますよ。ところで、話題のヴァイオレットのお嬢さんは今どちらに?」

 さりげなく風向きを変えたな。油断大敵と心に刻みつけたであろうしたたかな変態の配達屋は、ああ見えて処世術に長けている。時に激烈なトップ2あしらいも実は手慣れたものだ。

 お決まりの終着パターンを踏襲し、澄まし顔で顎を引き上げたスイ団長はこれ見よがしに居住まいを正す。

「そうだったわね。いずれにせよヴァイオレットには公益のために頑張ってもらわないと。今どこへ行ってるんだっけ。マラカス?」

「ニューヨークです」

 パン屋までは名もなき通行人を演じきりたかったのに、ママの名前が出たので、道端からつい応答してしまった。団長の言いたかったのはきっとアラスカのことだろう、何から何まで間違っているが。しかし、期待を背負うヴァイオレット・ウスペンスカヤはいつ帰ってくるのだったか。前に会ったのはいつだったかしら。

「あら、ベリィじゃないの。夕食のパンを?いつもひとりでえらいね。たまにはうちにも食べにいらっしゃい。旦那がトナカイのミルクジャムを煮てるとこだから。滋養がつくよ」

「うちには月光パンケーキがありますよ。ぜひ今晩いらっしゃいな!」

 むざむざ後手に回るまいと、勢い込んだヴェロニカ副団長も間髪入れずに対抗する。

「ま!あんたあたしに張り合おうっての。あんたたち『星』は何でもキラキラしてていいことね。だけど、パンケーキまで光らす必要はあるのかい。ベリィ、うちには本物の雪だるまアイスクリームもあるよ」

「それはここのメニューの模倣(パクり)では」

「あたしのはリアルサイズだよ!」

「大きさを変えたからと言って…」

 再び過激化してきた対決が天井知らずでヒートアップしそうなので、一応「それでは」と言い置き忍び足でその場を辞した。ティータイムの卓上に彩りを添える、中央に飾られた一輪挿しのペチュニアは、かわいそうに花の命が短かろう。

 お情けで一瞥をくれると、ケン・トゥ・ウルスは馬身に大粒の汗をかき始めている。翌朝の光沢オイルは入念に塗り直す必要があろう。脳内で(配達行けば)とだけ言っておく。十字。

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