姫騎士と政略結婚
とある休日、俺とシルフィは二人連れ立って、二駅隣のイヨンへと来ていた。
目的は特にない。気になる店があったら入って適当に時間を潰して、小腹が空いたらご飯を食べて帰る。完全にノープランだ。
既にペットショップを冷やかしてきた。あの時のケルベロス(トイプードル)は飼い主が決まったらしく、ケースにはいなかった。
しかし違う毛色のトイプードルがいたので「二代目ですね」と店員さんに伝えたら、大きく吹き出された。ばっちい。
「あの雑貨屋、見てきていいか?」
「おう。ってか俺も行く」
シルフィが指差した先には、シックな感じの雑貨屋があった。ヨーロピアンな雰囲気を醸し出してるし、何か惹かれる部分があるのかもしれない。
先を歩くシルフィだったが、店内に入ると、ふと足を止めた。
「ん? サヤカじゃないか」
「え? あ、シルフィちゃん」
サヤカと呼ばれたお下げの女の子は、同年代くらいの男の子と一緒にいた。
「そちらは?」
「彼氏の涼太君です」
「えっと、ども」
涼太と紹介された男の子は、シルフィにぺこりと頭を下げた。爽やかな少年である。
「うむ、よろしく頼む。ところでカレシって何だ?」
「恋人のことだ。彼氏、彼女とか言うんだよ」
追い付いた俺は、シルフィに補足をしてやった。次いで、目の前のカップルに軽く頭を下げて礼をする。
「えっと、そちらの方はシルフィちゃんの彼氏さんですか?」
「んな!? 違う! 断じて違うぞ!」
顔を真っ赤にして、そんな力の限り否定せんでもと思ってしまう。シルフィの境遇から察するに、色恋沙汰なんてのはなかったも同然だろうから、この様な初々しい反応になってしまうのだろう。
「シルフィの保護者をやってる者で、藤倉玲と言います。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
改めて、サヤカちゃんと涼太君から自己紹介を受ける。中村紗弥香ちゃんと、その彼氏の西木涼太君。うん、覚えたぞ。
何度か脳内で名前を呟きインプットしていると、隣でシルフィが呆気にとられた顔をしていた。
「レイ……一体どうした? やけに丁寧ではないか。いつものレイじゃないぞ」
「俺だって、時と場合を選んで礼儀正しくはする」
「初対面だった私の時は何で礼儀正しくなかった?」
「別にいいかなぁって」
「本当に意地悪だな!」
そんなやりとりをしていたら、今度は紗弥香ちゃんが呆気にとられていた。
こんなシルフィは、学校では見られないらしい。
「仲が良いんですね」
「む、そうでもある、のか?」
「まあ、良い方じゃないか? 多分」
さて、これ以上カップルのデートの邪魔をするわけにいかないだろう。ぼちぼち店を出よう。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「まだ店内を見てないぞ」
「いいから。それじゃ、これからもシルフィをよろしくお願いします」
「むう。サヤカ、また学校でな」
そそくさと雑貨屋から退散する。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、だ。用法があってるかは知らない。次の暇潰し先を探すため、歩き始める。
「まだサヤカ達と話したかったのだが」
「折角の二人だけのデートなんだ。邪魔をするのは無粋だろ」
「……確かに」
不服そうにしていたシルフィだが、幾分マシになったみたいだ。が、急に照れた様にもじもじとしだした。
「な、なあ」
「ん?」
「も、もしや、私とレイのこれも、で、デートになるのか?」
「……あー。確かにデートってのは、異性でどっか行くことを指すと思う。けど、俺とシルフィは保護者と被扶養者だからなぁ」
端から見て、どう感じるかは知らん。紗弥香ちゃんが俺のことを彼氏と勘違いしたことを鑑みるに、そう見られる可能性はなきにしもあらずだが。
「そ、そうか」
何がそうか、なんだろうか。残念そうな、しかし安心した様な複雑極まりない表情をしている。
ここは話題を変えるのが得策だろう。
「前にいた場所に恋人はいなかったのか?」
周囲には人が多くいる。異世界とは言わず、前にいた場所と濁して話したが、どうやら伝わったらしい。
「恋人はいなかったが、婚約者ならいた」
回答をもらえたが、話題を切り替えた途端にシルフィの表情が曇った。この話題は地雷だったか?
「いわゆる、政略結婚てやつか?」
「まあ、そうだな。父上はできるだけ私の意思を尊重したかった様だが、国王の意向が絡むとそうも言ってられない」
「ふーん」
何か、結構重たい。重たいけど、それってもう関係ないよね。
「そしたら、日本では好きになったやつと結婚できるといいな」
シルフィが意外そうな顔をして、こちらを見てくる。
「なんだ?」
「いや、私を政略結婚に利用しないのか?」
「いやいや、誰とだよ。相手いないぞ。俺は一般人だ。平民だ。王侯貴族との伝なんてないぞ」
「う、うむ」
「それにな、前にいた場所では結構な権力者だったのかも知れないけど、シルフィはこの日本では、ただの一般人だからな」
目から鱗、とでも言おうか。シルフィの目は大きく見開かれている。まるで気づかなかった、と言わんばかりだ。と言うか気が付かなかったんだろう。貴族という意識は意外と根深いらしい。
「だから、好き合えたやつと自由に結婚すればいいんじゃないか」
「うむ、そうだな」
何となく、シルフィの顔は晴れやかだ。
「つーか、シルフィは俺に利用されると思っていたってことだな」
「そ、それは、私のいた所ではそれが当然と言うか」
「ああー。俺は悲しいぞー」
「もう! レイは相変わらず意地悪だな!」
「はっはっは。それで、良いなって思ってるやつはいないのか? 学校に」
「む、い、いない」
一瞬の間があったが、これ以上突っ込むのは野暮だろう。
この世界に来たことで、良きにしろ悪しきにしろ、シルフィは人並みの幸せを得る機会を与えられたわけだ。
それを存分に楽しんでもらいたい。
「まあ、良いなって思うやつがいたら紹介してくれよ。結婚は俺を倒せるやつじゃないと認めないがな」
「お前との結婚は断じて認めん!」とか、フィクションでよくあるアレ。ちょっと憧れるよな。実際はやらんけども。
冗談めかして言ったそれは、大失敗だったようだ。
「それについては問題ないぞ。私より弱いやつとの結婚など、私自身が認められないからなぁ」
そう言って、やり返してやったぞと言わんばかりにシルフィはニヤリと笑う。
シルフィより強いやつって、俺、死んだかもしれん。
「じゃんけんでの平和的な勝負を望みます。いや、やっぱり全面的に賛成させて頂きますので」
「さて、どうするかな」
くつくつとシルフィは笑う。ぴろりんというメッセージの受信音がしたので、邪魔にならない場所で立ち止まり、スマートフォンを起動する。
やはりと言うか、送信者名は女神様で、そこにはこう書かれていた。
『言質、とりました〜』
俺に明るい未来はあるのだろうか。




