姫騎士と勉強会
「なあ、本当に出掛けてなくていいのか?」
「レイはこの部屋の主だろう。気にせず普段通りにいたらいい」
「とは言ってもなぁ……」
今日に入り、既に何度も行われたやりとりをまたもする。
シルフィはかなりの呆れ顔だ。
「マイとサヤカが勉強しに来るだけだぞ……。何をそんなに心配しているのだ?」
そう。今日はシルフィの学校の友達が、近く控えている学期末考査対策で、我が家に勉強に来るのだ。
そんな中、家でいつも通りにしてろっていうのは、ちょっと、いやかなり気を遣う。
「いや、普段通りにとは言うけどな。いつもはシルフィがゲームやってるのを見たり、シルフィがDVD観てるのを隣で観たり、酒飲んだりだぞ。勉強やっている側でやられたら迷惑だろ」
よくよく考えたら、主体的に何かしてるのは酒を飲んでいることだけな件。しかも日中から飲むという、端から見たら退廃的だと思われそうだ。たまにだけだし、酒量も少ないからと言い訳をしておこう。
「それは確かに……。まあ、部屋でのんびりと過ごしていればいいんじゃないか?」
「そうだなぁ。積んでる本でも読むか……。んじゃ、軽く挨拶して飲み物でも出したら部屋に引っ込むよ」
「ああ」
そうこうしている内に、約束している時間が迫ってきていた。何かそわそわするし、今の内に出す物を再確認しよう。
リビングの椅子から立ち、キッチンの棚から箱を取り出す。
この日の為に、三時のおやつ用に専門店であるTREERINGSでバウムクーヘンを買ってきたし、飲み物はコーヒー、紅茶、ジュースと取り揃えた。抜かりはないはずだ。
シルフィの大事な友達だ。失礼があっては不味い。
キッチンでうんうん唸っている俺の気を知ってか知らずか、シルフィはリビングのテーブルに勉強道具を置いていく。
そんな中、ついにその時が来た。室内にインターホンの音が鳴り響いたのだ。
「来た……!」
「私が出る」
緊張している俺とは裏腹に、シルフィは淡々とインターホンのモニターへと向かう。モニターには二人の女の子が映っており、シルフィの友達である事は確定だろう。通話ボタンをプッシュし、顔を近づけた。
「私だ、シルフィだ」
まさかの自分から名乗っていくスタイルである。はーいって応答すればいいと思うんだが。
『あ、姫だ。お待たせー来たよー!』
「うむ、今開けに行く」
随分元気そうな子である。シルフィがドアを開けに行くと、程なくして二人の少女を連れて戻ってきた。
おさげの子は紗弥香ちゃんで、となると隣の少し背が低めのショートボブな髪型の子がマイちゃんって子だろう。マイちゃん(推定)は俺を見つけると、深々とお辞儀しだした。
「初めましてこんにちは! シルフィナさんの友達の浅木舞です。お邪魔いたします。こちら、よろしければお召し上がりください」
舞ちゃん(確定)は、手に持っていた紙袋から箱を取り出して見せてきた。有名な洋菓子店のお菓子のようである。
「あ、これはどうも。シルフィの保護者の藤倉玲です。よろしくお願いします」
舞ちゃんから菓子箱と紙袋を受け取り、こちらも自己紹介する。
なるほど、モニター越しに見た舞ちゃんは元気な明るい子だが、こうやって礼儀正しく振る舞うこともできる。シルフィが令嬢と評するのも納得である。
「あ、あのぅ、紗弥香です、お邪魔します。ごめんなさい、私、手ぶらで来ちゃいました……」
紗弥香ちゃんは申し訳なさそうに言うが、こちらは全然気にしてない。むしろもてなす気満々でいたのだ。
「あ、いやいや、気にしないでください」
「そうだぞ、サヤカ。それより早く座ろう。レイは飲み物を頼む」
「おう、任せろ。えっと、コーヒーと紅茶とジュース、どれがいいですか?」
お客さん二人にそう尋ねると、眼前にズビシと人差し指が突き出された。
「私達年下なんで、敬語いらないっすよ。さっき姫に話してたみたいに、私達にも接していいっすよ!」
先程の礼儀正しい舞ちゃんとは一変して、腰に手を当てたポーズでそんなことを宣った。姫というのは、シルフィのことだろう。言い得て妙というか、元姫だが当たっている。
というか、そんなことを言われても抵抗がありまくるのだが。ちょっと困惑していると、隣の紗弥香ちゃんからも援護射撃が飛んできた。
「そうですね。シルフィちゃんとのやりとりを見た後だと違和感があるので、私達にも同じ様にしてください」
「……わかった。んじゃ何が飲みたい?」
観念して要求を受け入れると、舞ちゃんは指をやっと下ろしたのだった。
「私は紅茶で! ストレートで!」
「私はジュースでお願いします」
「私はいつもので頼む」
いつものっていうと、コーヒーに牛乳とガムシロップを混ぜたやつだな。
「コーヒーだな。んじゃちょっと待ってな」
そう言いながらキッチンに引っ込むと、後ろの方でキャイキャイと騒ぐ会話が聞こえてきた。
「いつものって言ってたね。姫のコーヒー、もしかしてブラック? 大人だね〜!」
「シルフィちゃんすごいね」
「ま、まあな」
シルフィがキッチンにいる俺に向かってチラチラ視線を送ってきてたので、苦笑しつつ牛乳を抜いたいつものコーヒーを準備してやることにした。
お持たせの焼き菓子とバウムクーヘン、それぞれの飲み物をトレイに載せて、リビングのテーブルへと運ぶ。
シルフィはテーブルに置かれた黒色の液体を湛えるコーヒーカップを見て、安心した様な表情をしているが、頬が若干引き攣っている。完全なブラックコーヒーだと思っているんだろうが、ちゃんとガムシロップは入れたから安心しろ。
「それじゃ、俺は部屋にいるから。勉強頑張ってな」
「まあまあまあ、そんなに慌てずに」
部屋に辞するつもりでいた俺の腕を舞ちゃんは掴むと、俺は椅子に腰掛けさせられた。
「えっと?」
「折角ですし、ね? 学校での姫の様子とか気になるっしょ? 色々とお話ししまっせ?」
悪い顔をしながら、舞ちゃんはそんなことを言う。
シルフィはコーヒーを凝視していて、舞ちゃんの言葉には気が付いていない様子だ。紗弥香ちゃんは美味しそうにお菓子を食べていて、頬を緩ませている。
「いや、それは聞きたいけど勉強は?」
「そんなん後でもできますってー。そうそう、姫って学校でかなりモテるんすよ?」
「詳しく聞こうか」
始めの緊張はどこへやら、つい乗せられてしまい、結局はリビングに居座ってしまった俺だった。
意を決してコーヒーを飲んだシルフィと、お菓子を食べ終えた紗弥香ちゃんも直に会話に参加してきて、大いに盛り上がった。
そのまま楽しくお話しして、夕飯時が近くなった為、その場は解散となった。勉強会とは一体何だったのか




