故郷の人
坂上が思ったよりも饒舌になり、嵐の如く喋って逃げられなかったシルフィードは何とかキリのいいところで言葉の暴風雨から逃げ出した。収穫はほぼナシだ。どうやっても勝てないという具体的な説明を濃密に受けただけに過ぎず、一切の対策を得られなかった。
「……えぇと、はぁ……疲れたんだけど……」
「おや、それはいけませんね……幽霊さんは生きる気力がなくなれば消えてしまうのでしょう? まぁ元々死んでいるので生きる気力と言うのも変な話ですが……」
「もう訂正する気も起きないわ……」
大きく溜息をつくシルフィード。ここにいると疲れるので別の用件に入ってもうこの場を去ることに決めた。
「……それで、あなた……故郷の人たちは今王国に居るけど来ないのかしら?」
「えぇ。僕はここでやることがありますので。」
シルフィードの言葉をにべもなく断る坂上。シルフィードはまさに骨折り損のくたびれ儲けとばかりに疲れた顔になる。
「……あ、でも私の契約者とその一行は既にここに向かって来てるから自分で説得しなさいよ……? もう私は疲れたから何もしたくないの。」
「こんな場所に来るんですか……丁重なおもてなしが必要ですね……」
坂上の真顔で放たれた真剣な口調に何故かシルフィードの端正な顔が引き攣った。
「……それは文字通りの意味ととらえていいのかしら?もし、言外に含ませている意味だったら契約者たちを逃がさないといけないのだけど……」
「? 文字通りの意味ですよ? えぇと、短時間で上手に仕留めるにはどの武器がいいですかね……」
(? お化けさんはどうしてそんなに身構えるのでしょうかね……戦いでも挑むかのような目をしてますが戦うべきですかね? そう言えばお化けに物理攻撃は効かないと聞きますが氣によるものだとどうなるんでしょうか……?)
「すみません、お化けさんって氣を通した攻撃を喰らうと消滅しますか?」
「戦う気満々と言うことね……あなた、世界を敵に回す覚悟はあるのかしら?」
「いや、ないですけど。」
「……………………じゃあ、その武器は下ろしなさい。」
「いえ、丁重におもてなしをするには準備が必要ですし……生憎僕の手持ちはこういったものしか……」
「……回りくどいわね。私の契約者のことは王国の使者と思ってくれるかしら? 彼女たちに危害を加えるということは王国への宣戦布告よ。そして、この地は王国の支配下にある。言うなればこの場所における世界とも言える王国と事を構えたくなければ「すみません、話が長いです。」……どの口がぁ……!」
先程まで坂上の師匠の話を無駄に延々と聞かされていたシルフィードの白い額に青筋のような物が立って坂上を睨む。それに対して坂上は言った。
「僕はさっきから丁重にもてなすと言ってるじゃないですか。別に何もされていないのに王国の使者の方々に危害を加える気はないと言っていますし、何故戦いのことばかりの話になるんですか? 平和が大事、平和を乱す者は許さないと暴力によって訴えかける趣味でもあるんですか?」
「……じゃあ、素直にもてなすのね? だったらその武器は何なの?」
「いえ、この場所はそれなりに危険ですし……同郷の方でしたら飲み物には甘い物……こんな場所だと水菓子くらいしかないですが、探しに行って出した方が良いかなと」
そこまで聞いてからシルフィードは警戒を緩めて息をつく。
「素直にもてなす気なのね?」
「さっきから何回も言ってるじゃないですか。」
『ハッハッハ。この兄ちゃんと話をするのは疲れるだろ? いや~外から見てると楽しいな。お前の慌てる姿なんて特に面白かった。今度陽炎で誰かに見せてやろう。』
『……撮ったの? 趣味悪いわね……』
もう疲れたと吐き捨てるようにサラマンダーにそう言って椅子に腰かけるシルフィード。そんな彼女を見て幽霊なのに座るんだと妙な感心をしながら急いで果物を探しに出掛けようとした坂上の探知エリアに人の気配がした。
「……クッ、時間切れですね……誰かさんが変なことを言うからです……仕方ないですね。果実水に干し肉という変なもてなしになりますが、僕なりに丁重におもてなしさせていただきましょう。」
「……何とでも言うがいいわ。」
「それはともかく、移動が速いですねぇ……」
探知圏内に入った人の情報が既に近くなっているのを感知して今日だけで何度目かの感心をする坂上。仕方がないのですぐに謎の果物を乾燥させたものを水でもどして支度を始める。少女もそれを手伝ってその契約者が来るまでに準備を整えた。
そこで、木で出来た坂上お手製の扉を叩く音がしてモンゴリアンデスワームが坂上の方を見てのそのそ移動し、扉を開く。
(……ここはトイレじゃないんですがね……まぁいいでしょう。)
ノックの音が2回だったので坂上は少しそう思ったが、入ってくる人影を見て取り敢えず笑顔を作ってから歓待した。
「こんにちは、初めまして! メリオールプレディ王国特別部隊の小早川 晴美です!」
「初めまして。私立 魔術大学院 生物学部 地衣・菌類専攻の坂上です。本日は遠い所までよくお越しくださいました。」
「えっ……! あっ……はい。」
ノックした後直立不動になって止まる訪問者小早川。そんな彼女の元にシルフィードは移動して軽く坂上に付いて説明しながら席に着いた。
少しの沈黙の後、果物水で口を湿らせた小早川が口を開く。
「えぇと、魔術大学院って……最近できた、あの?」
「そうですね。元々は別の大学に居ましたがそちらの研究の方が楽しそうだったので。」
「ふわぁ……頭いいんですね。」
「……晴美、感心してるところ悪いんだけど……王国の使者として来てるのよ? 用件に入りなさい。」
「あっ、そうですね……」
シルフィードに窘められて小早川は真面目な顔をして坂上に言った。
「坂上さん。王国の為に力を貸してくれませんか?」
「お断りします。」
「……そう来ると思いました。が! 王国は今大変な状況なんです。坂上さんはこの場所に来て力を得ましたよね?」
「いえ。特には。」
「その力を皆の……え? も、貰ってないんですか!?」
「はい。特には。」
想定外のようで小早川はシルフィードと協議して再び坂上に向き合う。
「ここは地球より重力がないので力が出るなどあると思うのですが……」
「そうなんですか? 周りに物がある状態ですと基本的に力をセーブしていましたので、このくらいの力だと出そうと思えば出せましたからあまり実感が……」
「そ、それほどの力があるのでしたらどうか王国にいる皆さんの為に力を……」
「無理ですね。一方のみの言葉を鵜呑みにして行動するということを僕はしたくないので。国自体が間違えている、もしくは情報を隠蔽していることが考えられますから。」
「晴美、これは感情論じゃ動かないわ。こういう時はメリットで釣るものよ。」
シルフィードの言葉に小早川は坂上を観察し、そしてその隣で控えている少女を見て手を打った。
「そうです。一先ず王国に来てみませんか? 坂上さん、恐らくあなたはそこの女の子と会話できませんよね?」
「会話はできませんが行く気はないです。」
「王国に来れば会話が出来るように翻訳機が貰えますよ! 私は今坂上さんと話してますが、そこの女の子とも会話が出来ているんです。凄くないですか!?」
坂上が少女の方を見ると彼女は首を縦に振った。しかし、その後に続けて告げる。それを見て坂上は小早川に尋ねた。
「何て言ってるんですか?」
「……えぇと…………坂上さんと、お話したいな。王国に行ってほしいって……」
少女は激しく首を振った。それを見て坂上は嘆息する。
「言ってないみたいですが?」
「あはは……」
「気を遣わなくて結構です。当然ながら彼女が僕と話したいなんて思ってないでしょうしね。」
自分で言っていて坂上は何故か微妙に不快感を覚えた気がしたが次の言葉を探している間にそれはいなくなってしまう。
「……そうです。この子は迷子なんですが……王国という場所に引き取ってもらうことは可能でしょうか? 僕と一緒にいることは精神衛生上あまりよろしいとは思えないですし……」
「その子を、引き取る……ですか……いや、それはちょっと……」
小早川はどう見ても懐く以上に少女が坂上のことを好いていることは見てとれていた。流石にそれを裂くようなマネはしたくないらしく首を振る。
「ダメです。坂上さんは勉強はできるみたいですが、人の気持ちをもっと知ることが出来るように努力するべきですよ?」
「………………そう……ですね。」
妙に歯切れの悪い返事に場は静まり返る。しばしの静寂の後、帰還の札という上質な紙で作られた札を渡して気が変わったらこれを使って私を呼んでくださいと告げて小早川とシルフィードは去って行った。




