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真実汚染 — 陰謀論が現実になった世界で —  作者: 逆位相
第三章 「観測の矛盾」

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第二話 「改竄」

 世界が静かに壊れている。


 そんな感覚が、最近ずっと透の頭から離れなかった。


 大学の図書館。


 昼下がり。


 周囲では学生たちがレポート作成や試験勉強に追われている。


 キーボード音。


 紙をめくる音。


 小さな咳払い。


 全部いつも通りだ。


 なのに。


 透だけが、世界へ妙なノイズを感じていた。


「……」


 透は参考文献コーナーをぼんやり眺める。


 視線が止まったのは、戦史関連の棚だった。


 第二次世界大戦。


 太平洋戦争。


 外交史。


 最近、自分でも気づかないうちにその辺りを調べることが増えていた。


 理由は単純だ。


 “真実”が知りたかった。


 学校で教えられる歴史。


 ネットの陰謀論。


 どっちが正しいのか。


 あるいは、どっちも間違っているのか。


 透は一冊の本を手に取る。


『戦後外交と情報統制』


 ページを開いた瞬間。


 視界が揺れた。


「っ――」


 脳の奥が熱くなる。


 会議室。


 英語。


 煙草の煙。


 翻訳文書。


 笑う男たち。


 署名。


 修正文。


 そして。


 “記録を書き換える”という言葉。


「……っ」


 透は反射的に本を閉じた。


 呼吸が浅い。


 最近、能力の発動条件が曖昧になっている。


 以前は“意識して知ろうとした時”だけだった。


 だが今は違う。


 関連情報へ触れただけで流れ込んでくる。


 しかも。


 最近は“事実”だけじゃない。


 そこへ紐づいた認識や感情まで混ざり始めている。


「……最悪だろ」


 透は小さく呟く。


 その時だった。


「真壁?」


 後ろから声をかけられる。


 透は肩を震わせた。


「あ……どうも」


 ゼミの女子学生だった。


 名前は確か、小野寺。


 数回しか話したことがない。


「珍しいね。図書館とか来るんだ」


「まぁ……暇なんで」


 透は曖昧に返す。


 小野寺は手に持っていた本へ視線を向けた。


「戦争史?」


「……別に、なんとなくです」


「へぇ」


 少し興味深そうな顔。


 透はその視線が苦手だった。


 人に踏み込まれる感覚。


 理解されそうになる感じ。


 落ち着かない。


「真壁くんって、たまに変なとこ詳しいよね」


「そうですか」


「陰謀論とか好きそう」


「好きじゃないです」


 即答だった。


 だが。


 小野寺は少し笑う。


「でも最近多いよね、そういうの」


「……まぁ」


「“記録が変わった”とか」


 透の指先が止まる。


「……何ですかそれ」


「SNSで見ただけだけど」


 小野寺はスマホを見せてきた。


《前と歴史違わない?》


《消えた記事覚えてる奴いる?》


《世界線変わった?》


《昔は能力者事件もっと少なかったよな?》


「みんな疲れてるんじゃないですか」


 透は素っ気なく返す。


 だが。


 小野寺はすぐに頷かなかった。


「……でもさ」


「?」


「“気のせい”にしては、変なんだよね」


 透は無意識に目を細める。


「変?」


「うまく言えないけど……辻褄だけ合わせられてる感じ」


「……」


 透の背筋へ冷たいものが走った。


 辻褄。


 その言葉は、今の世界そのものみたいだった。


「前は違和感あったのに、あとから“最初からそうだった”って感覚になるっていうか」


 小野寺は少し考え込むように続ける。


「記憶を間違えたっていうより、“納得させられてる”感じ?」


 透は答えられなかった。


 その感覚を、自分は知っている。


 嫌というほど。


「……気のせいですよ」


 透は目を逸らす。


 それ以上、この話を続けたくなかった。


 もし。


 他人まで同じ異常を感じ始めているなら。


 それはもう、自分だけの問題じゃない。


 だが。


 小野寺はまだ透を見ていた。


 探るみたいに。


 嘘を見抜こうとするみたいに。


 その視線が、妙に落ち着かなかった。


 ーーー


 帰宅後。


 透はPCへ向かっていた。


 検索履歴。


 ニュースサイト。


 アーカイブ。


 確認したいことがある。


 昨日まで存在しなかった記事。


 増えた記録。


 変わった証言。


 それらを追っているうちに、透はある違和感へ気づいた。


「……ん?」


 去年のニュース記事。


【能力発現初期の混乱】


 その中の一文。


『当時、一部では認識障害のような症状も報告されていた』


「……は?」


 透は眉をひそめる。


 こんな記述、前からあったか?


 いや。


 絶対になかった。


 なのに。


 今は自然に存在している。


 しかも複数の記事に。


 透は次々とページを開く。


 論壇記事。


 匿名掲示板。


 まとめサイト。


 どこにも、少しずつ同じ内容が混ざっていた。


『記憶違いの報告』


『現実感の喪失』


『認識異常』


 小さく。


 目立たない程度に。


 まるで。


 世界が後から“整合性”を取り始めているみたいに。


「なんだよこれ……」


 透は乾いた声を漏らす。


 その瞬間だった。


 視界が揺れる。


「っ――!」


 映像。


 大量のモニター。


 ニュース番組。


 SNS。


 掲示板。


 動画配信。


 無数の文字列。


 無数の視線。


 そして。


 その中心。


 “観測者”。


「……っ、は……」


 透は頭を押さえる。


 映像の中で、人々が同じ言葉を呟いていた。


『前からそうだった』


『昔から存在した』


『最初から知っていた』


 その声が重なる。


 増殖する。


 頭の奥で反響する。


 まるで世界中の認識が、一つの方向へ揃えられていくみたいだった。


「やめろ……」


 透は机へ突っ伏した。


 息苦しい。


 気持ち悪い。


 だが。


 最悪なのは、その映像へ“納得してしまう自分”がいることだった。


 観測された情報が真実になる。


 もしそうなら。


 世界はもう、“事実”ではなく、


 “認識”で動き始めている。


 そして。


 人間は、簡単にそれへ順応してしまう。


 違和感すら、時間と共に消えていく。


「……ふざけんなよ」


 透は掠れた声で呟く。


 自分の記憶も。


 感情も。


 現実認識も。


 少しずつ侵食されている気がした。


 その時。


 スマホが震えた。


【速報】


『人気動画配信者クロウ、「観測者」特集を今夜配信予定』


「……は?」


 透は顔を上げる。


 画面には黒マスクの男。


 登録者数は急激に増えていた。


 そして配信タイトル。


【“観測者”は本当に存在するのか】


 透の背筋へ、冷たいものが走った。


 まるで。


 世界そのものが、“観測者”を探し始めているみたいだった。

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