冷蔵庫に入ったギネス(1)
王国暦802年 乾の82(風)
「セイト、ちょっといい?」
博士だ。
もはや他家を訪問したときの口上ではない。
同居人の私室のドア越しに声を掛けるといったふうの気軽さだ。
「あなた、氷室作れるわよね?」
全幅の信頼を頂いているようで何よりだ。
「出来ますよ、たぶん。一度作ってみたいと思っていたのですよ」
「じゃあこれから営業活動に行かないかしら? どうせならあれに乗せて下さる?」
『鉄馬』は四輪のスクーターと言ったような乗り物で、これは図らずもスタインバーグ氏が命名者となった品名だ。
跨がって運転する四輪車両となるとバギーという分類になるのかもしれないが、ああいったオフロード要素は全くない。後部が少し長くなっており、荷を載せるキャリアかまたは後部座席を取り付けることが出来る。
モロロロロロ……と鍛冶魔道具工房街から東側に向かってを走らせる。
このあたりは旧倉庫街と呼ばれる区域で、プルネイド川の新河川港整備工事が終了した後は物流拠点としては不便な立地となってしまった、半ば廃倉庫街とも言える場所だ。
王都内には水洗トイレも下水管も普及しているが下水処理設備が未整備で、聖教会修士達による申し訳程度の浄化魔法処理を経た後にこの川に垂れ流されている。
そのため河川の近くは独特の臭いがするのではあるが、慣れればどうということはない。
ちなみに飲用水は水魔道具を使用し、トイレや洗濯には都市内に引き込まれている中水道を使用する。
これはプルネイド上流側から沈殿溜池に引き込まれ、浄化解毒魔法処理を経た後に分配されている。
ドクターが一棟の倉庫の通用扉をノックする。
すると、いつぞやの見覚えのある虎人が顔を出す。
「あっえーと、『小芝居の人』じゃないですか」
確か酒の名前だったな、カリラじゃなくて……
「変なあだ名をつけるな! ギネスだ。今後仕事が恥ずかしくなるだろうが」
彼はこの空き倉庫を安く借り上げ、住み込んでいるらしい。
加護で転送する先は自宅に限定されているのだから、広い収容スペースを利用しようとするなら、倉庫に住むしかない。
ここを借りて数日の間は、前から住んでいたフラットの部屋のほうに転送されてしまうこともあったとか。
「伝書鳩みたいなものかしらね」
伝書鳩は帰巣本能を利用した通信手段だが、その鳩がそこを巣だと認識するまでは飼っておかねばならない。
居ついていないうちに放鳩すれば、当たり前だが以前のほうの巣に帰巣してしまう。
「ああ、その辺に積んであるのは共和国産の小麦だ。最初はその10倍くらいあったからな、結構儲けさせてもらったぜ?」
確かに個人で貿易商社事業も可能か。
だが長年探索者をやってきた彼にとって、ただ物を買って売るだけの仕事はやはり退屈だったようで、得意の獲物解体と料理の腕も生かせるような仕事を模索しているのだとか。
料理で獲物所有権者を丸めこんでこの倉庫へ肉を転送した後は、夜目と体力に任せて急いで街に帰り、なるべく早く肉を買取りに出す。
なるほど、そこで氷室というわけだ。
肉用冷蔵庫があれば急ぐ必要性も減るし、連続での肉ハントも可能だ。
何より、帰還に時間のかかる魔窟産の希少魔物の都市流通が通年可能になる。
「ここに人員を常駐させるわけには行かないのですか?」
「残念ながら、オレの加護でしまったものは、オレじゃないと持ち出せないんだ」
他人が倉庫から持ち出そうとしても、元の位置に戻ってしまうらしい。
なんとも不思議な加護だ。
そうなると、一度の探索で遭遇した食用魔物の全てを収容できる広さの冷蔵庫が目標となる。
もちろん予算次第で上限も決まるのではあるが、そのあたりはドクターが持つことになっているらしい。
加護とその有用性の検証をする姿勢は、もはや興味を超えた執念といっていいものを感じさせる。
「いずれ彼から何らかの形で回収するから大丈夫よ」
ドクター怖い。
倉庫の周りを確認させてもらう。
大型冷蔵庫となれば当然、室外機を別にする方式だ。
魔石の消費をどこまで抑えられるかが勝負所になるだろう。
方式は空気冷媒式の一択だ。
仮に冷媒ガスが入手できても、ゴン術の適用対象外であるため封入作業もおぼつかない。
冷蔵庫本体は倉庫内の向かって左奥の角に設置することになった。
倉庫の左右は別の建物が建っているが、裏手は利用できる土地が少しだけあるためだ。
室外機設置予定地の先に見える建物は元倉庫のようだが、おそらく馬車馬用であったと思しき厩舎があり、手押しポンプが見える。
「地下水があるのか」
この倉庫には中水道が引かれていないため、水の消耗的利用は諦めていたが、水が出る土壌だというのであれば利用しない手はない。
ドクターに頼んで土魔法で試掘をしてもらう。
「ああ、水が出てるな。でも少しだけだぞ?」
視力には自信があるというギネスには判るらしい。
少しでも出るのと出ないのでは大違いだ。
それだけで魔導紋と魔力消費を一つ分減らせるのだから。
下調べを終えた俺とドクターはモロロロロロ……と帰った。
ドクターを自宅まで送っていったが、その家は豪邸だった。




