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鉄馬登場

 俺はいつものパブ『ジェイコブズ』に入る。


「おお、マイダス殿が来ましたな、ささ、みなさん一つずつずれていただいてよろしいですかな」


 また相当に出来上がっているようだ。

 人呼んで『泥酔マ(Marty the )ーティ(Drunkard)』状態だ。

 先週の聖曜日前の夜もこんな具合で、仕事の調子良さをさんざん自慢されてしまったのだ。


「実はですな、新しいレンガが出来ましてですな!」

「前回聞いたぞ、その話」

「そうでしたか、それは失礼、失礼」

 この男、マーチン・スタインバーグは大量に酒が入るといつにも増して口数が増える。もう止まらないのだ。

 暴れたり騒いだりといった酒乱癖がないのが救いではあるが、割と早い段階から全く記憶を無くしてしまうようだ。


「お前が翌日記憶を無くしてても俺は困らんがな、せめて泥酔マーティは泥酔マーティで記憶を保持しておいてくれ」

「私のほうはそのように気をつけてはいるのですがな、先週の泥酔マーティ殿のほうが記憶の申し送りを怠るので困っておるのですよ!」

 どうやら登場人物が増えたようだ。

「だったら来週の泥酔マーティも今のうちに呼んでおけ」

「それでは酒代がかかって仕方ありませんな!ははは!」

「そいつに払わせればいいだろう?」


 俺は一杯目のラガーを空ける。

 帝国に(テオドブルグ)暮らしていた時代は酒を飲む年齢ではなかったが、帝国の酒が妙に体に合う気もする。


 だが二杯目は王国の酒だ。

 泥炭香で有名な蒸留酒の樽で寝かせた濃厚なスタウト、『セイタンズドウター』だ。

 18度を誇る酒精をちびちびと口の中で楽しむ。

 値段は安くは無いのだが、それ以上に長持ちするのがいい。


「ではこの話はどうです、今週の出来事なので初耳のはず」

 どうやらその新レンガが王立魔道研究所の耐火実験室に採用され、大量発注が舞い込んできたらしい。

 王立魔道研究所といえば国内技術開発の総本山だ。

 あるいは世界一の技術最前線と言ってもいい。


「凄いじゃないか。リジーに口でも利いて貰ったか?」

「いやいや、正面から営業をかけた成果ですぞ。これは実に誇らしい!」

 女史(リジー)と俺は金庫の合鍵作成の仕事で、再度マーティ宅を訪れている。


「だが凄いのはその鍛冶魔道具師殿とやらじゃないのか?」

「なぜその秘密をご存知なのですかな!?」

「お前は酒が入ると隠し事が出来ないという秘密も存じ上げているがね」

「なんと! 妻にも内緒の極秘情報まで知られておるとは」

「安心しろ。極秘情報を得ているのは王都の酒場に出入りする人間だけだ」


 なんでもレンガ原料の成分を選り分ける術を持った男が通ってくるようになったと、先週4回ほど聞かされたのだ。



 モロロロロロ……とでも表せば良いのか、とにかく余所では絶対に聴くことのない音をさせて、それは私達のレンガ工場にやって来る。

 セイト殿だ。


 それは四輪の鉄馬と(アイアンホース)でも呼ぶべき珍妙な乗り物だ。

 人が一人だけ跨ることができ、その後方には荷台が装備されている。


 同じような原理で、もっと大量のレンガや土を運ぶような物が出来ないかを試みに相談してみたことがあるが、どうやら難しいらしい。

 なんでも動力の心臓部に純金を使用しているらしく、多頭立ての馬車に相当する動力を効率よく得るには一財産以上に相当する材料費がかかるらしい。

 鉛でも代用可能だが、その場合は馬車馬の維持費と大差ないくらいの魔石代がかかるだろうとのこと。

 『草と水だけで働いてくれる馬に勝つのは難しい』らしいが、確かにその通りだ。


 代わりに荷物運搬用の馬車に、ボールベアリングなるものを装着してくれた。

 驚くほどに車輪の動きが軽くなり、馬車馬の数を減らしても大丈夫なくらいだったのだ。


 だがその鉄馬のほうも、個人の移動用の乗り物としてであれば、十分以上に実用的な新発明品といえるのではないか。

 台車に送風器を付けて微速前進するようなものはあるが、それは子供が広場で遊ぶ玩具といった扱いだ。大人が歩く以上の速度を出せるほどの風量を往来で吹かせるなど迷惑極まりないのだから、こちらは実用品というには程遠い。


 何でも今日は、魔道の師匠なる人物に創ってもらった、新しい魔導紋の実験をさせて欲しいとの事。


 今まで何度か通って、原料の分別を行ってはその一部を報酬として持ち帰っていたのだが、その作業を魔導紋化することができるかもしれないらしい。

 実現できるなら願ってもいないことだ。

 いつ来れるか、いつまで来てくれるかも分からないセイト殿に依存した生産体制など、不安であることこの上ないと考えていたのだから。


 セイト殿は運んできた部材と、工場にストックしてあった分別済みの土砂から手早く部品を作成してゆく。

 何度見ても目を疑う光景だ。

 魔法を超えた神技とでも言うべきかも知れない。

 なにしろ魔力を込めると、その手の中で金属部品が出来上がってゆくのだから。

 瞬く間に作成されたハーフパイプ状の部品を、土砂破砕の設備ラインの延長上に設置する。

 そこに魔導紋を貼り付けて、早速動作させてみるとのこと。


「その構造で魔導紋は磨り減ってしまわないものなのですかな?」

 それは杞憂らしく、

「厳密に言うと、分別対象の物質は魔導紋に触れる直前にはじき、そうでない土属性物質は魔導紋に触れない程度にはじくのですよ」

ということだ。


 細かく破砕され、粉とも言っていい粒子になった土砂が分別の魔導紋の上を通過すると、選別された物質が巻き上げられ、風魔導紋を利用した集塵装置で回収される仕組みのようだ。

 最後まで選別されなかったものを破砕ラインの途中から再度投入する。

 これを何度か繰り返すと金属に関しては選り分けられ、残ったものは硝子の原料となる。

 硝子を選別する魔導紋も出来たらしいのだが、こちらは魔力効率が良くないらしい。


 実験の結果は満点とは言えない評価だそうだ。

「もう少し破砕を徹底できれば、僕が直接術を使って仕上げをする必要がなくなるぐらいまでいけるかもしれないんですが」


 なるほど、違う成分がくっつきあっているほど分別は粗くなる道理だ。

 そういうことであれば破砕ローラーをまずはもう一段追加してみるとしよう。

 それでも足りなければ、農業用に販売されている砂礫分解魔導紋(デコンポジター)を最終段に導入しても良い。

 魔石代など気にならないほどの販売価格をつけても売れるであろう事は確定的なのだから。


 その方針を伝えると、セイト殿は我が事のように喜び、モロロロロロ……と帰られた。


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