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待っていて

なんとか更新出来ました。予約投稿。

今は海、日焼けしましたー。

リヴァイオールの街道は大きな都市間はもちろんの事、村々を繋ぐものでも要所要所に衛兵の詰め所があるため他国に比べて非常に安全な事で有名であった。

これはミトラの前の王が、人はもとより、物資の輸送、兵の派遣など諸々に使えると国家の一大プロジェクトとして街道を整備した事が由来とされている。

当時の失業対策も兼ねたそれは、大成功を収め、その王を賢王と称す程の偉業として今に伝えられている。

そして現在の王国政府と現女王ミトラもそれをしっかりと引き継いだ上で、貸し馬を奨励したり、大型の竜を用いた馬車ならぬ竜車を定期的に運航するなど、街道の利便性をさらに高め、リヴァイオールに更なる発展をもたらしていた。

しかし、そんな安全性では定評のあるリヴァイオール街道も流石に夜間にはその安全性を夜まで維持出来ない。

光の魔法具より、多少は魔物を避けられるものの、盗賊や野盗の類からすれば遠くから相手が何人居るのか確かめられるので人数が少ない旅人にとっては危険性は格段に跳ね上がってしまうのだ。

故に利口な旅人は夜になると、衛兵の詰め所で夜を明かすのが通例となっていた。

なっていたのだが、そんなことはお構いなしと一人で歩く、人影があった。

ボロ布のようなフードを頭から被り、迷い無く歩く様はまるで殉教者の様な異様な空気を纏っていた。


「……で……」


歩くたびに小さな金属がすれ合う音が響く。


「待っていて……」


掠れる様な小さな声を人影は呟いた。

声の音域から素直に考えればそれは女性、それも少女のものだった。

小さな声とは裏腹に言葉に込められた力はとてもとても強いもの。

その込められた力故にここまで来れたと感じさせる程だ。

一定の揺るぎないペースで歩いていた彼女だったが、唐突にその歩みを止めた。


「良く分かったな、あと一歩進んでいれば、楽に死ねたのにな」


街灯の影からゆらりと大柄な影がずるりと現れた。


「人狼……」

「くはは、この見た目なら誰でも分かるかぁ?」


影は頭部から犬耳を生やした人狼の男、既にその姿は二足歩行の狼へと変貌していた。

口の端からだらだらと涎を垂らし、逞しい上半身に力を込め、いつでも少女に襲い掛かれる様な体勢は隙を見せる事出来ないと少女に抱かせるには充分な脅威を感じさせていた。

しかし、何故かその右腕は二の腕から焼けただれ、獣毛がそこだけまばらにしか生えていない。


「ちょっと怪我してしちまってよぉ。栄養が欲しいんだわ」


人狼の男の正体は、リーヴァが潜入した屋敷で狼の統制を執っていたランドだった。

アシュトンとの戦いは、速さで勝るランドが当初は優勢だったが、徐々に辺りが火に包まれると火に強い耐性がある火の竜人アシュトンが次第に戦いの主導権を握っていった。

そしてダメ押しにサラマンダーを右手にぶつけられ上にアシュトンには逃げられてしまったのだ。

しかも、気付けば治安部隊が邸内に入り込み、彼を雇っていた男の悪行が露呈し逃亡を余儀なくされる始末。

怪我を治す為に腰を落ち着けたいところだったが、お尋ね者になっている可能性がある以上、軽々には行動できないず、ここ数日ランドは碌に食事を取っていなかった。

そんな空腹の極みにあるランドにとって、夜中に無防備で歩く少女は御馳走にしか見えていなかった。


「私を食べるつもりってこと?」

「理解が早くて助かるぜええええええ!!」


もう辛抱する理由も意味も無いと言わんばかりに、ランドは涎を撒き散らしながらこれでもかと顎を開き、少女へと飛び掛かる。

両手の爪を両肩に思い切り突き立て、細い首筋に食いちぎる勢いで噛みつかんと、半分理性が飛んだ頭でランドは今まさに訪れる未来に思いを馳せる。

だかそんな身勝手極まりない妄想は儚く消える運命にあった。


「ふざけないでっ!!」

「ガハッ!?」


パァン!と空気がはじける音が聞こえたかと思うと、ランドの左肩から右の太ももにかけて帯状の傷が走り、焼けつくような痛みが脳天まで駆け抜けた。


「ぐああっい、な、なんだ!?」

絶叫をあげてランドは蹲る。

飛んでくる矢すら難なく掴めるランドの動態視力を掻い潜った攻撃。

夜間で昼間に比べ多少は視力が落ちているとはいえ、不可解にも程があった。


「はっ!」

「っ」


風を切る音が響き、ランドは本能でその場を危険だと察知すると、転がる様にその場から飛び退いた。

パァン!

再び、空気が爆ぜる音が響き、ランドが今まで居た場所に線上の切れ込みが刻まれる。

ヒュンヒュンッ!

先とは微妙に違う音に顔を上げたランドはようやく、自身を襲った物の正体に気付いた。


「む、鞭剣っ!?」


音の正体は少女が両手に持つ剣と鞭の両方の特徴を持つ鞭剣と呼ばれる武器が空気を裂く音だった。

特に破裂した様な音は音速を越えた時に鞭が発する特有のものだ。

如何に動体視力が優れた人狼でも見える通りは無い。

思ってもみなかった少女の戦闘力にランドは怯むが、命を奪おうとした相手が怯んだからといって手を緩めるようななまっちょろい精神を少女はしていなかった。

むしろ、その怯んだ隙を突いて一気に勝負を終わらせる腹積もりだった。


「……逆巻け」


囁く様に言葉を何事かを呟くと、彼女を意思をくみ取り、周囲の水分が結実し右手の鞭剣に纏わりつく。

しかも、水塊は鞭剣を中心にぐるぐると回転を始め出し、まるで水を巻き上げた竜巻の様な形状になっていく。


「は、はは、おいおいっ洒落になってねぇぞ!」


溢れる魔力と豪快かつ緻密な精霊制御にランドは乾いた笑いを漏らす。

ここに来て、ランドはようやく気付く、少女は無防備に夜の街道を歩いていたのではなく、たった一人でも襲ってくる外敵を撃退できる力を持っているからこそ、この時間帯にも関わらず街道をひた歩いていたことに。


「るわぁあ!?」


風切り音が再び響き、ランドの右足に死角から少女の左手の鞭剣が襲い掛かる。

豪快な技を見せておいて死角から隙を突く。

右足を手酷くやられたランドは無様に地面に転がる。


「うおぉぉおおおおっ!?」


痛みに任せ足を抱えてしまいたい衝動にランドは駆られるが、そんな暇を少女は与えようとはしない。

鞭剣を高々と頭上に掲げ、水の精霊を今まで以上に活性化させる。

ランドはその溢れる魔力に思わず顔をあげ、その頬をこれでもかと引き攣らせた。

反射的にランドは大地を蹴って、その場から無様に転がる。

しかし、その程度で圧倒的な魔力を内包した少女の攻撃から完全にその身を守る事は出来なかった。

鞭剣は地面に当たった瞬間、その水流の回転で豪快に土砂を吹き飛ばす。

大量の砂礫が余波となり四方に吹き飛び、ランドの体に襲い掛かる。

余波とは言え、元が凄まじい威力を秘めた攻撃によって飛ばされた石は、ランドの体に次々と突き刺さる。


「ぐはああっ!?」


攻守は完全に逆転していた襲った者が狩られ、襲われた者が狩る。

狼が襲ったのは脆弱な草食獣でなく、強大な力を秘めた獅子だったのだ。

最早、満身創痍、体は僅かに痙攣するだけでロクに動いてくれない。


「終わりよ!」

「た、助け…………あ」


今までは聞く手側だった命乞いの言葉を逆にランドは口にする。

命の危機に瀕し、意識のほとんど失って彼はようやく自身が牙にかけた被害者の心境に達していた。

そしてその命乞いの結果は皮肉にも、今までランドが行ってきたものと同じだった。

自身に迫る土砂を内包した水の壁を見て、呆けることしか出来ない。

あっという間にランドは濁流に飲み込まれた。







「……って用件はそれだけですか」

「うん」


昨晩、せっかく任務が終わったというのに再びリーヴァは女王に呼び出されていた。

いつもは呼び出されても、文句は言わないのだが、流石に散らかった部屋を片付て休めなかった身には少々堪える。

それに、せっかくケティルが遅れてしまった三日間の勉強を教えようと張り切ってくれたというのに、早々に傍を離れる事になってしまって申し訳ないとリーヴァは感じていた。

しかも、重要な案件ならともかく、人狼の男が重体で転がっているところを捕縛したという報告だけ。

報告だけなら、ミトラの髪で編まれたあの特殊法具のマントの通信機能で出来るというのにだ。


『至急来られたし』


などとマントで知らせるくらいなら、男が捕まったと知らせたくれた方が手間が大幅に省ける。

主にリーヴァの手間が。


「なにか言いたいことでもあるのかしら?」

「いや……はっ!」


相手は女王、文句を有るからといって気軽にほいほいといえる相手では無い。

一瞬、文句を吐露しようと思うも何とか堪える。

堪えて……そして、ある意味主人バカのリーヴァの脳がある結論を叩きだした。


「まさか、お嬢の事でっ」

「それはないわ」

「……そうですか」


自身の出した結論をバッサリと切られ、安堵すると同時に微妙に凹む。


「貴方……相変わらずケティル中心の思考回路してるわね」

「いや、五年前のあれもあります。考えない方がよっぽどおめでたい脳味噌してますよ」


半ば以上呆れているミトラに、リーヴァはリーヴァで心配する理由をふて腐れ気味に口にする。


「それも……そうね。まぁ今のケティルなら大抵の事は何とかできると思うけどね」

「それは分かっていますけど、心配なもんは心配ですよ」

「リーヴァがそれでいいならいいけど過保護なのも考え物よ?」

「……余計なお世話です。というかもう帰りますよ」


無駄に質の良い椅子をズラし、リーヴァは立ち上がると女王に退室を意思を見せる。

彼には明日も学校があるのだ。

遅れた分を取り返そうとした矢先に、わざわざ来なくても良いような話をされては堪らない。


「あっ!ちょっと待ちなさい!」


さっさと帰ろうとするリーヴァに、珍しくミトラが慌てたような声をあげる。

その様子からミトラが何かを企んでいると、リーヴァは見抜く。

任務なら任務とさっさと告げるだろう。

そうしないのは、私的かつ面倒極まる類のものだと推察できた。


「なんですか?もう用は無いんですよね」


軽く動揺しているうちに帰るべきだと判断し、椅子をもとに戻しつつそう答えておく。

部屋を出てしまえばこちらのものだと、その動きに淀みは無い。


「私はね」

「私は?」


ミトラが来いといった癖に、その本人が用が無いとはこれ如何に?

頭に湧いた疑問でつい歩みリーヴァが止めると、背中に体勢をやや崩す程度の衝撃が走る。


「うぉっ?」

「リーヴァさん帰っちゃうの?」

「……クルル?」


リーヴァが若干視線を下に移すと、金色の髪が視界に入り込む。

この部屋は基本的にリーヴァが招かれている時はミトラしかいない、もし例外があるとすれば三日前の夜にここに彼が連れてきた少女クルルしかいない。


「クルルが貴方を呼んで欲しいっていうから呼んだのよ」

「それならそうと言って下さいよ。なんか俺が悪者みたいになってますよ」


リーヴァが自分に会わずに帰ってしまうと思ったのか、クルルは両目をうるうると潤ませている。

子供……しかもアクア・ドラゴンの子供には昔の出来事から弱い彼に、その行為はかなりのダメージを与える結果となっていた。

ミトラはそんな彼を見て、悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべていた。

意地が悪い事にこの女、リーヴァが来る時間を見越してクルルを部屋から遠ざけていたのだ。


(性格悪っとか言いたいけどこれもクルルの為なんだろうな。……俺がこれを読むと見越した上での悪戯か……俺に関していえば性格悪いと言えるな)


家族を失うというトラウマ級の出来事があったのだ。

下手をすれば感情が失ってしまうかもしれない程のものだろう。

そんな彼女が最も感情を表すのがリーヴァである。

ならばリーヴァを使って彼女の感情を揺さぶろうとミトラは考えていたのだ。

もちろんリーヴァの迷惑なぞ一切考えていない。


「そういえば、クルルはどうするんですか?お嬢がオーシャン家で預っていいと言っていましたよ。あそこならナスタ姉がいますし、当主が屋敷に居る限り手を出すバカは居ませんよ?」

「ああ、しばらくはうちで預かるわ」

「そうなんですか……ってええええっ!?」


思っても見なかったミトラの言葉に、珍しくリーヴァは大声を上げてしまう。

こんなんでもミトラは女王。

そんな彼女が、いきなり何処の誰とも知れない少女を預かるなどと言ったらどうなるか。

数日程度ならお付の侍女が何とかしてくれるだろうが、ミトラは決して暇人では無い、軽い中身でも能力は優秀な為、政務で数日王宮を開ける事もある以上、王宮警護の者達にもクルルの事を伝える必要がある。

それなりに面倒な事になってもおかしくはない。


「ラングに怒られたわよ」

「げ、もうあの人に知られたんですか……弱みを見せると不味いんじゃないんですか?」

ラングバルト・ローレンツ。

最精鋭の兵で構成された王宮守護部隊の隊長を務めるフルメル・ドラゴンの男だ。

かつて、クーデターを起こして粛清されたローレンツ家の唯一の生き残りで百五十年以上も軍部に所属するリヴァイオールの傑物と称される強者。

噂では女王に恨みを持ち、復讐の機会を狙っていると言われる危険な男だ。

リーヴァは常々彼を警戒しているのだが、ミトラが自身はあまり気にしていない。


「大丈夫よ~まぁ一年くらい預ったら、アカメディアに入学させるからその時はお願いね」

「少しくらい危機感を持って下さい」


リーヴァの密偵でも、確実にミトラを害そうとしているという証拠は得られていないが、逆に言えば彼が関わっている可能性がある事件は幾つかあるのだ。

この件が面倒なことの引き金にならないことをリーヴァは祈るのであった。

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