頼んだぞ
数日振りにリーヴァが教室に姿を見せても、特にクラスメート達の反応は無い。
というかケティルの演技する気が無い代返にも気づかない始末。
普段は凹むはずのそれも、今だけはありがたいとリーヴァは心中で苦笑していた。
なぜなら……。
「授業中に指されることはほぼ無いし、教室の真ん前で内職しててもバレないぜグフフ」
「心の中を読むなお嬢、後グフフやめろ」
相変わらず仲の良い主従だった。
「あ、あのオールス君?」
「……」
ケティルから視線を外し、淡々と再びノートの写し作業に入るリーヴァ。
小さく声がかけられるが気付いた様子は無い。
基本的に人に気付かれにくいせいかリーヴァは一度集中すると、周りが見えなくなる傾向が強い。
人に気付かれないがゆえにいつの間にか体に染み込んだ悲しき習性だ。
完全にケティルのノートと自分のノートしか今のリーヴァには視界には入っていない。
そんなリーヴァの習性を知らないカナデは無視されたと誤解するのは仕方なきことではあった。
「……」
「……」
そのままだったら誤解は解けず、面倒な事になっていたであろうが、幸いにもここには彼の性格を把握しきっている主ケティルがいる。
「ちょっとリーヴァ」
「どうしたお嬢?」
カナデの声には一切の反応を見せなかったくせに、ケティルの言葉には瞬時に反応する主馬鹿。
あまりと言えばあまりに現金な反応ではあった。
「カナデが呼んでるわよ」
「カナデ?……ああ、何か用かっへぶぅ!?」
ぶっきらぼう極まる返事した瞬間、リーヴァの脳天に衝撃が走る。
リーヴァの脳天に拳を振るったのは、主たるケティル。
「お、お嬢?」
「前から言ってるでしょ、影の薄さはどうしようもないけど、せめて無愛想は治しなさいって」
頭を押さえるリーヴァにケティルは説教をかます。
その内容は結構辛辣だ。
「大体リーヴァは……あ、ごめんねカナデ。リーヴァは一度集中するとそれしか目に入らないのよ」
止まらないように思えた説教は、ケティルがカナデに気付いたことで早々に切り上げられた。
その頬は赤く染まっており、それを誤魔化すためにケティルはリーヴァが返事をしなかった理由を話す。
「そうだったんだ。そうか授業休んでたんだもんね。邪魔してごめんなさい」
「別に……」
「別に気にしなくていいわよ。それでリーヴァに用があるんじゃないの」
「……お嬢が言うなよ。別にいいけど」
リーヴァの小さな呟きは案の定、誰の耳にも入らず消えていった。
久しぶりのリーヴァの登校をほとんどのクラスメートは気付いていない中、ただ一人だけそれに気付く例外があった。
それはこのクラスで二人しかいない人、カナデ・アステルだった。
種族的にそこまで精霊知覚に依存しない人だからこそ、彼を認識出来ているのだ。
とは言え、彼に一切の干渉を出来ない精霊はともかく、亜人もリーヴァがそこに居ると思えれば彼を見つけられるのだが、人でも難しいそれを亜人がおいそれとやるのはかなり難度が高い。
カナデも自分以外の人が彼しか居ないから、認識出来たに過ぎない。
これが彼女の母国、人が人口の七割を占めるルー王国での出来事だったならこうはいかなかっただろう。
リーヴァしか話せそうな人がいなく、同じ種族のリーヴァにカナデが注目していたからこそ生まれた奇跡のようなものだ。
そんな奇跡なのか、幸なのか、はたまた不幸なのかリーヴァしか頼るしかないカナデ・アステルは、温室へと思いを馳せていた。
運動は得意ではないが、精霊制御と知識は他国への留学を許される程のもの。
その中でも薬草学は得意分野の一つだ。
卓越した技能を有するリーヴァがどのような薬草類を作ろうとしているのか非常に興味があった。
彼女の持つ知識が役に立てればと意気込むカナデだった。
まさか彼がただ単に花に話しかける程のガーデニングが好きな人とは露ほども思っていなかった。
「オールス君っ……あれ、もういない」
授業が終わり、今日の部活に思い馳せていると、いつの間にか件の人物リーヴァの姿はもう席に無かった。
「……」
職員室で音も無く温室のカギを借りたリーヴァは温室へと足を踏み入れていた。
まるで空気の様な精錬された動きで温室内を移動し、途中で両手の手袋をゆっくりと外し、こきこきと指を鳴らす。
その表情は普段のリーヴァには珍しく、喜悦の感情が浮かんでいた。
温室内はリーヴァが掃除したときよりも、若干手入れされているのはカナデが拙いなりに掃除したおかげだったが、それに気付く余裕も今の彼には無かった。
ずんずんと温室内を進んでいき、リーヴァは目的地に辿り着く。
雑草が毟られたリーヴァが体裁を整えた花壇の一角が彼の目的地。
「……ふふふ」
彼がいない間にちらほら雑草が生えてしまっていたが、今の彼にそれを許容する心の広さがある。
右ズボンのポケットからミトラから受け取った今回の報酬を取り出した。
その右手には向日葵の種に似た透明な石が乗せられている。
これぞ、リヴァイオールの秘中の技術の一つ。
養土の種。
地面に触れた瞬間に、数多の微小な魔力の糸を地中に張り巡らしてどんな硬い地面も農地に適した硬さに変えてしまうというまさに魔法の種と呼ぶにふさわしい一品だ。
しかも土地を柔らかく変えた微小な魔力の糸その後もしばらく残り、地中の水分の保持する役割も持っている。
リヴァイオール王国がそれほど肥沃でもないにも関わらず、隣国の肥沃な土地を豊富に有するルー王国を上回る程の食料自給率を誇るのはこの為だ。
しかもこの養土の種は様々なバリエーションがあり、水分を保持するのとは逆に水はけをよくしたり、それこそ地面を粘土質に変えたり出来る等、その土地土地に合わせた改良が用意できる。
その使用は他国への漏洩防止のために完全なる申請制で、国の至る所に養土使用申請許可局受付窓口があるほどだ。
意外かも知れないが、実はこの許可申請自体はリヴァイオールの国民であればほぼ百パーセント通る。
それこそ農家の畑から、お家の花壇に至るまで申請してから三十分もかからない。
これは、せっかくリヴァイオールを豊かにするために作ったのに使用制限が厳しければ、意味が無いからとミトラが色々な誓約を付けて認めさせた。
しかし、そうなればこの技術が他国に流出してしまう恐れがある。
……そう簡単に模倣出来るものではないが、警戒しておいて損は無い。
その為に、許可が下りた際は、局員がその土地に訪れて養土の種を蒔く方式をとっていた。
他の国なら非常に手間がかかるだろうが、そこは街道の整備が行き届いているリヴァイオール、然程問題では無い。
そんな貴重かつ国にとって大事なモノをあっさりと報酬として貰えるほどにリーヴァは信頼されていた。
「頼んだぞ」
養土の種が数粒リーヴァの手から離れ、見る見るうちに地面が空気を吸ってもこもこと僅かに隆起する。
その様子に頬を僅かに綻ばせ、しゃがみこみ、土を素手で掬う。
さきまで、しばらく放って置かれ荒れ果て硬くなった花壇の土は、数秒前までの様子を一切感じさせない柔らかな植物の揺り籠へとその姿を変えていた。
「さて何を育てるかな」
「―――――オールス君居る?」
オーシャン家から幾つか持って来た種の他に女王から報酬で貰った希少な種を次々脳内に過らせながらリーヴァが地面を半ば自動的に弄っていると、リーヴァ以外の唯一の部員――――カナデが姿を現した。
「カナデ?」
「……?あ、居た居た」
室内に入った時はリーヴァが何処いるか分からないようだったが、声をかけられようやくリーヴァの位置が分かり、カナデはリーヴァに歩み寄る。
「足早いね。目を離した隙に居なくなってるんだもん」
「……ちょっとやりたいことがあってな。早めに来てしまった」
「そうなんだ……えっ!?なにしてたの?オールス君」
養土の種はリヴァイオールでは国外持ち出し禁止の割に広く認知されているが、それはあくまで局員が使う事が前提だし、なによりも個人での所有は固く禁止されている。
養土の種を国外で知る人物はそうはいない。
「すごいあんなに硬かった地面がこんなに柔らかい……うわぁ地中の魔力も増えてる」
故にカナデはリーヴァがなんらかの精霊魔法を行使したと勘違いした。
「養土……じゃなくて……ちょっとな、こんな感じで」
思わず国家機密をぶちまけそうになり、慌てて誤魔化すリーヴァ。
自身の魔力を糸状に構成し物質化させひらひらとカナデに見せる。
「んんっ!」
「うおっ!?」
「ちょっと触っても良い?」
「あ、ああ」
興味津々とばかりにカナデはリーヴァにぶつからんばかりの勢いで体を寄せる。
そのあまりの剣幕に、様々な修羅場を潜り抜けてきつつも、人付き合いが苦手がリーヴァは無茶苦茶ビビる。
幸いにもカナデはリーヴァの作った糸に夢中でそんなことに気付くことはなかった。
カナデはリーヴァの手から糸を毟り取る様に奪うと、魔力解析を始める。
女王とナスターシャ、二人のルナ・ドラゴンから魔力制御技術は徹底的に叩き込まれていた。
魔力を練っても精霊に一切干渉されないが故に彼の意識は精霊に阻害されずほぼイメージ通りに制御できる。
無色の魔力で編まれたそれは、他国に留学を許される程の優等生たるカナデをして非の打ちどころのない完璧なものだった。
「これ、精霊が全然組み込まれてない……どうやったの?」
ギラリとカナデの瞳の光る。
その怪しさすら孕んだそれは彼女は当初リーヴァが彼女に抱いていた大人しくて知的なイメージをぶっ飛ばして余りあるモノだった。
「いや、普通にこんな感じで……」
次はナイフを刹那の内に物質化して見せる。
「うわっ早っ……」
リーヴァの鮮やかな手際にカナデが感嘆の声を漏らした瞬間、前触れも無い爆発が二人を包みこんだ。




