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裏切り者が居るなんて

 


 照れ隠しの罵り合いから続いていた小さな微妙な空気も霧散し、三人は穏やかなティータイムとしゃれ込んでいた。


「……でお嬢が」

「はぁ……お嬢様、下着ぐらいは自分で選んでください」


 いつもはからかわれる側のリーヴァが、ここぞとばかりにケティルが怠けている様子を報告するが、それはとんでもない間違いだった。リーヴァの告げ口に対するケティルの返しはリーヴァの想像の遥か上を行っていたのだ。


「いやぁ……なんかリーヴァに選んでも貰うと、こう……好みが分かる?」

「ぶっ!?むごごごっ!?」


 リーヴァがケティルの下着を選びたくない理由を的確に抉り抜く言葉に、リーヴァは人生最大の吹き出しを披露しかけるが、突然、口元に巻きついてきた白い布により、防がれた。


「汚いですよリーヴァ」

「ごほっごほっ!?」


 上品にミルクティを口に含みながら、上品にナスターシャは執事らしからぬ品の無い事をしようとしたリーヴァを窘めた。いつもならもっと口うるさく言うところなのだが、内容が内容なのでやんわりと口で注意するにとどめた。


「というかお嬢様ももう少し慎みを覚えて下さい」

(むしろリーヴァが不憫です。流石にからかえません)

「えー……ちなみにナスタ姉、リーヴァが選ぶ下着は青い物が多いんだよ?」

「……なんで私に言うんですか?」


 気管に飛び込んできた紅茶に未だに咽ながら、リーヴァは死にたくなる程の羞恥に苛まれていた。幼少の頃から常に慕ってきた少女と、姉の様に思っている女性が自分の好みの下着の話をしているのだ。むしろ部屋を飛び出していないだけ立派と言えた。


「……もうやめてくれ」


 今だけはこの二人の前でも気配を無かったことにしたいと、万感の思いを込めてリーヴァはそう呟いた。






 精神的なダメージによってリーヴァがほぼ死にかけていると、コンコンと軽快にノックの音がケティルの部屋に鳴り響き、落ち着きのある男性の声がそれに続いた。


「ケティル、入っても良いかな?」

「お父様?ええ、構いませんよどうぞ」

「……では失礼するぞ」


 言葉とともに見上げるような巨躯を誇る男性がケティルの部屋へと足を踏み入れた。身長は優に二メートルを越え、がっしりとした肉体は弛みが無く、筋肉にで構成されているのが良く分る。程良く色が落ちた髪と髭はロマンスグレーと呼んで差し支えないだろう。全体的に落ち着いた雰囲気、巨木や巨岩等を思わせる空気を男性は身に纏っていた。

 男性の名はアルバート・オーシャン。ケティルの父であり、リヴァイオールでは非常に珍しい竜人、ティタヌス・ドラゴン。巨竜の名に相応しく竜化すると全竜人でもトップクラスの巨躯を誇る強力な竜人である。ちなみに婿養子。


「おっとティータイム中だったか。お楽しみのところ済まないな」


 竜化しなくても充分すぎる程の体躯を持つ、アルバートだがその性格は非常に穏やかで、優しい性格をしている。というよりお人好し過ぎると言って良い程だ。そのお人好しっぷりは突然娘が連れてきた名も知れぬ薄汚れた子供を育て使用人として家に置くのを躊躇わない位だ。


「この二人で両手の花とは侮れないなリーヴァ?」

「い、いえ。その様な事は……」


 僅かに口元に笑みを浮かべ、アルバートは軽くリーヴァをからかう。気配が皆無に等しいリーヴァをこうも容易く見抜くのは長年一緒に暮らしてきた故に身に着いた技。等では無く、ただ単にティーカップが三つ有り、その中に二つがナスターシャとケティルの目の前に有った事から推察しただけだ。


「紅茶淹れてきます」

「ん、ああ、そこまで気にしなくても」


 このままだと三人に弄られまくると経験から判断したリーヴァはアルバートの言葉を置き去りに風の様にその場を後にした。





 廊下に出て一番最初の角を曲がった後、リーヴァは一つ大きな溜息を吐いた。


(あのまま、話をぶり返されたらたまったもんじゃないからな)


 アルバートが何の話をしていたのかを聞き、それにケティルとナスターシャが答えでもしたら、再びリーヴァの胃に優しくない会話が繰り返されかねない。

 自ら慕う主とその父、そして姉の様な存在が自分の好みの下着の話をする。……精神的に死んでもなんら不思議では無い。

 ……それに。


「偶には娘と父、水入らずで話しても罰は当たらないだろう」


 ケティルとアルバートが父娘なのは当たり前だが、実はナスターシャはケティルの従姉。十二年前に九に活動が活発になった魔人種との戦争のおり、従軍していたナスターシャの両親は帰らぬ人となってしまったのだ。それを不憫と思ったケティルの両親がナスターシャを家に招いたのだ。

 本来なら養女にしたいと二人は願ったのだが、それでは長女が自分になり家督争い等が起こってしまうかもしれない。幼心にそう思ったナスターシャはケティルの専属のメイドになる事を決めて今に至る。

 そんな複雑っぽい関係だが、ケティルの両親がナスターシャを実の娘の様に思っている事に間違いは無い。


「クッキーも焼けばそれなりの時間にはなるかな」


 実は自分も息子の様に思われている事を知らず、リーヴァは一人、そう呟いた。





 キッチンへと辿り着いたリーヴァは、本日、最大の頭痛の襲われていた。


「なんでこんなところに居るんですか?」


 ふらつく頭を左手で押さえ、リーヴァは問い詰める様に、ここに居る筈の無い人物に問うていた。


「あら?別に何処に居ても良いじゃない?ここは私の国なんだし……ねぇクルル?」

「?……リーヴァお兄ちゃん、こんにちは!」

「久しぶりクルル。……じゃなくて何の用事でここに居るのか聞いているんですけど」


 キッチンの中に居たのはリヴァイオールを統べる絶対的権力者であり、絶対的な強者でもある女王ミトラと、リーヴァが誘拐組織から救い出した少女クルルだった。


「いやぁ、なんかオーシャン家の執事さんが、決闘で負けたって聞いてね。会いに来たわけですよ」

「お兄ちゃん怪我して無い?」


 何処かのメイドさんの様な理由で国のトップに来られては堪らないとリーヴァは表情には出さずに心中で肩を落としていた。


「怪我は無い……って、本当の理由をお願いします」

「ありゃあバレた?」

「ええ……この間の任務の件で追加報告ってところですか?」

「その通り。いくつかの拠点をピックアップ出来たから……ね?」

「はぁ……休暇はここまでか」


 リーヴァがクルルを救い出した任務によって得られた情報は、実はその後、リヴァイオールの諜報部によって更なる調査がなされていた。その方法はリーヴァの様な潜入任務ではなく、人海戦術を用いた方法。怪しい場所での聞き込み、誘拐された人物の誘拐された場所。取引先。人に気取られないのが逆に仇となってリーヴァでは出来ない調査がリーヴァが学園生活を送っている間に進められていたのだ。


「休み明けでも構わないのだけど」

「いえ、探りを入れていたのが気付かれていないとは限りませんし、それに……」


 ミトラはリーヴァを慮って休暇明けでも言っているが、それだったら学園にリーヴァが戻ってから言えば良い話だ。それをわざわざこんな所まで来て言うというのは誘拐された被害者達に今のところ危険は無いが、安心も出来ないと言う事だろう。

 だからこそ、リーヴァはすぐにでも任務に取り掛かりたかった。現に今、リーヴァが視線を移した先に居る蒼い髪の少女クルルは、あの時、あの場所でリーヴァが居なかったら、命は無かったであろう。それはリーヴァに看過出来る事では無い。


「いつも悪いわねリーヴァ」

「いえ、まだまだ借りは返せていません。……お嬢も、俺も……まだこんな生活を送れるのは貴女のおかげなんですから」


 主たるケティル、そして自身が大きな恩を返す為、リーヴァは深々と一礼するとその意識を任務へと切り替えた。




 体から重さが一瞬消え、そして僅かな間に再び重さが戻る。

 かつんと石畳とリーヴァの革靴が当たる音が響いた。


「……リヴァオール国内をカバーする転移魔法か。相変わらず出鱈目だな女王は」


 現在、リーヴァはオーシャン家には居ない。ミトラがもう一つの角たる聖杖セイクリッド・ティアで馬鹿みたい魔力を更に増幅して、転移魔法を使って任務の場所に送り込んだ為だ。ミトラはケティルドラゴンとして莫大な魔力をその身に宿している。そして、ミトラの聖角セイクリッド・ティアの特徴は使用者の魔力を爆発的に強化する性質を持っている。リーヴァを遠方にぽいっと飛ばす位、何でも無い。

 さらに言うなら、ミトラがオーシャン家に居たのは自分とクルルを王宮からキッチンに転移して来たからだ。


「あぁナスタ姉マジで怖かった……」


 特に何も考えずに速攻で任務を請け負ったリーヴァだったが、ケティルは事情を知っているから笑って許してくれたが、事情を話すわけにいかない。

 用事が出来た。ちょっと出かける。

 もともと語彙が足りないリーヴァがそう言った瞬間、竜化してもおかしくない魔力を遡らせ睨み付けるナスターシャにリーヴァは思わず切り札を出してしまいそうになったほどだった。


「……せめて余計な時間をかけずに任務を達成するか」


 目を瞑り深く息を吐く。

 目を開きざっと装備に不備が無いか確認する。仕事服であり、自身を象徴する服、執事服。


「あそこが目標の屋敷がある街か」


 そう呟き、一歩を踏み出す。もう何物も彼を補足することは出来ない。




 貿易都市リューベック。

 リヴァイオールでも屈指の規模と経済力を誇り、自由都市とも称され、多くの自治を認められている。そして、そんなリューベックは二十四人の貴族によって治められている。元々リヴァイオールでは絶対的な権力者として健全な政治を行っているミトラが居るからか、国内では汚職と言った事件は少ない。

 少ない。少ないが、ゼロでは決して無い。

 貿易都市リューベック。自由都市を謳うこの都市には便利な生活を求めて移住する者はもちろんとして、一旗揚げたいもの、さらに利益を追求する商人等も多く集まってくる。

 そうなればどんな手段を使ってでも富を得たいと思う者も出て来るだろう。それは何ら不思議では無い。悲しいかな、それが亜人、人と問わず人間と言うモノだ。


「……だが、それにしても許せないもんは許せないな」


 徐々に近づく自由都市の城壁を見上げながら、リーヴァは込み上げる怒りを言葉の端々に滲ませる。

 城壁から街へ通ずる門扉には十二の楯とそれを囲むように十二の翼が描かれたリューベックの紋章が彫られている。市民を守り、自由を守る。そんな意味が込められて尊い紋章。


「そんな二十四議会の中に裏切り者が居るなんて……」


 音も気配も無く。リーヴァは貿易都市リューベックに足を踏み込んだ。



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