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何を笑ってるんですか?



 鈍い爆音が闘技場に幾つも響き渡っていた。水気を孕んだ風が双方のメンバーの頬に吹きつけ、しっとりとその肌を湿らす。闘技場内の室温は俄かに上昇し、不快指数はうなぎ上り中だが、皆はそれを気にしない。そのくらいカナデとキュアンの戦いは目が離せない程に伯仲していった。


「蒸爆っ!蒸爆っ!」

「風の楯よ、……これは水蒸気爆発か!」


 カナデの意思のもとに拳ほどもある水球が無数に飛び交い、キュアンに近づくなり爆発する。水と火の精霊の合わせ技で本来ならリアニの得意な魔法なのだが、全属性が扱えるカナデに使えない通りは無い。リアニよりも威力は劣るが、それでも常人よりは遥かに威力が高い。

 爆発は風を生む。その風が微小なりともキュアンの風の制御を乱していた。

 しかし、それでも僅かな隙で突風の如き風を叩き付けて防戦一方というわけではない。とは言えそれもカナデの土壁によって防がれていたが、それがカナデの魔力を徐々に減らしていた為、あながち無駄な行為というわけではない。


「……くっ」

「どうしたんだい?息が上がって来たんじゃないかい?」

「そっちも怪我が響いてきたんじゃない?」


 互いに息を荒げながら二人は距離を開けて睨み合っていた。キュアンはカナデから受けた魔法のダメージが未だに尾を引き、そしてカナデは先から多数の精霊を同時に制御に傾注していた為、精神的疲労が徐々に溜まっていき、二人とも動きに精彩さが欠けつつあった。

 大魔法を使えば今のキュアンなら仕留められるであろうカナデと、序盤と違い咄嗟の事態に反応できなくなりつつあるカナデに接近戦を挑めば勝てるであろうキュアンは、双方がそれを理解しながらも同じ行動を繰り返していた。


「蒸爆っ!」


 もう何十発目も決定打を与えられない魔法をカナデは使い続ける。このままの状態が続けば間違い無くそう遠くないうちにカナデの魔力は尽きてしまうだろう。しかし、この方法が徐々にとはいえキュアンの体力を奪っているのもまた事実だった。

 そしてキュアンも強引に接近戦を挑まない理由があった。確かにこのままだとキュアンの体力は減る一方である。そしてその引き換えにカナデは魔力を消費している。そこに彼が付け入るが隙がある。


(いずれ大きい魔法を使って勝負を決めようとするはず)





(って顔してるわね。でもお生憎様!)


 走り廻るキュアンをに対し属性の違う精霊を防御と攻撃に使い秒単位で魔力が目減りしながらもカナデは内心で喜色の声をあげていた。


「爆ぜなさいっ!」


 右手を高々と掲げ振り下ろした瞬間、それまでとは比べ物にならない魔力がカナデから迸り、その魔力量に目を剥いたキュアンの背後で大爆発が起こった。

 振り向くことすら与えられないであろうタイミング。それはキュアンからすれば最悪のタイミング、そしてカナデからすれば最高のタイミングであった。


(さっきの火弾、逸らしたのは間違いだったのよ)


 爆発したのはカナデが雨あられと連射しまくっていた火弾の生き残り達。吹き散らされた物達はともかく、カナデは一部の地面にめり込んだ火弾の制御を手放すことなく、遠距離から消えないように制御し続けていたのだ。思考と魔力の一部を常に使う上に、役に立たなければただ魔力を無駄にするだけの行為だったのだが、幸いにも役に立ちカナデは体に込められた力と緊張を解いた。

 そして首を襲った軽い衝撃に身を委ねる様に意識を失った。





「おっと……やっぱり女の子は軽いね」


 気を失ったカナデを慣れた手つきでお姫様抱っこしながらキュアンはにこにこと笑っていた。カナデとの戦いで受けたダメージは重くはない、だが軽くもないが、人一人を抱いているにも関わらずその動きはあまり疲れを感じさせないものだった。

 とてもあの大爆発をまともに受けたとは思えない。そう彼はあの爆発による被害を受けていなかった。カナデはキュアンが地中に隠していた火弾に気付いていないと思っていたが、その実、キュアンはカナデの策を完全に読んでいた。他の属性よりも火は風に探知されやすい。それを補う為にカナデは火弾を地中に隠していたが、それを感知できないキュアンでは無かった。だが、感知してないと思わせればカウンターを放てる。それがキュアンの乾坤一擲の考えだったのだ。むしろ危険を承知でわざと火弾の真上を踏んで気付いていないフリまでしたのだ。


「ふぅ、いやはや久々に面白い戦いだったよ」


 複数の属性を巧みに使って戦うカナデの戦術は特化型に近い九大竜族の戦いとはまるで違いキュアンにとってはかなり心が躍る戦いだったようだ。火傷に擦過傷、打撲と怪我は負ったものの、面白さの対価と思えば安すぎるくらいだった。

 穏やかな笑みを浮かべながら、キュアンはカナデをお姫様抱っこしながらケティル達の方へと歩を進める。自身の怪我とは対照的にほぼカナデに怪我をさせなかった彼は、その行動が示す通りフェミニストである。流石にただの地面に女性を寝かせるのは彼の矜持が許さなかった。


「やぁ、とりあえず怪我はしてないよ。……あれ?えっと男子に渡そうかと思ったんだけど居ないね。む……仕方ないリリオネルさん。どうぞ」

「……」


 そしてそんな彼がケティル陣営唯一の男子たるリーヴァにカナデを渡そうとしたのは当然なのだが、案の定、視界内に入っているにも関わらずリーヴァが気付かれることは無く、女性だがゴーレムで身を包む

リリオにカナデを預けた。







「いやはや、中々手強かったですよ」

「……勝ったから良いけど。……キュアン貴方、本気で戦った?」

「あはは、本気に決まってるじゃないですか?ほら、こんなに怪我までしたんですよ?」

「まぁ良いわ。お疲れ様」


 アストリアはキュアンが本気で戦ってないのを看過していたが、いつもと変わらないキュアンの様子にどうせはぐらかされると、それ以上の追及を止めた。これで負けていたらそれはそれは大変な事になっていただろうが、勝ちは勝ちだ。

 追及の手を納めたアストリアにキュアンは優雅に一礼を返すとガイナンの隣へと歩いていった。


「次はアイラね。頼んだわよ」

「お任せくださいお嬢様。九大竜族フルメン・ドラゴンとして、負けるわけにはいきません」


 メイドカチューシャを揺らし、アイラはアストリアに慇懃に一礼する。パリパリと頭に生えた二本の角から小さな火花が迸り、アイラのやる気を示していた。








「……すごいやる気満々って感じだな」

「そうね。でも負けちゃだめよリーヴァ?執事がメイドに負けるって示しがつかないでしょ?」


 見るからに戦意を漲らせたアイラにリーヴァは微妙に表情を歪めていた。諜報と奇襲、特に奇襲に関しては理不尽とも言える程の性能を有するリーヴァだが、決闘しかも戦闘場所が制限された環境では、大分その戦闘力を落としてしまう。


「いや別に俺はお嬢の専属だし、ってかナスタ姉に散々締められてるんだけど……ま、出来るだけ戦うか」


 負けちゃだめよという主人からの言いつけに珍しくリーヴァは渋る。メイドは基本的に女使用人の雇用体系の一つに過ぎない。メイド長等に成ればまだ別だろうだが、それでも本来なら執事よりも格は下がる。なぜなら執事は主人専属の使用人の事であり、言うならば使用人のまとめ役、管理職である。そして主を護る最後の砦でもある執事は更に高い戦闘力をも要求されるのだ。だからこそ冗談めいて負けるなとケティルは言ったのだ。


「なーに言ってんのよ?私の執事なんだから頑張んなさい」 

「了解。……どっちにしても負けたらナスタ姉と執事長に何をされるか分からないからな」


(とは言え、当主の執事と違って貴族の子弟の専属メイドと専属執事の違いってほぼ性別しか無いんだがなぁ)


 リーヴァの内心通り、当主の娘や息子の専属執事、メイドの違いは性別位しかない。他の使用人のまとめ役をする権限は無い。無論、大事な子供達を守り抜くだけの力を求められるが、やはり執事長と比べると劣ってしまうし、メイドと執事の差も大きくないだろう。


(まぁ主を、お嬢を守る力がそうそう誰かに負けるのは癪だがな)


 自身の力の強弱には根源的に興味は無いリーヴァだが、それがケティルを守る力となるのなら、どこまでも貪欲にその力を求める想いは有った。彼にとってケティルとは何においても替えがたい貴族うんぬんうすら超越した大切な主なのだ。


「じゃあ行ってくる」


 珍しく口元に小さな笑みを浮かべリーヴァが主の期待に応えるべく片手をあげてそう答えた。


「任せたわよリーヴァ」

「が、頑張って」

「男見せなさいよ!」

「……」


 皆の声援を受けてリーヴァが音も無く姿を消す。


「えっ!?見えなくなった」

「相変わらずの穏行ね」




「いや、靴の紐を結び直しいるだけなんだが」

「まぁまぁ……よしよし」


 尊敬と驚きの眼差しをリーヴァが居るだろう方向に向けている二人を余所にリーヴァは戦う前からがっくりと肩を落とし靴紐を結び直しながら士気を下げていた。心なしかその肩はいつものよりも小さい。項垂れるリーヴァの頭をケティルが撫で慰める。これから試合と言う空気では無かった。





「両者前に」


 ライスナーの言葉にアイラは無駄の無い所作で闘技場の中央へと歩みを進めた。気品と優雅さを滲ませながらも決して主張しない、侍従の鏡の様なその動きにリーヴァは内心で舌を巻いていた。戦う前からアイラの歩き方や仕草を注視し少しでも情報を得ようとするリーヴァだったが、その真面目な思考も後の二人の言葉でその集中力を霧散させてしまう。


「ん?……対戦相手はどこでしょう?」

「おーい!そっちの代表者はどうした?」


 もう目の前に居るにも関わらず揺るぎない隠密性能はリーヴァの意思に反して、その存在を二人に感じさせない。悲しくも慣れた事だが、それで何も感じないほどリーヴァの精神は凍りついてはいない。


「……ここに……ゴホッここに居るぞ」

「きゃあ!い、いつ間に……驚かせないで下さい!」

「うおっ!?居るなら居ると言ってくれ。驚くだろう?」


 呟くように言おうとして、それでは気付かれない可能性があることを経験的に判断し、リーヴァはわざとらしく咳き込み、自分の存在を主張する。それが功を成したのか、金髪を肩口に切り揃えた少女メイド、アイラは周囲に気を張っていたにも関わらず、いきなり姿を現したリーヴァに大げさに驚いてしまう。  


「……ふっ」

「何を笑ってるんですか?」


 思わず自身の影の薄っぷりに自嘲気味に苦笑を漏らすリーヴァだったが、そもそも表情がそれほど変わらないリーヴァが口元がやや上がる程度に笑うと、相手を馬鹿にしたようにしか見えない。

 この程度で何を驚いているんだ。所詮はメイドか……ふっ。

 そんな聞こえもしない言葉を勝手に脳内で再生させ、アイラは主の誇りを守る為に戦うという理由の他に心底、リーヴァをぶちのめしたいと言う怒りをふつふつと湧きあがらせる。


「やる気になっているのは良いが、まだ試合開始と言っていないぞ?」

「……分かっています。こっちの準備は出来ています。いつでもどうぞ」


 今にも飛び掛かりそうなアイラに窘める様な言葉をライスナーはかける。その言葉に少しばかりに深めに息を吐き出すとアイラは右半身を前にする半身の構えを取った。その動きを前にリーヴァも魔力で短剣を作り両手に構えた。


「へぇ……」

(精霊を一切介在させずに魔力の物質化……思った以上に精霊の扱いに長けているというわけですか?)


 リーヴァの無駄の無い魔力の物質化にライスナーは感嘆の声を漏らし、アイラは内心でリーヴァの評価を上方に修正する。


「始め!」


 先攻を取ったのはアイラだった。開始の声が掛かるなり、それまで待ちの様だった構えを解き、ただ真っ直ぐに突き進む。敏捷性ではノクス・ドラゴン、ドラゴン・フロンスにやや劣るが、フルメン・ドラゴンの真価は直線での最高スピードとそして、攻撃スピードである。上位のフルメン・ドラゴンは意思ある雷とも称され、何の準備も無く防げるものでは無い。


「一気に決めさせて貰いますっ!」

「っ!」


 開始と同時に動き出したのはリーヴァも同じだった。ただリーヴァは前進するアイラに対し、リーヴァは大きく後方へ飛び退った。


(様子見で後ろに下がろうとしているというところでしょうか?甘いですね!)


 距離はとったものの、リーヴァはアイラの動きに対してロクな反応を見せてはいない。その動きに付いていけていないのは明白だった。同じ使用人と言う身分ということでその実力がどの程度か気になるところだったが、それで足元を掬われるのは面白くは無い。アイラはこのまま勝負を決めるつもりだった。

 リーヴァのバックステップの優に十倍以上のスピードでアイラは疾走する。

 メイド服に包まれたその体が、最初にリーヴァが居た地点にもう少しで到着する。その瞬間、彼女の体は不可視の何かに囚われた。


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