あんたから丸焼きになりたいの!?
「リーヴァ!よしなさい!」
鈴が鳴る様な耳通りの良い声が空気に静かに響いた。
そんな人を制止するには声量が足りなさそうな声は、自分達が呼ばれたわけでもないのに部屋に居た者の行動を律していた。
まるで空気すらも止まる様な感覚に包まれる中、クラスメート達の視線はその声の主、ケティルに視線を向けた。
彼らのケティルへの認識は自分から話しかけてくることはあまりないが穏やかで人当たりの良い真面目な竜人。
しかし、その一方で九大竜族しかも子爵にも関わらず角が生えていない落ちこぼれ、半端者とも思われていた。
ちなみに前者が竜人以外の認識、後者が竜人の認識であり竜人の中でどれだけ角の有る無しが重要なのかが分かるだろう。
だが、今この瞬間においてはクラス中のケティルに対する今までの認識は無くなった。
ほんの僅かな言葉で空間を支配するその様はまるで、年に一回行われる女王の戴冠を祝う、聖冠祭の際のミトラを思い出させる程の威厳を彼女は纏っていた。
「お嬢……何故、止める?」
誰もが一言も喋れない中、何の感情も浮かべない無機物の様な声が冷たく教室に響き渡る。
特にその声の発生源に近かったロウとアデルの驚きは大きかった。
アデルの目の前には拳を突きつけるリーヴァの姿があった。
「なっ……」
「なんだ貴様!?」
誰もが一瞬我を忘れていた中、ロウとアデルは目の前に広がっていたあまりの光景に正気に戻る。
特にロウの反応は劇的だった。
両手の爪を刃物の様に尖らせ、リーヴァに向かって飛び掛かっていった。
牙や、爪、角を剣の様に変化させる。それがノクス・ドラゴンの特徴だ。その硬度は九大竜族中最硬の鱗の強度を誇るドラゴン・テッラにも匹敵するほどで、特にその角はケティル・ドラゴンを除いて最も強固だと言われている。
しかし、鉄を軽々と切り裂き、剣竜とも呼ばれる由縁ともいえるその攻撃はリーヴァに届くことは無かった。
白い花びらのような魔力が辺りに散った。
「何をする?」
友好の色を一欠けらも見せず、そう呟いたのは主を侮辱されてアデルを殴りつけようとしたリーヴァだった。
「それはこちらのセリフだ。何者だ貴様!?」
ロウもリーヴァに負けじと友好というかこちらは殺気を纏ってリーヴァに爪を立てようと力を込め続けていた。
ロウの爪撃を防ぐリーヴァが持つ短剣はマン・ゴーシュ。
基本形は鍔がやたらと長い短剣であり、バリエーションに拳を覆う事が出来るタイプもある。本来は利き手とは反対の手に持つ防御用の短剣なのだが、リーヴァは今回、それを二振り使用していた。
拳までタイプにしたのは、より確実にロウの攻撃を防ぐためだ。その考えは決して間違ってはおらず、マン・ゴーシュはやや欠けており、白い魔力がそこから僅かに綻んでいた。
「執事だ。お前の主が侮辱した方の、な!」
普段のリーヴァでは想像も出来ない大声を張り上げ剣同士であったなら鍔迫り合いに近い状態から右足をしならせ、蹴り上げた。無理な体勢ではあったが、鍔迫り合いを利用し力の向きを逸らし、後ろ向きに倒れ込むようにしてロウの体勢を崩す。
「な?……くおおぉ!」
押し切るつもりで力を込めていたロウに、リーヴァの企みを防ぐ手段は無く。勢いそのままにリーヴァに突っ込んで行ってしまう。やられたとロウは苦々しい表情を浮かべるも、もう後の祭り、槍の突きの様に鋭いリーヴァの蹴りがロウの顎を打ち抜く。
「ぐおおっ!」
だが、これでやられる程ロウも甘くは無かった。完全に回避できないと悟るや、リーヴァの蹴りのタイミングを見定め、顎に爪先が触れた瞬間、頭を同じ速度で上方に逸らした。
「ち、避けたか」
爪先からの感覚に、直撃させられなかったと察するも、リーヴァはマン・ゴーシュを手放し、勢いそのままに一回転し、見事に着地すると今度はナックルガードが付いた短剣を両手に構えた。
即座に攻撃に転じなかったのは、脳を軽く揺らされながらも、片膝をついて両の爪をロウがリーヴァに向けていたからだ。
「き、貴様ぁ……」
射殺さんばかりの目付きでロウはリーヴァを睨みつけていた。満足に動けなさそうだが、不意打ちでもなければ人と竜人では戦闘力には大きな開きがある。肉を切らせて骨を絶つ覚悟で攻撃されれば、リーヴァに不利だ。
(待ちで来られるのは一番苦手なんだが……)
物質化した短剣を投げるという手段もあるにはあるが、流石に動けない相手にそれは気が引けた。というかケティルが見ている前でそんな卑怯な事はしたくは無い。主にカッコ悪い所は見せたくない。リーヴァは意外に男の子だった。
そんな葛藤をリーヴァが抱いているとも知らないロウには、攻撃できるのにしてこない。まるで弱っていなくてもお前なぞ倒せるとリーヴァに言外に言われているようで、酷く侮辱されていると受け取った。だが睨み合いになったことで、ようやくリーヴァの異常さを感じていた。
(こ、いつ、なんで気配が無いんだ!?こんな目の前にいるのに……!そこいるはずなのに、精霊感知では存在をまるで感じないだと!?)
脳の揺れが収まるごとに冷静さを取り戻し、ロウはリーヴァの異常さを感じていた。確かに精霊感知は得手ではない。しかし、それでも風の精霊で感知できなければ火の精霊、土の精霊と他の精霊で補えばいいだけの話だ。普段の彼なら相手の得意な属性意外の精霊を介せば存在くらいは感知できるように鍛錬しているにも関わらずリーヴァの気配は微塵すらも感じ取れなかった。
(……俺以上に精霊を支配下に置いているっていうのか?)
精霊に全く気付かれない生き物がいるなぞ想像の埒外故に、ロウはリーヴァの実力をそう判断した。先ほどの自身を軽い脳震盪に追い込んだ体術や魔力の物質化の手際が、その想像をより現実性の高いものにさせていた。
「ロ、ロウ!何をしている!さっさとこいつをぶっ倒すんだよ!!こんな奴の執事にも劣るのか貴様は!?」
「く……っ」
己が執事の葛藤も知らずに、アデルは罵声を浴びせる。
元々精霊感知に長けていないノクス・ドラゴンの上に、精霊制御の鍛錬もロクにしていないアデルにはリーヴァの異常さが分かっていなかったのだ。ただ自分の執事が無様に膝をつかされた。そうとしか捉えられていなかった。
なにも理解していない主の叱咤する声に律儀にも答えようとするロウ。震える両膝に鞭を打ちなんとか立ち上がり、リーヴァと対峙する。
リーヴァを圧倒的な強者と誤認し、しかも満足に動けない体で戦えば勝ち目はかなり薄い。もし敗れでもしてしまえば、主は元より雇い主の顔にも泥を塗ってしまうだろう。そんなロウにとって避けたい未来は
幸いな事に第三勢力の介入によって防がれた。
「ちょっと待ったぁ!そこまでよ!」
「こら!いきなり飛び出したら危ないわよ!」
その正体は炎を纏った少女リアニと、それを諌めるカナデだった。
リーヴァの主人という事で二人はケティルともそれなりに面識がある。そんな彼女がガラの悪い男子に囲まれていれば、気にならないわけがない。
リアニは騒動の初期の段階から介入を主張していたが、ことの成り行きからカナデが他国の貴族の争いに留学生たる自分達が関わるべきではないと至極真っ当な意見を主張し、不本意ではあるが傍観に徹していたのだ。
だが、席に座っていたはずのリーヴァとロウが突然、殺し合いさながらの立ち回りを演じて、我慢しきれなくなったリアニが飛び出したのだ。
借りがあるリーヴァが危険な目にあっているのに大人しく出来る様な性格を彼女はしていなかった。というかそんな性格をしていれば、わざわざ隣国に密入国までして友人を追ってきたあげくに、温室を爆破するという参事を起こさなかっただろう。
「リーヴァに手を出すなら先に私から倒しなさい!」
ドラゴン・イグニスもかくやという炎を練り上げ、親の仇でも見る様にロウをリアニは睨みつける。
教室でなんて事をとクラスメート達が思う反面、先日の事件を知るリーヴァとカナデは教室が爆破されなくて良かったとどこか見当違いな感想を抱いていた。
セリフ的にも、そして実際にも暑苦しいそのセリフによりリーヴァがかなり脱力し、心底疲れたように溜息を漏らした。
そのやる気の無い態度にロウもすっかり気勢を削がれてしまう。リーヴァに向けていた爪先も心なしか下を向く。
教室の空気がガラリと変わるが、リアニと同様にそんな空気を読めない者がもう一人この場には居た。
「煩い女だ!ロウ!こいつからやってしまえ!」
「なんですってぇ!?あんたから丸焼きになりたいの!?」
アデルの言葉に炎に薪をくべたがごとく全身が燃え上がるリアニ。ロウから視線を外しアデルを睨みつける。
「リアニ、そこまでにして」
収拾がつかなくなりそうな中、カナデが凛とした声でリアニを制止する。
「で、でもカナデ」
「でもじゃないわ。また問題を起こすつもりなの?」
「ぐ、そ、それを言われると……」
「分かったならちょっと静かにしてて、それと貴方がたもここは退いてもらえますか?」
先の温室の一件を口にしてリアニをあっさりと矛を収めさせる手際は流石幼馴染と呼べるものだった。そしてリアニを落ち着かせると今度はアデル達にここは退けと静かに言い放った。
ロウは得体の知れないリーヴァと、そこらのドラゴン・イグニスにも勝る炎を纏うリアニを相手にして勝てる確証はないため安心するが、その主たるアデルは子爵家の娘と、人間三人に相手に退くことを選択出来る程、物わかりが良くなかった。ビビりながらも、しょうもないプライドを掲げ、ピーチクパーチク騒ぎ出す。
「ひ、退くだと!?に、人間相手に、こ、こ、この僕が?九大竜族のこの僕が?」
「アデル様……ここは、また別の機会にしたほうがよろしいかと」
「だ、大体貴様が不甲斐ないからだぞ!分かっているのか!?」
喚くアデルに、ロウは出来るだけ静かに刺激を与えないように心掛けるが、却ってアデルの神経を逆撫でするだけだった。
「あまり騒ぐと先生方が来るわよ?そうなったら貴方がいうあのお方とやらなんて言われるのかしらね?」
「ぐ……(そ、それは不味い……あのお方に失望だけはされなくない!)」
手綱の取れない暴れっぷりのアデルだったが、ケティルの皮肉たっぷりの言葉に思わず口ごもってしまう。
「お、覚えていろよ。この借りは必ず返すからな!ロウ、行くぞ!」
「は、はい」
貴族の誇りなぞ欠片も見いだせない典型的な三下の負け台詞を言い放ちアデルとロウは慌てて教室から逃げる様に去って行った。
「ふぅ……ありがとうね。カナデにリアニさん」
「ケティルさん、礼とさん付けはリアニには良いわよ。むしろ事態を面倒にしていたし」
「ちょっとぉ、カナデそれは酷くない?」
「いやいや、いきなり攻撃上等みたいな感じで飛び込んで行ったでしょ。どうなるかと思ったわよ」
「だから、私は事態を収拾させようとして……ね?」
「あれで収拾……?はぁぁぁ……」
カナデはリアニの様子を思い出すと呆れた目でリアニを見やる。
炎を纏ってリーヴァとロウの間に飛び込んだ上に、伯爵家の三男に丸焼きにしてやるなどと、喧嘩腰にも程があるセリフをリアニは言い放ちやがったのだ。
温室の件をホントは懲りていないんじゃないかとカナデは本気で疑っていた。
得意属性のせいか、リアニは炎の様に熱しやすい性格をしている。もちろんもう一つの得意な水属性の影響か柔軟で変化に富む思考を持っていたが、こちらは戦闘限定という日常でもせめてその半分の柔軟性を
持てよという感じだった。
(あぁ、ルー王国から離れてようやくこの子の面倒を見なくて済むと思ったのに……よその国な分、余計に面倒が増えただけね)
幼馴染みの相変わらずのトラブルメーカーっぷりに沈痛な表情をカナデは浮かべていた。
そして、
(……追い払ったは良いけど、きっとさらに面倒な事になるんだろうなぁ)
ケティルもアデルが所属する派閥とやらが、これで手を引くとは思えず穏やかだった日常が嫌な意味で騒がしくなるだろうと肩を落とす。
アデルもそうだろうが、アデルの言っていたあの方と言うのがケティルの予想通りだったなら、それはそれは面倒なことになるだろう。
(多分、ボーデン先輩の言ってた人よね……ちらっ)
(ん?……ふむ、了解)
ケティルが意味深な視線をリーヴァに送るとリーヴァは一つ頷き、音も無くその場を去って行った。
「諜報活動は得意分野だ。任せておけ」
自信に満ちた言葉はケティルの耳だけに届いた。




