1.少女、運命より逃走する
「私はもう嫌……嫌なのっ!」
齢十歳ほどの少女の声が、月のない夜の曇り空に響き渡る。
硬い鉄の床の上で俯き、その冷たい床から生える歪な木々の影になりながらも長い黒髪をぐちゃぐちゃにし、どこまでも暗い曇天とは正反対の空色の目から大粒の涙を赤錆びた地に落とす少女。
その震える姿を七人の同じくらいの年の少年少女七人が困惑、または憐れんだ顔で見ている。
「無理だよもう……どうして、どうして私が戦わなくちゃいけないの? なんで知らない世界で、怖い思いをしなくちゃいけないの……? どうして、どうして……!」
握った手をわなわなと震わせながら言う少女。その左手首には全長七センチ程のひし形で全体は白色、装飾として水色のラインが入ったブレスレットが巻かれている。
彼女を見る他の子供達はどう声をかけていいか分からず言葉が出せないようであった。
「もう、私は駄目だよ……みんなと違って、もう、戦えない……ついていけないよ……」
「……レ――」
やっと一人の少女が彼女に声をかけようと恐る恐る口を開きながら手を伸ばす。
だが――
「嫌……私は、嫌なのぉっ!」
彼女はそこで言葉を待たずに少年少女達とは反対方向に走り出してしまう。
「っ!? レイちゃんっ!」
言葉を紡ぎかけていた少女が、とっさに名を叫ぶ。
だが、彼女はその言葉に止まることはなく、そのまま少年少女達の元から逃げ去ってしまった……――
「――いり……、怜莉!」
「……えっ?」
そこで、深紅羽怜莉は名前を呼ばれている事に気付いた。
呼んでいたのは紺色のブレザー、赤のリボン、深緑のスカートをまとった女子高校生だった。髪型は背中に届くぐらいのセミロングである。
立っていた場所は家電量販店の中、オモチャをメインで扱うフロアだった。
「どしたの怜莉? なんかボーッとしてさ」
「ああ、ごめんね。いや、ちょっとね……」
怜莉は困ったように笑う。
その姿を見て不思議に思っていた相手の女子高生だったが、先程まで怜莉が視線を向けていた先を見て「あー……」と納得したような顔をした。
「そうだよねぇ、怜莉ってああいうの露骨に嫌いだもんね。まあ私も分かるよ。うちのクラスのオタク男子共がワイワイ話してるの見るとマジキモい! ってなっちゃうし」
女子高生がそう言いながら見ていたのは男児アニメのオモチャだった。『光る! 鳴る!』という文句と共にアニメの少年がたかだかと商品を掲げた絵が添えられている。
「……そうだね、私ああいうの、本当に無理」
怜莉は小さく頷いてオモチャから顔を逸らし言う。
彼女が顔を向けた方向には女児向けゲームの筐体があった。
それは筐体についているカメラを通して自分の姿を映しコーディネートをするというゲームで、視線を向けた怜莉の姿が今映っていた。
横の女子高生と同じ紺色ブレザーに赤リボン、深緑色スカートを纏ったすらりと伸びた高身長、清流を思い起こさせる美しい黒のロングヘアー、物憂げな空色の瞳を持つ誰もが目を引かれるであろう整った美人。
それが今の怜莉だった。
「二人共何やってるのー!? ほらほら、早く私の妹向けのプレゼント選び手伝ってよー!」
怜悧達のところに同じ制服の女子高生の声がひょっこりとくせ毛気味の頭を出し、ぶんぶんと手を振りながら言う姿と声がぬいぐるみコーナーから届く。
それを聞いて、横にいた女子高生が表情を歪める。
「あいつ店内で大声出すんじゃないよ恥ずかしい……。 はぁ……ほら行こ怜莉。怜莉のセンス頼りで連れてきたんだから行かないと面倒だよ」
「……うん、そうね。ごめんごめん」
怜莉が微笑んで答えると、横にいた女子高生は叫んだ女子高生の元に小走りで向かっていく。
その後ろを怜莉は静かに歩きながら向かい始める。
と、そのとき再び彼女は男児向けのオモチャコーナーに振り返る。
そこに並ぶ玩具の横の棚に、現在放映されている男児向けの特撮番組のポスターが貼ってあった。
ヒーローと共に書かれているキャッチコピーは『進み掴め、勝利の運命』
「……本当に、嫌」
怜莉は露骨に不機嫌な顔で言うと、すぐさま正面に向き直ってカツカツとローファーを鳴らしながら二人の友人達の元に歩いていった。
――深紅羽怜莉。かつて、世界を救う運命を託されながらもそれに背き逃げた少女の果ての姿が、そこにあった。




