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7話 なでなで

 その夜、儂は眠れなかった。


 理由ははっきりしている。

 疲れているわけでもないし、考え事が多いわけでもない。

 もっと単純で、もっとどうしようもない理由だ。


「ふふ♪」


 母になでなでされたことを思い返して、顔がにやけてしまうのだ。


 止まらぬ。

 どうにも止まらぬ。


 儂は前世で黒騎士と呼ばれていた。

 数多の敵を斬り伏せ、戦場を生き抜いた男であると自負している。

 そのような儂が、なでなでごときで骨抜きにされるはずがない。


 少し前までは本気でそう思っていた。


「……いや、母のなでなでは別格じゃな」


 枕へ顔を埋める。


「別格というか……別次元じゃ」


 どれだけ気を引き締めても。

 今度こそ! と、びしっ、として意気込んでみせても。


 あの手が頭へ触れた瞬間、全部だめになる。

 ふにゃふにゃのへにゃへにゃになってしまう。


 なぜなのか。

 まるでわからない。


 ……いや。

 強いて言うならば、やはり母だからなのだろうか。


「……母、か」


 儂の前世には母親がいなかった。


 物心ついた時には、もう一人だった。

 親も家もない孤児。

 母親はもちろん、家族というものそのものを知らぬまま育った。


 ある日、国に拾われた。

 色々あって、色々やらかして、色々試されて……結果として、騎士になった。

 以来、剣を国へ捧げることになった。


 優しくしてくれる人はいた。

 騎士団長も、先輩達も、城で働く人々も。

 王も王妃も、ただの騎士には身に余るほど優しかった。


 友もできた。

 仕えるべき主も見つけた。

 多くの人と繋がりを持つこともできた。


 だが、母と呼べる人はついぞいなかった。

 というよりは、家族がいなかった。


 家族、というものを結局最後まで自分の手には入らなかった。


 だからこそ儂は剣を振った。

 恩を返すために。

 国を守るために。

 それだけが自分の存在理由なのだと、そう思って生きてきた。


 ……そう思い込んでいたからこそ。


「母のなでなでは、たまらぬのじゃな……」


 温かかった。

 柔らかかった。

 そして、とても安心することができた。


 前世でついぞ知ることのできなかった感触。

 今世で初めて知った温もり。


 それに触れて、ようやく気づいた。

 儂は、ずっとこれが欲しかったらしい。


 気づかぬふりをして、なくても構わぬと思い込んで。

 自分の想いに蓋をして、ずっと剣を握り続けていた。


 でも、本当は……


「……また、なでなでしてもらうのじゃ」


 ぎゅっと掛け布団を抱きしめる。


 今度、母がまた来てくれたら、次はもっと素直に抱きつこう。

 幼子らしく思い切り甘えてみよう。

 そして、またなでなでしてもらおう。


 黒騎士だとか元男だとか、そんなものは今だけはどうでもいい。

 この生では、少しくらい素直に甘えてもいいだろう。


 そう決意して、儂はようやく眠ることができた。




――――――――――




 ……でも。


 翌日。

 母の容態は急変して、そのまま帰らぬ人になった。


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