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28話 守るということ

 数刻後。

 儂は馬車に揺られていた。


 向かう先は隣国。

 父様の命に従い、正妃達とともに避難している最中だ。


 同じ馬車にはサリーも乗っていた。

 けれど、いつものようにあれこれ世話を焼く余裕はないらしく、サリーもまた、硬い表情で口数が少ない。


 当然だ。

 ここにいる儂らは、国を捨てて逃げる者だ。

 いや……ようなものではなくて、その通りなのだろう。


 城を離れ、父や兄を戦場に残し、自分は遠ざかっていく。

 その現実を前にして、明るく振る舞えるはずがない。


「……くっ」


 手が膝の上で自然と握られる。


 本当なら戦いたい。

 兄様や父様と一緒に戦場に立ちたい。

 剣を握り、前へ出たい。


 だが、それができない。


 父様の顔が頭から離れない。

 儂を抱きしめてくれた優しさと温もりと……そして、悲しい決意を忘れられない。


 死を覚悟していた。

 国のために全てを捧げるつもりでいた。

 それを見てなお押し切れるほど、今の儂は冷たくない。


 真なるドラゴンが相手となれば、無事でいられる保証はどこにもない。

 前世の儂ですら、勝ちを確信できる相手ではなかった。


 儂自身は、死ぬことが怖いわけではない。

 戦い、その果てに死ぬなら、それはそれで武人として自然な終わりとも言える。


 だが、周囲はどうだ?


 サリーは悲しむだろう。

 兄様も、きっと。

 父様は……もしも生き残ったとしても、さらに家族を失う痛みを背負うことになる。


 母様が死んだ時のことを思い返す。

 父様の顔は、世界そのものが終わってしまったみたいだった。


 もし儂が死ねば、あの痛みをまた味わわせてしまう。

 それは、儂が最もしたくないことの一つだった。


「……じゃが」


 しかし、今回の避難は本当に正しいのか?


 理屈では正しい。

 王族として、娘として。

 残される者の気持ちまで考えるなら、なおさら、圧倒的な正論である。


 ただ、心がそれで納得してくれない。


 守るために鍛えてきた。

 守るために剣を振ってきた。

 それなのに今、自分は守る側ではなく、守られる側へ押し込まれている。


 割り切らねばならない。

 そう思うのに、どうしても迷いが消えてくれない。

 迷い迷い、ぐるぐると。


「アリエル様」


 サリーが、そっと声をかけてきた。


「大丈夫ですか?」

「ああ……うむ。儂は大丈夫じゃぞ」

「本当に?」

「護衛もおるし、無事に隣国へ着けるじゃろう」

「そういう意味ではなくて」


 静かに言われる。


 精神的に大丈夫なのか。

 サリーは、そう聞いているのだろう……わかっている。


「セイファート様のことを……陛下のことも、残って戦う騎士達のことも。全てを心配されているのでしょう?」

「……うむ」


 隠す気にはなれなかった。


「大丈夫ですよ。セイファート様達なら、きっとやってくださいます」

「信じろ、と?」

「はい」


 なんとも都合のよい言葉じゃな、と思う。


 信じる。

 それだけで、自分は何もしなくてもよいことになるのだから。


 そんなふうに考えてしまうあたり、儂はだいぶひねくれておるのかもしれない。

 だが、そう思ってしまうのも本音だった。


「そうじゃな……」


 窓の外へ目を向ける。


「信じねばならぬな」

「はい」

「今の儂には、それしかできぬ」

「……」

「それと、祈ることくらいかのう」


 神様。

 もしもいるのなら、お願いです。


 どうか兄様を。

 どうか父様を。

 どうか、みんなを無事に。


 ……そんな祈りを捧げながらも、胸の中のざわつきは消えてくれなかった。




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