126話 理想と現実と
「お主の語る世界……認めるわけにはいかぬ」
儂は、改めて剣を構えた。
それは、儂の決意の現れ。
その命を止めてでも争いを終わらせるという、宣戦布告でもあった。
「味方が欲しいわけではないが……やはり、凡人には理解できないか」
「そうじゃな。理解できぬし、それなら凡人でよい」
「そうやって思考を止めること……それが現状を招いていると、なぜ気づかない? なぜ、目の前の現実を無視する?」
「……」
「大陸には戦があふれている。欲望が渦巻いている。その果てに繰り返されている戦だ……そなたとて、心当たりはあるだろう?」
否定はできない。
アウムドラ王国の一件。
裏で帝国が関わっていた可能性は高いが……
しかし、全てを帝国の責任にすることはできない。
アウムドラがフィーゼルマインに攻め込もうとしたのは、人の欲があったからだ。
なにもなかったと、そう否定することは難しい。
ただ……
「……ないわけではない」
「ほう」
「しかし、それが全てと断じることはできぬのう」
欲は人を突き動かす。
平気で他者を傷つけることもある。
ただ、それだけではない。
たとえば、アウムドラ王国。
かの王子は暴走をしていたが……
その根底にあったのは、国を愛する心だ。
困窮する国と民をどうにかしようと悩み、迷い、考えて……
その果てに戦争という手段を選ぼうとした。
その答えは褒められたものではないが……
だがしかし、根底にあるものは欲ではなくて愛なのだ。
「お主は、人の汚い面しか見ておらぬのではないか? そうして、自分の知ることだけが全てと思っているのではないか?」
「そうだな、否定はしない」
「む?」
「自分の知ることが全てであろう? 所詮、人はそのようなものだ」
違う。
確かに、人は己の知ることしか知らない。
ただ、知らないなら知ればいい。
相手のことを理解すればいい。
そうすることができる知恵と心があるはず。
「勝手にこうであると決めつけている……お主は、他者を理解しようとせず、勝手に決めつけている、頑固者じゃよ」
「ははは……なるほど。戦乙女は、思っていた以上に豪胆だったらしい。そのようなことを言われたのは、生まれて初めてだな」
「光栄じゃな」
「しかし……」
皇帝も剣を抜く。
「言葉程度で、今更、私は止まらぬよ」
「まだ血を流すつもりか!?」
「当然だ。私は、私の悲願を果たす……大陸を統一して、争いをなくしてみせる。そのために剣を振るい、敵を斬り続けてきたのだからな」
「……むぅ」
「ここで歩みを止めれば、全てが無駄になる。今までに積み重ねてきた屍に報いるため、私は歩みを止めるわけにはいかないのだ。それが許されないことだとしても、外道の行いだとしても……私は、これからも、この手をいくらでも血で染めてみせようではないか」
「お主は……」
……見誤っていた。
戦を繰り返して、血で血を洗う皇帝。
戦いを楽しむ残虐な性格であり、飢えた獣のよう……
そのような印象を抱いていたが……違う。
己の覇道のために血を流すこと、流させることに躊躇いは一切ない。
その点をみれば外道なのかもしれないが……
しかし、ヤツには確かな信念があった。
なにがなんでも争いをなくしてみせるという、強い意思を感じられた。
そして、もう一つ。
覚悟も感じられた。
今までに積み重ねてきた屍。
己が斬り捨ててきて……
あるいは、味方が倒れてきて……
それらの命と魂、全ての責任を背負おうとしているのだろう。
己の行いを外道と理解しているからこそ、そこで散った命に対して責任を持とうとしている。
勝手な話だ。
ただ、なにも気にしない本物の外道と比べれば、遥かに整っているのかもしれない。
少なくとも……
この男なりの信念と覚悟を感じることができた。
「私は……外道に堕ちたとしても、大陸から戦争を消すため、この手を血でいくらでも汚す覚悟と決意をして、ここに皇帝として立っている。貴様はどうだ?」
「無論、儂とて覚悟と決意は持つ」
皇帝がどのような覚悟を持っていたとしても、関係ない。
それが我が祖国に災いをもたらすのならば、斬り伏せるのみ。
儂は……
今度こそ守るのじゃ。
我が祖国を。
愛する民を。
「お主を……斬る」
「……そうか」
初めて、皇帝が表情を崩して、小さく苦笑した。
「貴様も、私と同じように覚悟を持つのだな」
「お主もな。正直、見誤っておったのじゃ」
「よく言われる」
「ふむ……意外と気さくじゃのう。このような時でもなければ、酒を酌み交わしたいところじゃ」
「それは断る」
「むっ」
「さすがに、子供を相手に酒を勧めるほど愚かではないつもりだ」
……そういえば、儂、幼女だった。
「なら、儂は茶でよい」
「それならば構わない」
敵であることに変わりはない。
この後、命のやりとりをするだろう。
ただ……
この時。
ほんの少しだけ、彼のことを理解することができたような気がした。
「名を聞いてもいいか?」
「……アリエルじゃ」
あえて、名前だけにした。
その他は、今はいらない……そう感じたのだ。
「キグナスだ」
皇帝……キグナスも名乗り返した。
これで終わり。
後は、もう……
「いざ……」
「……参る!」




