1話 黒騎士
次の新作を書いてみました。
こちらもよろしくお願いします。
地平線を埋めるように大軍が迫ってきていた。
歩兵、槍兵、弓兵、騎兵。
重装兵、工作兵、魔法兵。
ありとあらゆる兵種が揃い、鎧を鳴らしながら進軍してくる。
それは、ただの軍勢ではなかった。
王国を蹂躙し、踏みにじり、全てを奪うための災厄そのものだ。
バルバリシア帝国。
世界統一を掲げて、手が届く全ての国へ宣戦布告した覇道の国。
その力は圧倒的で、彼らが進軍した後には草一本残らぬ荒野だけが残る……そんな噂まで流れていた。
だが、それは誇張ではない。
事実だった。
鋼鉄の武装を使いこなす屈強な兵士。
大爆発を起こす魔法を操る術者。
破壊に特化した兵器の数々。
王国の民は絶望した。
彼らを守るべき騎士達でさえ、絶望した。
今日で、この国の歴史は終わる。
帝国に蹂躙され、略奪され、殺戮され、全てが灰となる。
そう誰もが思った。
……はずだった。
「悪いが、ここを通すわけにはいかないな」
絶望へ立ち向かう者が、一人だけいた。
全身を覆う鎧は黒。
持つ剣もまた黒。
柄も、刃も、夜のように深い漆黒。
王国の切り札、最強の戦士……黒騎士。
彼は、たった一人で万を超える軍勢の前へ立った。
正気の沙汰ではない、自殺と変わらない。
誰が見ても、そう思うはずなのに……
「うぉおおおおおおおおっ!!!」
黒騎士は高く跳躍し、真上から地面へ剣を叩きつけた。
衝撃。
大地が弾けて、帝国兵が数十人まとめて人形のように吹き飛ぶ。
続けざまに剣を横へ薙ぎ払う。
その軌跡に沿って、数多の兵士の体が上下に分かれた。
まるで竜が暴れているかのようだった。
「な、なんだあの化け物は!?」
「矢だ! 矢を浴びせろ!」
「魔法も放て!」
矢と魔法が雨のように降り注ぐ。
それは人の命を奪う牙となって黒騎士へ殺到する……が。
「むぅんっ!」
黒騎士は剣を薙いだ。
たったそれだけで衝撃波が生まれて、矢が砕けて魔法が散る。
どれほどの力を込めれば。
どれほどの速度で振れば。
こんな馬鹿げた真似が可能になるのか?
帝国兵達は初めて理解したのだろう。
自分達が今、人の形をした災厄と相対しているのだと。
そうして帝国兵達が怯えている隙に、黒騎士は突撃した。
剣を槍のように構え、敵陣のど真ん中へ切り込む。
深く。
深く。
深く。
兵を蹴散らし、隊列を食い破り、誰にも止められぬまま前へ進む。
逃げようとした兵士は、足が竦んで動かなかった。
黒騎士はこちらを見ていない。
それなのに、目が合った気がした。
……殺される。
剣が振られるよりも早く、兵士は自分の死を理解した。
そして黒騎士は、そのまま敵の司令所へ辿り着くと、剣を地面へ突き立てた。
可視化するほど濃い魔力が、剣から広がる。
あらかじめ溜め込まれていたもの……すなわち、魔法剣。
魔力は大地へ流れ込み、地脈そのものを震わせる。
そして……
「さらばだ……竜陣剣っ!!!」
大爆発。
司令所は指揮官ごと吹き飛んだ。
その周囲にいた数千の帝国兵も、まとめて飲み込まれる。
立ち上る黒煙。
舞い散る粉塵。
そして……
「……」
その中から黒騎士が姿を見せた。
無傷で。
「ひ、ひぃ……!?」
「な、なんてやつだ……傷一つついていないなんて、化け物か!?」
「もう嫌だ! あんなヤツと戦うなんて俺はごめんだ!」
指揮官を失ったことも痛い。
だが、それ以上に黒騎士の存在そのものが恐ろしかった。
このまま戦えば、次に殺されるのは自分かもしれない。
そんな確信にも似た恐怖へ囚われた帝国兵達は、我先に逃げ出した。
一対一万。
黒騎士は、そのありえぬ戦力差を覆して勝利を掴んでみせた。
この日から、黒騎士は王国の英雄となったのである。
王国と帝国の戦争。
当初は一週間と持たず、王国が陥落すると予想されていた。
だが、黒騎士がその全てを覆した。
どれだけの大軍を用意しても。
どれだけの策を巡らせても。
黒騎士は、その全てを跳ね返した。
戦い。
戦い。
また戦い。
どこまでも戦い抜いた。
その姿は鬼神のようであり、
同時に、子を守る親のようでもあったという。
最後の最後まで、王国のために刃を振るい。
そして命を落とす。
まさに騎士の鑑。
その戦いへ心を打たれた帝国は、ついに侵略を中止して、停戦に至り……
そして和平を結んだ。
たった一人の騎士が、国を救い、そして国を変えたのだ。
だが、黒騎士の戦いは、それで終わらない。
国の守護神となった彼は、なお戦い続けた。
国土を侵そうとする者あらば、剣を取って戦場へ向かい。
強大な魔物が現れたと聞けば、やはり剣を取って討伐へ向かった。
その全てを国へ捧げた。
歳を重ね、白髪になろうとも、戦い続けた。
……最後の最後まで。
――――――――――
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
剣が折れた。
鎧に穴が空き、砕けた。
血が流れて体から力が抜けていく。
視界が悪い。
いつの間に夜になったのだろう……いや、違う。
血を流しすぎたせいで、目が見えなくなってきているらしい。
寒い。
重い。
体が自分のものではないように動かない。
水の中に閉じ込められているようだ。
「ここまで……みたいじゃな」
立っていることができず、儂は膝をついた。
それでも、剣だけは手放さなかった。
折れて、もう使い物にならない。
それでも、騎士としての誇りみたいなもので、最後まで握っていたかった。
「……っ! ……っ!?」
兵士らしき姿が、ぼんやり見えた。
何か言っているらしいが、もう耳もよく聞こえない。
たぶん、儂を心配してくれておるのだろう。
すまぬな。
こんな戦うしか能のない儂のために。
優しい人達じゃ。
彼らだけではない。
国王陛下。
王妃様。
王女様。
城で働く人々。
街で暮らす民。
たくさんの人々の顔が浮かんでは消える。
「……儂は……彼らを……」
この国は笑顔であふれていた。
みんなが優しく、思いやりがあって、親のいなかった儂はこの国に救われたと言ってもいい。
恩を返すために騎士になった。
戦うこと以外の道を知らなかったからだ。
少しは返せただろうか?
みんなの笑顔を守ることができただろうか?
それなら、それでよい。
ただ一つ。
心残りがあるとするのなら……
「儂は……最後まで、国を……守り……」
手を伸ばす。
しかし、何も掴めない。
儂は最後まで国を守れただろうか?
その答えを知る前に、意識は闇へ沈んだ。
……そして。
「あうー、うだー!」
次に目を覚ました時、儂は赤子になっていた。
しかも、どうやら王女らしい。




