元徴用工の謎⑩
戦後、朝鮮人の未払い金の多くは供託によって処理されていった。
この供託には2種類があり、
一つは民法494条によるものである。
この供託は弁済者が供託によって債務を免れるというものであり、弁済供託という。
なお、民法495条では、供託場所を債務の履行地の供託所とし、債務者へは供託通知書を出すこととしている。
この供託が行われるようになるのは、
1946年の厚労発572号労政局長通達「朝鮮人労務者等に対する未払い金その他に関する件」
によるものであり、朝鮮人連盟などの団体が各事業所に対して未払い金の支払いを請求する動きに対抗しての処理方法だった。
もう一つの供託は、
1950年2月28日の政令22号「国外居住外国人等に対する債務弁済のための供託の特例に関する政令」によるものである。
この供託処理では、供託場所を東京法務局とし、政令で定めるまで供託金の時効はないものとされた。
また、民法495条による供託通知書の発行は不必要とした。
通知なしで供託をすることを認めたわけであるが、供託は債権の保護のためのものであり、返還を請求する権利は継続しているということができる。
朝鮮人の「未払い金」については、1946年頃から供託が行われていき、
さらに「1950年の政令22号」で「再供託」されたものもあるようである。
政令22号によって、軍人軍属についての未払い金は「東京法務局」への供託がすすめられ、
軍人軍属分ですでに供託されていたものは「再供託」されていった。
軍人軍属の「未払い金」については東京法務局で集中した管理がおこなわれるようになったということができる。
真相究明ネットメンバーの情報公開請求によって、
東京法務局の供託明細書については氏名・住所などを伏せた形で公開されたが、明細書は
1950年で540枚、
1951年で3524枚、
1952年で3024枚、
1953年で1942枚、であり、
1954年には2枚となって減少している。
供託が1950年から53年にかけて集中しておこなわれていたことがわかる。
1958年と59年には226枚、221枚の増加がみられる。
1950年から52年の供託のうち労働者分は109件516枚であり、多くが軍人軍属分とみられる。
供託にあたっては、供託書が作成され、添付書類として供託明細書も作成された。
この明細書には債権者である朝鮮人の氏名や住所が記載されることになる。供託書は正本と副本が作成され、正本は供託者の企業などが、副本は供託所である法務局などが保管する。また、供託を受ける機関では、供託の受付簿を作成する。政令22号による供託についてみれば、東京法務局の場合、1950年3月から1959年3月までは「金銭供託受付簿」、1959年以後は「金銭供託元帳」という帳面で保管されている。これらの供託書類は重要書類であり、企業内でも保管されているものが多数あるだろう。
各企業による労働者未払い金の供託状況の集計は、1950年10月の労働省労働基準局の調査「帰国朝鮮人に対する未払賃金債務等に関する調査について」で行われた。それにより、1953年には全国的な一覧表である「帰国朝鮮人に対する未払賃金債務等に関する調査集計」が作成され、「朝鮮人の在日資産調査報告書」なども作成されている(『韓国105』)。この文書が2008年に公開されたことにより、企業ごとに未払い金の供託状況があきらかになった。この史料によれば、供託・未供託分での未払い金の判明分は、約13万件分、約14360円分となる。
しかしこれは未払い金の一端を示すものとみられる。この調査が、『経済協力韓国105』という文書に収録されているように、日韓交渉における日本側の内部資料として作成されたものである。
軍人軍属の供託金については、2007年12月に日本政府から韓国政府に軍人軍属関係の供託書と供託明細書が渡された。それにより韓国の日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会での調査も進展し、調査報告「朝鮮人軍人軍属に関する『供託書』『供託明細書』の基礎分析」(『韓日民族問題研究』14所収)も出された。
この韓国側に渡された史料の分析によれば、明細書の件数で、陸軍で約6万、海軍で約5万5千人分の計11万5千人ほどが記載され、重複を除けば、供託人数は陸軍で58126人、海軍で36449人の計94575人分となり、金額は陸軍で約3360万円、海軍約5818万円の計9178万円になるという。つまり、9000万円を超える金額が未払いのままになっていることが判明している。
しかし、「旧海軍軍属身上調査表」には92209人の供託が記されていることから、この判明分の数は未払い金の一部を示すものとみられている。海軍分の分析結果をみると、1946年から49年までに各地で供託されていたものが、政令22号によって1951年以降、東京法務局へと再供託されていることがわかる。
なお、2010年1月、韓国の真相糾明委員会は、企業に連行された労働者分の供託金名簿の情報については、日本政府から韓国政府へと2010年3月に引き渡されることを公表した。今後の分析によって、企業への強制連行の状況が明らかになるだろう。
四 日韓会談公開文書・外務省アジア局北東アジア課資料について
市民団体による日韓会談文書の公開請求によって、外務省アジア局北東アジア課関係資料が部分公開された。韓国側の請求に対抗して、日本側が調査した数値については、ほとんどが黒塗りされての「公開」だった。
韓国側の請求によって詳細な議論がなされたのは、第6次日韓会談の一般請求権小委員会の場であった。この委員会での討議に加えて「一般請求権徴用者関係等専門委員会」が持たれ、議論が交された。
これらの議論の状況を示す資料が、外務省アジア局北東アジア課による「第6次日韓全面会談の一般請求権小委員会」第1回~11回記録1961年10月~1962年3月、「一般請求権徴用者関係等専門委員会」第1回~4回記録1962年2月、『日韓会談における韓国の対日請求8項目に関する討議記録』1964年1月などである。
『日韓会談における韓国の対日請求8項目に関する討議記録』は外務省アジア局北東アジア課が1964年1月にまとめた160ページほどの冊子である。これは、日韓会談での請求権交渉での討議がまとめられている。この資料からは、1961年10月から1962年3月にかけての一般請求権交渉の状況と日本側がこまかく請求項目について査定していたことがわかる。
公開文書をみると、日本側が韓国側に請求に対してその請求額を査定するためにさまざまな調査をおこない、多くの資料を保有していたことがわかる。またそれらの資料の数値のほとんどが公開にあたって黒く塗られて隠蔽され、現時点でも非公開のままである。日本政府は日韓協定から40年以上を経た今日でも日本国民にそれらの数値を公開できない。このような状態はこの国が主権者国民のものではないということである。
『日韓会談における韓国の対日請求8項目に関する討議記録』のなかの黒塗り部分には連行者数や未払い金額などの記載も含まれている。外務省はこれらを全面公開すべきである。
参考文献
『経済協力 韓国105/労働省調査 朝鮮人に対する賃金未払債務調』1953年大蔵省文書(国立公文書館つくば分館蔵)
『供託政令/朝鮮人船員の未払給与等』1949年(国立公文書館つくば分館蔵)
長澤秀「戦時下常磐炭田における朝鮮人鉱夫の労働と闘い」梁泰昊編『朝鮮人強制連行論文集成』明石書店1993年所収
桑原真人『近代北海道史研究序説』北海道大学図書刊行会1982年
朝鮮人強制連行実態報告書編集委員会『北海道と朝鮮人労働者』札幌学院大学生活協同組合1999年
古庄正「連行朝鮮人未払い金供託報告書」『経済学論集23-1』駒沢大学経済学会1991年
古庄正「朝鮮人強制連行問題の企業責任」『経済学論集24-2』駒沢大学経済学会1992年
古庄正「日本製鉄株式会社の朝鮮人強制連行と戦後処理」『経済学論集25-1』駒沢大学経済学会1993年
古庄正「足尾銅山・朝鮮人強制連行と戦後処理」『経済学論集26-4』駒沢大学経済学会1995年
古庄正・田中宏・佐藤健生他編『日本企業の戦争犯罪』創史社2000年
山田昭次・田中宏編『隣国からの告発』創史社1996年
『三菱は未払い賃金を支払え!』三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会1996年
「供託書についての古庄正駒沢大学名誉教授の意見報告書」2004年 三菱広島・元徴用工被爆者裁判を支援する会
李洋秀「韓国側文書に見る日韓国交正常化交渉(その4)」『季刊戦争責任研究』57・2007年
「強制動員真相究明全国研究集会資料集」強制動員真相究明ネッワーク2009年7月
田代有嗣「日韓条約の成立と朝鮮関係供託」『民事月報』21-12 法務省民事局1966年
朝日新聞2002年10月28日付夕刊、朝鮮人軍人軍属未払い賃金記事
「日韓会談文書・全面公開を求める会ニュース」12号2008年7月
2009年7月、2010年2月改稿




