俺の天使(アシュリア視点)
「あなたのことは、わかっているから」
熱っぽく潤んだ瞳で彼を見つめるのだ。彼女は、二人だけと思っているだろうが、そんな姿は彼女の特別な親しい友人たちから監視されているのだ。どうして、気づかないのだろうといつも思う。それに対して、性的魅力を感じないので、適当にあしらう。
その態度に好意的に捕らえられ、どうやら彼らからの牽制はなくなった。
本当に、どうしてこんな女がいいのか趣味が悪い。
口には出さずとも態度と顔に出ていた。
呆れた顔で彼女を取り囲む少年たちに見られた。彼らはそれぞれ彼女に救われたのだという。つまりは弱っているところに漬け込まれたのですねと、生ぬるく思っていたら、本気で殴られそうになったので、華麗にさけた。
魔力押しで来られれば多少は危険だが、純粋に肉体的な勝負なら彼らに負ける気はしない。日頃、ギルドでの戦闘が役立っている。
そんな仲のよいサロンでの出来事が彼らが親しくしていると噂されるようになった。庶民だからと一部の貴族たちから毛嫌いされていたが公爵家子息と、宰相子息、騎士団長子息に王子殿下となれば表立ってはいえないだろう。
自分のことに殆ど金をかけずに、家に仕送りしていることが知られる。どうして、そこまでしないといけないのかと。
「たった一人の家族に不自由な思いをさせたくないに決まってるだろ」
それでなくても体と目が不自由で一人で動けるのは家の中だけだ。両親もなくなって自分までここに来ていたら彼女は一人だけになってしまう。寂しい思いをさせているのであれば、せめて不自由なく暮らせるほどの仕送りくらいしたい。
「あの人の怪我は自分のせいだし」
本当に当時の自分を殴り殺したいくらいの後悔だ。どうして、自分は馬鹿なんだと頭を打ち付けたくなる。どんよりと暗くなる少年に気づかう周囲。
「だから、できるだけ早く独り立ちしてこっちで一緒に住めるようにと思ってさ」
大口の直接依頼を任せた公爵子息が事情を聞いたのだ。さすがに雇用主にたてつくほど子供でもない。貴重な休みを割いてまで仕事を請けたのは、あと少しでその資金が溜まるから。来年の長期休暇に物件を探して、いろんなものを揃えてと、考えている。家も改築しないといけないだろうと思っている。
たった一人の家族のために。
その言葉に少女はそれはいけないことだと言った。依存しているだけだと。生きている目的を他者に求めるのはよくないことだと。
互いに自分たちしかいないと狭い世界にいると道徳が失われて自滅してしまうのだと。
「私がいるから、大丈夫」
潤んだ瞳で見上げてくる淡い桃色の瞳。自分は愛されていると一片も疑わないその性格は、幼いころから随分と愛情を注がれて育てられたのだろう。だが、少年にはそれを受け入れる気はない。
たとえ、あの人と縁を切ることがあったとしても、この少女とどうにかなる気はなかった。あの人がいなければ世界に意味がないとさえ思うくらいだ。
「それが、よくないんだよ」
本当によくわからないことを言う女だ。苛立つのがわかる。
一方では、愛は大切でどのように激しい思いも焦がれる思いも肯定していたのに、自分にはそれは間違いだという。気まぐれで、自分の意思を変える。信用できないと思った。
地元に残してきたミルティアとは手紙のやり取りを時折しているが、いつも女性らしい筆跡の代筆だった。それが、長期休暇を目前とした今回は男の筆跡であの人の言葉ではないだろう言葉が最後に綴られていた。あの、髪と目の色だけでなく頭の中身も桃色の女と同じようなことを言う。
「何が、オレにはオレの人生だ」
はき捨てた。
しかし、彼女が信頼して手紙を代筆してもらったことに、酷くショックを受ける。そんなに親しくしている男がいるなんて知らなかった。今度、家に帰ったら、家全体にかけてある防御や温暖の魔法陣の上に検索の魔方陣も付け足しておこうと思う。
しばらくはどんよりとしていた。
自分がそばにいないから変な男が付きまとっているのだと。情けなさに涙が出そうだ。
ギルドの仕事をこなしながらも、男の素性を探るべく噂話などを総合する。
どうやら、大きな商店の、それこそ城にも出入りするような大商会の跡継ぎらしい。婚約者もいる身で愛人にしようとしているのではないかと考えた。お人よしだから、正妻になるなんていわない彼女を見越しているようで腹が立つ。
馬鹿にするなと。
オレの人生なら、オレが望むようにしたっていいってことだろ。
彼らは自分の人生だからといいつつも自分たちの思うように動くことを強制してくる。自分だって外の世界を知っているし、女だって仕方なく相手をすることもある。それでも、あれほどに心を動かされるのは彼女だけなのだ。たった一人の大事な大事な家族なのだ。それを、大切にして何が悪いのか意味が不明だ。家族を大事にしろという口で、自分の人生を大事にしろという矛盾。
もうずっと、彼女が大事なのだ。
それが、変わることがくるなんて多分ないと思う。
もともと、いろんなことに興味が薄い自分は、その反動か一度、執着をしたらなかなか覚めることがない。
長期休暇の初日、物件を探しに出ているときに、彼らが実家に向かったと聞いた。
あれほどしつこくいってきたあの女が諦めることを聞いたことがない。宰相の息子と、騎士団長の息子も一緒に行ったらしい。
村とはいっても、王都から少し外れたところだ。3日もあれば充分つく。それに彼らは魔法が使えるのでかなり短縮できるだろう。
嫌な予感がして魔法を全力で使って家に戻った。
そこには、やはりあの4人の気配がある。
「ミルティアっ」
念写で紙にその姿を写し取っても、本物には適わない。いとしい愛しい、焦がれた彼女の姿に、体が止まらずぎゅうと抱きしめる。細い体の為に力は入れないように配慮する。同じくらいだったのに本当に小柄になってしまった。しかし、胸に当たる柔らかいむっちりした感触はお気に入りだ。
「アシュ?」
やや舌足らずな愛称ににやけるのをとめられない。目が弱いせいで輪郭を辿るように触れる指は細く、機織をしているせいか、やや腫れて熱を持っている。頑張りすぎだと思う。こんなに細い体で倒れてしまわないか心配だ。
何か、後ろで騒いでいるが気にしない。ああ、生のミルティア、まじ天使。
なんて、いい匂いなのか首筋に鼻をこすりつけて堪能する。
もう、妖精でいいんじゃないかと思う。
誰にも見せずに大事に大事に閉じ込めたい。閉じ込めていると思わせると逃げ出したくなるだろうから、そうは思わないように、そうしておくほうがいいのだと自ら思うようにゆっくりと馴らしていかないと。
「アシュリア君には彼の人生があるんです。開放してあげてください」
本当に余計なことしか口にしない女だ。それに現実も見えていない。
「彼の前から姿を消して、二度と会わないでください」
きついこと頑張っていっちゃった、と自分を悪役にしても懸命に頑張ってるアピールをされても困る。というか、現実的に無理だ。
「馬鹿なの?」
本気で保護者のような3人に聞く。首をすくめる3人。彼らは好奇心と護衛を兼ねているだけのようだ。これほど立ち回りのできない花畑女も貴族ではあるのだ。ああ、貴族だからの傲慢さか。
「立ち仕事も出来ずに、家事も一人でできないような人に何いってるの?死ねってことなの?体が弱いからたった一人の家族に頼るのは悪いことなの?俺は一度も嫌だなんて考えたこともないし、もっと甘えてもいいのにしか思ったことないのに?」
頭の中を疑ってしまう。
「それは、罪悪感のせいでそう思い込もうとしてるだけよ」
「どうして、そんなことがわかるの?」
「それは、あなたのことだから、私は」
「とういうか、今までまともに話が通じたことがないし。いい加減にオレの心のオアシスにずかずか入り込んでくるのやめてくれる?」
どうしてわからないのか、不思議だ。人様の家のことに口出すなんて、どれだけ偉いんだ。というかお貴族様だった。
なぜか、彼らは泊まっていくことになった。害悪しかない彼らをミルティアの側においておくのは嫌だったが、折角だからとミルティアが提案したのだ。遠まわしに死ねといわれたのに、許すなんて本当になんてできた人間なんだ。視野の狭い馬鹿な思い込みの激しい女には一生適わないのだろう。
通いのメイドが食事の用意を整えてくれる。近所からも差し入れをいただいた。
食器を出すのは慣れているらしくてゆっくりとした動きだが躊躇いはない。
「いいよ、今日くらいオレがする」
「そう?じゃあ、お願いしてもいいかしら」
日が落ちて薄い明りの中では顔が上を向くが視線があうことはない。
細い首から頬にかけて手を添えて視線を合わせるようにする。
「じゃ、ティアはお茶でも飲んでて待ってて?」
「ありがとう」
ソファーにエスコートしてその手に温かいカップを持たせる。
「うわ、誰だあれ」
「げろ甘」
口の悪い奴らはたたき出したほうがミルティアのためだろう。
「や、悪いって」
「仕方ないだろ。ギャップありすぎだって」
お前たちだって相手で態度変えるくせに。
「まあ。宰相様の?それは、苦労されましたでしょう?学園では」
「正直、人間関係に行き詰まりまして、先ほどの彼女に相談に乗っていただいたんですよ」
「まあ、素敵なお話ね」
にっこりとおっとりと会話をしている。
「でも羨ましいですわ」
「そうですか」
「きっと。お父様の背中を追いけるのは大変で後追いとは言われるでしょうが、きっと上ったところはいろんなものが見えて見晴らしがよさそうですもの」
その地位にないと見えないことは意外と多い。見えないものは存在しないものと扱われてしまうからだ。ただ、上に立てば本人が望めば下のものを知ることが出来る。その逆は出来ない。
「きっと、そのようなことに悩む方でしたら素晴らしい大人になれますわね」
おっとりと微笑むミルティア。ぼっと顔を赤くして俯いてしまった。
「あー、オレも彼女に相談に乗ってもらってから仲良くなって」
助け舟のつもりで話を注ぐ。
「なんかこう、親の敷いたレールの上を歩くのがちょっと癪に障るって言うか、ほんとにこれでいいのかなって言うのがあってさ」
「まあ」
「彼女に、自分は自分でいいんだって言ってもらって自信がついたというか」
「そうですの。しっかりご自分の考えをもたれることに自信がついたのですね」
「うん、まあ。ちゃんとおやじにも自分の意見を言えるようにもなったし。感謝してるんだ。将来、まだ、何をやりたいかは決まってないけど」
照れてしまう。
「もともと、何かをしたいと強く思っている人は少ないのですよ?」
楽しげにミルティアは苦悩する少年に言う。
「せいぜい、生きるに困らないくらいの生活をしたい、家族が欲しい、人の役に立ちたいくらいじゃないでしょうか。何をやりたいかという前に、まずは経済的な基盤が必要ですからね。大抵の人はそこで継続するだけて手一杯ですよ」
庶民はそんなもので、やりたいものがないという贅沢な悩みは馬鹿らしい。
「まあ、でもお父様と違えるのでしたらしっかりと自立なさってからの方が示しがつきますわよね」
反抗しつつも、親の金で生活するなんて拗ねている子供だ。自分が意見を出して曲げなくないなら自分の生活くらいは自分で賄ってからだろう。
「雲上人のことは私ではわかりかねますが」
自分の今までの甘えに気づかなかった。
どうして、わかってくれないのかと不満ばかりだった。まずは、たっている土俵が違うのだ。真剣に取り合ってくれなくて当然だろう。
「苦悩されるほどでしたら、よい指導者になられるのでしょうね」
その笑顔に撃沈してしまった。
顔を上げることが出来ない。恥ずかしすぎる。
自分の視野の狭さと、ただのわがままに。
それを軽蔑もせずに、未来を信じてくれる彼女の笑顔にそれほどの悩みでなかったはずなのに、胸を打たれてしまった。あらゆる意味で顔を挙げられない。ただ、彼女にはテーブルをはさんだ向かいくらいではこっちが顔を上げていなくてもばれないようだ。
不思議に思われていない。
天使の笑顔に身もだえする男たちを見つけたアシュアは苛立つ。求婚の姿勢をとっている気の早すぎる馬鹿を殴り倒し、まだ、悶えている馬鹿を拳で落ち着けさせてミルティアを抱きかかえてダイニングに座らせる。
食事の最中も甲斐甲斐しく世話をすることで牽制する。
あの勘違い女はそれでは駄目だといい続けるし、苛立ちは最高潮だ。
「アシュ?疲れてない?」
天使の声に癒される。
「ごめんね。お客様が来たから部屋がなくて、今夜は私のところでいい?」
鼻血を吹かなかったことを本当に褒めてほしいと思う。
なに、そのご褒美。
何度も洗濯して薄くなった夜着を来たミルティアに襲い掛からなかった自分は伊達に2人で過ごしていない。きちんと彼女に受け入れてもらえるようになってからがいい。
今は、就職もしていないからそんなことはいえないが、来年からは仕事をして今よりももっといい暮らしをさせてあげられる。人を雇って不自由なく暮らして、暇だというなら今の機織も続けてもいい。出来れば、子供を作ってそっちに専念してもらいたいがそこは要話し合いだろう。
将来について考えることで煩悩を振り払う。
部屋の床にシーツを作ってそこで寝ようとした彼女を無理に抱き上げて狭い彼女のベッドで彼女を抱きかかえながら吐息を感じながら一晩を過ごした。
薄い服から伝わる体温が心地よい。
血管が透けるんじゃないかという白い肌に、真っ赤でプルプルの唇を存分に眺める。念写しておくのだ。せっかく長い時間をかけて未亡人の教授に教えてもらった技術をここで生かさないでどうするのだ。
腕を細い腹に巻き付けて下乳の感触を腕に覚えさせる。
しっかりミルティアを補充してこれでまた頑張れる。引っ越しの話を明日して、そして、卒業したらプロポーズするんだ。
無警戒な義理の姉の寝顔を見ながら理性を保つための妄想を膨らませたり、有意義な夜だった。