緑のウロコ
あの緑色のウロコは竜のウロコらしい。信じられない話だが、あの情景を見たら信じるしかなさそうだ。
今日は夏休みの登校日である。
部活があるので、いつものように学校までやってきているが、今日ばかりは制服を着てやっているのが気分はいくらか新鮮な気分だ。
クラスメイトがいるなか、先に来ている砂彩に、俺は挨拶をした。
「おはよう。指一本を使うのも嫌がるメンドくさがりの慶次君」
どこまでひっぱる気だ……そのネタ。
「使ったらおしまいなんだから、普通使うのを惜しむだろ。十本しかない貴重な指なんだし」
「物は使ってこそ価値がでるものでしょう? 使わずに死ぬまでとっておくなんて、それこそ無駄じゃないの。ゲームで、全回復アイテムを最後まで使わずにクリアするようなものよ」
「あれは保険なんだよ。カツカツでやっていってもいかんだろう。いくつか残した状態でクリアをするのが正しい攻略方法だ」
「本当につまんない奴。あんたは金を握ったまま死ねばいいのよ。握っている金は私が拾ってあげるわ」
「相変わらず、お前は俺に恨みでもあるのか? 何度も話の中で俺のことを殺しやがって……」
「まあまあ、『からかってもらえるのは愛されている証拠』よ。悪いものじゃないわ」
奏多先輩には一度言われた言葉だが、こいつに言われても殺意しか沸かない……
「お前が俺を『愛している』とは知らなかったよ」
「あいらぶゆー」
「うっせぇ!」
いい加減、こいつの軽口に付き合うのにも疲れてきた……
俺は自分の机に戻っていく。横目で砂彩の事を確認すると、砂彩はカバンの中から何かを取り出していた。
『あれは……竜のウロコか……』
あの時、手に入れた竜のウロコを、砂彩は今でも持っていたのだ。小さなビニール袋に入れて、ウロコを大事そうに扱っている砂彩は、うっとりとした顔をしてウロコの事を見つめている。
『俺の事よりも、そいつの方を愛しているだろう……』
俺なんて目もくれていない砂彩。彼女は、あの池の竜にご執心のようである。
砂彩に挨拶をしようなんて、考えなきゃよかった……
登校して、いきなり疲れる事をしたため、俺は、バタンと机に突っ伏した。
そこにクラスメイトの一人がやってくる。俺は首だけを回して、そいつの顔を見た。クラスでも有名な噂好きな奴の一人だ。
「お前……砂彩と付き合っているんだって?」
いきなり聞かれた言葉に、俺は目をギョッっとさせた。
……なんでそんな話になっているんだ……?
一緒のクラブに入っているだけだ。あいつと付き合っているワケじゃない。
「どうやったんだよ? 普通は、あいつと十秒会話をするだけでも厳しいってのに」
「俺もあいつとの会話は厳しいよ……」
本来、砂彩は教室ではそういう扱いだ。
とっつきにくい高嶺の花。そういうイメージがある砂彩と、付き合っているなどという噂が立てば、衆目の的になるのは想像に難しくない。
辺りを見回してみると、教室のクラスメイトは、全員が俺の言葉に聞き耳を立てている。
「付き合っているわけじゃない……」
最近、言い訳を考えることが多くなった。
何と言えば、みんなは納得するだろうか? そう考えながら言葉を捜していると、砂彩がやってきた。
「何を言ってるのよ。認めちゃいなさい」
俺は砂彩に言われて、頭が真っ白になった。
「認めていいのか……?」
こんな噂がたつのは、砂彩にだって迷惑なはずだ。それなのに『認めていい』とか、どういうつもりで言っているんだ……
「慶次の左手の薬指は、もう私のものだからね」
「どこまで引っ張るんだよ、そのネタ!」
『なんか、左手の薬指とか言ったぞ……』『あの噂は本当なの……?』俺たちの会話を勘違いして捉えたクラスメイトから、そういった声が聞こえる。
『やっぱ、美色ちゃんの言っていた事は本当だったんだ……二人が道端でキスをしていたって……』その中からそんな声も聞こえる。
やっぱり美色ちゃんだったか……『誰にも言わない』とか言っておいて、結局クラスメイト全員が知ってるじゃないか……
「ほら……行くわよ」
俺は砂彩に手を引かれるまま、教室を出て行った。




