竜の世界
澄み切った水の中に砂彩は居た。
優しくたゆたう水を通って、綺麗な光が上からさす。それが上下左右にいっぱいに広がっている空間だ。
呼吸はできないが息は苦しくない。むしろ眼前にいる巨大な竜の姿を見て、呼吸を忘れて息を飲んでいるくらいだ。
子供の頃に、その竜と会った時と、まったく同じシチュエーションである。ふと、手を伸ばした砂彩は、竜の顔に手を滑らせた。
『この感触だ……』
子供の頃に感じ、片時も忘れる事のなかった感触である。
『あれは夢じゃなかった……』
子供の頃の体験が、夢ではなかった事を確かめることができた。
それがたまらなく嬉しくなってくる砂彩。
竜は体を動かし、砂彩から離れていこうとした。ウミヘビのように体をくねらせて水の中を泳ぐ竜に、砂彩はたまらなくなって手を伸ばした。
『待って! 何かが欲しい! あなたと会った事が、嘘でも偽りでもないと感じられるような、何か!』
水の中で声を出す事はできない。口だけが動いて竜に向けて訴えかける。
竜は、動きを止め、まるでクジラの目のように優しく見える丸い黒瞳を動かして、砂彩の方を見た。
そうして、砂彩の前に緑色に光る何かが現れる。
砂彩がそれを掴んだ瞬間に、水が急に流れ始める。その流れに翻弄をされ、竜から離されていく砂彩。
自分が握った緑色に光る物を離さないように、体を丸めて守る砂彩。小さくなっていく竜の姿を、砂彩は心残りの消え失せた、曇りのない目で見送っていった。
目が覚めると、砂彩の目の前には黒ずんだ祠が見えていた。
「砂彩! 大丈夫か!」
そう声が聞こえ、目を開けて首を回す砂彩。
「あたし……どうなったの?」
「池から放り出されてきた。『吐き出された』っていうような感じで……」
そう言われて、砂彩は背中の痛みに気がついた。おしりや足をさすりながら、かなり乱暴なやり方で『こちら』に戻されたのだろうと気付く。
俺は背中を抱え、砂彩の事を抱き起こした。
「いたっ……」
砂彩が小さく言うと、俺はそのまま手を止めて、起き上がる途中のままの姿勢で砂彩の事を抱えた。
砂彩の細い肩が震える。いろんな感情がゴチャ混ぜになっている今の砂彩は、胸に溜まった感情を、大きく息を吐き出した。
「いい……起こして」
砂彩が言うのに、俺は、ゆっくりと砂彩の体を起こしていく。
俺が体を起こすと、砂彩は体を丸めて胸の前で手を握った。
「持って来れたんだ……」
手に握っている緑色のウロコを見ながら、砂彩は言う。
すでに雨はあがっており、先ほどの曇り空が嘘のように、空は晴れ渡っていた。
いくつもの木の葉は水滴を作っており、それから一つの雫が落ちて池の中に落ちていく。
できあがった波紋を見る砂彩は、感慨深げにその波紋を見つめていた。




