部室に残っているのは砂彩だけ
不毛なことに大半の時間を使ったものの、調理実習室の使用許可はしっかりともらってきた。
その事を報告するために、部室に戻ってみようと思うものの、あの三人はおそらく帰っているだろう。
むしろ、あの気まずい雰囲気のまま、ずっと部室に篭もりっきりであったのならば、よほどの精神力を胆力を持ち合わせている事になる。
そんな根性があるなら、ほかの事に使えと言いたくなるくらいだ。
「俺の心配は必要だったかな……」
俺が部室のドアを開け、隙間から中をのぞき込む。
すると、一気にドアが開け放たれ、俺の前に砂彩が立っている姿が見える。
「なんでドアを開けて中を覗いているのよ? 入ってきなさいよ」
そう言う砂彩は一人。魅成と見空は帰っているのだろう。
「あんたが帰ってくるのがあんまりにも遅いから帰らせたのよ。私からあの二人に連絡をする事になってるわ」
携帯を取り出す砂彩。
「それで? いつの何時くらいに使える事になったの?」
メールで二人に連絡をするつもりらしい。
「俺の方から伝える。番号教えてくれ」
「ふざけないで! 私が連絡するわ!」
何を、いきなり大きな声を出しているんだ……
肩をいからせ、俺に食ってかかりながら言う。
「番号が知りたいなら本人に聞いて、勝手に人の番号を他人に教えるわけにはいかないもの……」
そりゃ、ごもっともだ……
勝手に携帯の番号を教えられるというのは、迷惑なもんだ。面倒だが、そうするのが正しい。
「ついてきて……」
メールを送り終えた砂彩は、俺の手を掴んだ。
俺は砂彩に言われた通りについていった。
「ここは……?」
目の前に見える建物を見ても、状況が飲み込めない俺は、間抜けな質問であるのを分かった上で、砂彩に向けて聞いた。
「見て分かんないの? スーパーよ」
まあそうなんだろうな……
『えぷろん』という名前の看板が目の前に見え、入った先に見えるのは野菜売り場だ。
この時間は人が多い時間のようで、主婦だけではなく、仕事帰りのサラリーマンの姿も見える。
混雑をしているスーパーの中に、砂彩に手を引かれて入っていく。
「どうして、俺はここに連れてこられたんだ……?」
「ここまで付き合っておいて、いまさら何を?」
学校を出て、いくつもの交差点を渡り、ここまでやってきた。
本来、もっと早く聞いておいてもいいはずであった。今になるまで、何も聞かなかった俺も俺だろう。
「まあ、そうなんだが……」
俺が言うのが、聞こえているのか、聞こえていないのか分からない様子で、ズンズンと奥に入っていく砂彩。
「慶次。好きな食べ物は何?」
「カレーかな?」
「お子様な舌ね。もっと作り甲斐のあるものを言いなさいよ」
だから、なぜ俺は罵倒をされる……?
片手でカートを押し、もう片手で俺の手を掴みながらの砂彩は、カートの中にじゃがいもやニンジンなんかを放り込んでいく。
「あれから審査員を慶次にする事に決めたの。だから、直接作って欲しいものを聞こうと思ってね」
「カンニングに近いぞ」
「カンニング禁止なんて、ルールになかったわよ」
俺から直接、好きなものを聞く。それを作れば、採点の時に有利に働く。
俺の帰りが遅いから二人を帰らせた。その事だって、二人に砂彩のたくらみを読ませないように打った芝居なのだ。
「意外と、いい性格をしているなお前」
「今回は慶次の方から嫌味を言うのね」
砂彩がそう言うが、悪い気がしているという感じではない。
むしろ、自分の賢い部分を褒められたのを嬉しがっているような感じだ。
「性根が悪いってだけだ。そこまで、自慢できる事じゃないだろう?」
「今度の嫌味は、嫌な嫌味ね」
そこで初めて、ぶすっとした顔をした砂彩は、俺の手を掴んでいる手を外した。




