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目を開けると、七海は、祈りを捧げる少女を真上から見下ろしていた。
フワリフワリと音もなく石畳の上に降り立ち、少女の背後に立つ。
『ねぇ。』
声をかけると少女は弾かれたように振り返り、零れ落ちんばかりに目を見開いた。
「貴女様は…?」
『助けが必要なのでしょう?私に何かできるかしら?』
「そんな…まさか…。」
少女は今にも泣きだしそうに眉尻を下げている。
もしかして、勘違いだった?
助けてなんて言ってない?
『呼んでないの?』
不安になって聞き返すと、少女は大きく横に首を振った。
「ご…ごめんなさいっ!うぅっ…っ…。」
とうとう泣き出した少女に笑いかけながら、ゆっくり問いかけた。
『何を謝るの?』
その時、轟音とともに部屋の壁が大きく崩れた。
どうやらここは高い塔の最上階だったらしい。
崩れた壁の向こうに見えるのは、沈んでいく2つの太陽。
空は鮮やかに染まり、すべてを朱く染めている。
見上げると、上空に竜のような生き物が旋回している。
『あれは、何?』
少女に視線を戻して尋ねると、蚊の鳴くような声で、竜神様と返答があった。
『…そう。あなた、あれに食べられることを望まれているの?』
こくこくとうなずく彼女に届くように、ゆっくりと、言葉を紡いだ。
『神は、生贄など必要としないわ。生きることを諦めてはだめよ。』
上空で旋回していた竜が咆哮とともに火を噴きだした。
少女の瞳には絶望しか浮かんでいない。
『あの竜は、火以外の攻撃をしてくるの?』
ふるふると頭を横に振って、彼女は答えた。
『そっか…。』
右手を左の肩あたりに翳すと、銀細工の腕輪から眩い光が漏れ出し、細工の中に描かれていた剣が具現化して右手に収まった。
刀身が真っ黒のその剣は、剣というよりは刀に見える。
戦い方を覚えている。
『私は、信じる。ここを切り抜けて、一緒に生きて帰れることを。』
だから、力を貸してね。
ふふふと笑いながら、優しく話しかけてみたけど、少女は驚いて固まってしまっている。
短く小さく詠唱しながら剣舞を舞う。
竜に向けて放つ。
誰にも溶かせない絶対零度のブレス。
太陽が沈み、朱く染まっていた空も、赤紫に色を変えている。
太陽が沈んだあたりをじっと眺めていると、後ろから少女がしがみついてきた。
わんわんと声をあげて泣く少女を抱き込み、背中をそっと撫でながら、もう大丈夫と繰り返した。
やがて泣き疲れて寝てしまった少女をそっと床に下ろし、崩れた壁の向こうを眺めた。
いくつもの星が出ていて、とても綺麗だ。
『…?』
塔の下のほうから、念の力を感じる。
左肩に手を翳して蔦を出現させると、塔の下まで伸ばしてその念を送ってくる何かを拾い上げた。
『…あなた。さっきの竜ね?』
力加減がうまくできなかったせいで、ブレスが直撃した竜の体は30cmほどまで縮み、凍り付いている。
『贖罪が必要かしら?謝る気はあるの?まぁ、許してもらえないと思うけど。』
そのまま、崩れた壁のあたりにオブジェと化した竜を放置し、少女の横に横たわると目を閉じた。