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第70話:星の鼓動

晴れ渡る青空の下、アルカディア中央駅前広場は、文字通り足の踏み場もないほどの人々の熱気に包まれていた。

 『西方・東方両大陸直通・大陸横断魔導鉄道・全面開通記念式典』。

 駅前大通りには万国旗が翻り、屋台からは香ばしいソーセージや焼き立てのパン、東方のスパイシーな肉料理の香りが立ち上っている。

 集まったのは、かつて戦争に怯えていた帝国の庶民たちだけではない。

 山を降りてきた頑固なドワーフの鍛冶屋たち、森からやってきた気品あるエルフの薬師たち、尻尾を揺らして駅弁を売り歩く獣人の若者たち、そして揃いの青い作業着を着て誇らしげに胸を張るアーノルド率いる保線員たち。

 種族も国境も、かつての身分や敵味方の確執すらも越えて、何十万人もの人々が肩を組み、手を取り合い、新しい時代の幕開けを祝っていた。


「まもなく、記念すべき大陸横断直通・超特急『創世号』の発車時刻となりますにゃ!」

 駅の時計塔の下、純白のチーフ車掌服に身を包んだミュウが、ピンと背筋を伸ばして壇上から高らかに宣言した。

「ハルト総裁、アステリア副総裁、どうぞ出発合図をお願いしますにゃ!」


 大歓声が地響きのように広場を揺るがした。

 プラットホームの中央、お召し列車仕様に磨き上げられた白銀の創世号の前に、ハルト・クゼとアステリアが歩み出た。

 アステリアは胸元に輝く母の形見の歯車ペンダントにそっと触れ、それから広場を埋め尽くす民衆へと向けて、満開の笑顔で手を振った。

「みなさん! この鉄路は、みなさんの信じる力と汗によって拓かれました! この道は、どこまでも続いていきます。誰もが自由に、安全に、行きたい場所へ行ける世界へ――!」


「十時零分。――大陸横断特急、創世号、出発進行!」

 ハルトが白手袋の右手を前上方へと鋭く掲げた。


 ファァァァァァァァァァァンッ!!


 青空を突き抜けるような、どこまでも澄み切った汽笛の音が響き渡った。

 舞い散る色とりどりの紙吹雪と花びらの中を、創世号は音もなく滑らかに動き出した。

 割れんばかりの拍手と歓声が見送るなか、白銀の巨躯はみるみるうちに加速し、二つの大陸を結ぶ希望の鉄路へと吸い込まれていく。

 それは、文明が勝ち取った最高の栄光の瞬間であった。


 ――だが、その歓喜の絶頂の裏で。

 創世号の最深部、通常運行では決して開かれることのない古代超構造区画において、静かな異変が起きていた。


 ピピッ……ピピッ……ピピッ……。


 電子音に似た、無機質で冷徹な警報音が、パノラマコックピットの副操作卓から漏れ聞こえたのである。

「……え?」

 アステリアが足を止め、怪訝そうに眉をひそめた。

「ハルト様……この音は、何でしょう? 創世号のメインシステムは、すべて正常値を示しているはずですが……」

「いや。これは車両の故障ではない」

 ハルトの表情から、いつもの穏やかな笑みが消えていた。

 彼は迷いのない足取りでコックピット奥の秘密コンソールへと歩み寄り、胸ポケットから取り出した特製の魔導ピンをキースロットへと差し込んだ。


 カチリ。

 コンソールのホログラムスクリーンが展開され、深紅の古代ルーン文字が激しく点滅を始めた。


『――警告。惑星中枢観測システム、臨界限界値ヲ突破』

『――深度三千キロメートル・コア外郭ニ於ケル、龍脈血栓ノ肥大率、八十七パーセントヲ検知』


「龍脈の……血栓……!?」

 アステリアが息を呑み、スクリーンに映し出された立体映像を凝視した。

 そこに映っていたのは、この惑星そのものの輪郭であった。

 そして、星の内部を網の目のように巡る青い龍脈(マナの血管)の数箇所が、ドス黒く澱み、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がっていたのである。


『――原因:旧文明末期ノ過剰魔力搾取、及ビ長期ニ渡ル地脈循環ノ停滞』

『――予測:現状ノ循環率ガ維持サレタ場合、残サレタ猶予ハ惑星時間ニテ三六五日』

『――一年後、血栓ノ完全閉塞ニ伴ヒ、星ノ核(マントルコア)ハ不可逆的ニ崩壊・破裂ス』


「そ、そんな……! 一年後に、世界が……星そのものが崩壊するですって……!?」

 アステリアは血の気を引き、崩れ落ちそうになる身体を壁に預けた。

 第一皇子の野望を打ち砕き、二つの大陸を繋ぎ、ようやく手に入れたはずの平和。

 その足元で、大地そのものが致死の心不全を起こそうとしていたのだ。


『――回避プロトコル:超電導魔導軌道ニヨル全球規模ノ龍脈バイパス回路ノ完成』

『――要求仕様:未踏ノ北方極寒大陸、及ビ南方灼熱砂漠ヲ網羅スル、全大陸環状魔導鉄道網ノ敷設』

『――期日:一年以内』


 古代の記録コアは、それだけを告げると、沈黙へと戻った。

 コックピットに、重苦しい静寂が降りる。

 全大陸を一周する環状鉄道を、わずか一年で完成させる――。

 それは、これまでの暗黒海峡横断ですら児戯に思えるほど、常識を絶した絶望的な土木工事の要求であった。


「……ハルト様、私たち……どうすれば……」

 アステリアが縋るような瞳でハルトを見上げた。

 だが、ハルト・クゼの眼差しには、絶望の色など欠片も宿っていなかった。

 それどころか、その双眸には、かつてないほど鋭く、熱い知性の炎が燃え盛っていたのである。


「なるほど。合点がいったよ」

 ハルトは静かに銀の懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。

「なぜ古代文明が、これほどの超技術を持ちながら『創世号』と『鉄路』を遺したのか。……鉄道とは、単に人や荷物を運ぶための乗り物ではなかったんだ」


 ハルトはアステリアを振り返り、力強く、どこまでも頼もしい声で告げた。

「大地に銀のレールを敷き、魔導列車を走らせる行為そのものが、星の滞った血管を流し、星の命を循環させる『人工バイパス手術』だったんだよ」

「星の……バイパス手術……!」

「ああ。病気で弱っているなら、治療すればいい。道が途切れているなら、繋げばいい。――やるべきことは、これまでと何一つ変わらない」


 ハルトは懐中時計の秒針をカチリと見つめ、胸ポケットへと収めた。

「タイムリミットは一年。猶予は一秒もない。……全線区の保線員、ドワーフ、エルフ、世界中の鉄道員を総動員する」

 ハルト・クゼは凛とした笑みを浮かべ、未来の鉄路を見据えた。


「世界を救うための、史上最大の『全大陸突貫ダイヤグラム』を引くぞ。――アルカディア鉄道、次の停車駅は、世界の果てだ」


(第3章 完)

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