第49話:突貫! 海上高架橋梁工事
午前六時零分。
夜明けの薄墨色の空と、荒れ狂う暗黒海峡の海原が溶け合う水平線に、前代未聞の船団が姿を現した。
黒鉄山脈の精錬所から出港した数十隻の超巨大作業台船、巨大な鉄骨ブームを天に突き上げる魔導起重機船(クレーン船)、そして無数の資材運搬船。
煙突から吹き上がる白い蒸気と、ドワーフたちが打ち鳴らすドラの重低音が、吹き荒れる潮騒を圧倒して海峡全体へと轟き渡る。
前代未聞の超巨大プロジェクト――『暗黒海峡横断鉄道・海上高架橋梁工事』が、ついにその幕を開けたのである。
「野郎ども、気合いを入れろぉぉぉっ! 海竜だろうが大波だろうが、ドワーフの鉄の魂を叩き込んでねじ伏せるぞ!」
先頭の巨大台船の甲板上で、上半身裸に皮のエプロンを締め、巨大なメガホンを握りしめて怒鳴り散らしていたのは、バロック棟梁であった。
周囲では、数百名のドワーフ工夫たちが、全身から立ち上る湯気とともに太い筋肉を躍動させ、太いワイヤーロープを締め上げている。
その台船の中央に鎮座していたのは、山一つ分にも匹敵する巨大な鋼鉄の塊――『第一号沈埋ケーソン』であった。
直径三十メートル、高さ四十メートル、重量五千トン。
ミスリルと竜鱗鋼を重ね合わせた多層構造の円筒形ブロックは、底面が鋭利な刃物のように加工された「刃口」となっており、海底の岩盤を直接切り裂いて沈下する構造となっていた。
「ハルト総裁! 潮位、波浪、風速ともに、事前の予測ダイヤグラムと完全に一致ニャ!」
観測甲板の望遠鏡から目を離し、ミュウが跳び上がりながら報告した。
その隣で、作業着の上に反射ベストをまとったハルトが、ストップウォッチのボタンを押した。
「午前六時十五分、干潮のピークです。波のうねりが最も小さくなるこの四十分間で、第一号ケーソンを海底へ沈下させます。――沈下作業、開始!」
ゴオオオオオオオオッ!!
ハルトの号令とともに、起重機船の四基の超巨大ウインチが一斉に唸りを上げた。
太さ三十センチにおよぶ鋼鉄のワイヤーが軋みを上げ、五千トンのケーソンがゆっくりと海面へと降ろされていく。
ザッパァァァァァンッ!!
白い飛沫が数十メートルの高さまで吹き上がり、荒れ狂う海面が激しく波打った。
だが、ケーソンの内部に注水弁が開かれ、バラスト水が満たされるにつれ、巨大な鉄の円筒は自重によってグングンと深海へと沈んでいく。
ドズウウウウウウン……!!
水深五十メートルの海底に、ケーソンの刃口が到達した鈍重な衝撃が、海面上の台船を揺らした。
着底成功。
だが、真の難所はここからであった。
ただ沈めただけでは、潮流によって橋脚は流されてしまう。海底の泥と砂を掘り抜き、その下にある太古の玄武岩層にケーソンを深々と埋め込まなければならないのだ。
「高圧空気、注入開始! 作業室の海水を押し出せ!」
ハルトの指示のもと、巨大な魔導コンプレッサーが轟音を立てて圧縮空気をケーソン内部へと送り込んだ。
プシューーーーッ!
ケーソン下部の作業室から海水が完全に排出され、気圧で満たされた空間が海底に誕生する。
そこへ、防圧ヘルメットを被ったドワーフの掘削部隊と、六脚の魔導削岩ゴーレムが、垂直シャフトのエレベーターに乗って次々と深海へと降りていった。
ガガガガガガガガッ!!
ドカドカドカドカッ!!
海底五十メートルの底で、灼熱の削岩作業が始まった。
ゴーレムの超硬度ドリルが海底の岩盤を砕き、ドワーフ工夫たちがツルハシを振るって土砂を一輪車で掻き出す。
掘削された土砂が圧縮空気によって海上へと吹き上げられるたび、ケーソンの巨躯がズズズ……と数センチずつ、確実に海底の岩盤層へと沈み込んでいく。
――だが、その時であった。
ヒュオオオオオオオッ!!
海峡の彼方から、突如として空が黒雲に覆われ、風速三十メートルを超える突風が吹き荒れた。
十メートルを超える狂乱の大波が、台船の舷側に容赦なく叩きつけられる。
海峡の魔力が暴走し、海底の岩盤から漏れ出した黒いマナの奔流が、渦潮となってケーソンを揺さぶり始めたのだ。
「棟梁! 風圧でクレーンのワイヤーが千切れそうだ! ケーソンが傾いちまうぞ!」
「くそっ、あと三メートルで基盤層に達するってのによぉ!」
ドワーフ工夫たちに動揺が走った。
ケーソンが傾いたまま岩盤に噛み合えば、橋脚としての強度は破綻し、数千トンの鉄塊が海のゴミと化してしまう。
誰もが絶望しかけた、その瞬間――。
「風の精霊たちよ、我が歌に応え、荒ぶる大気を鎮めなさい!」
凛とした神聖な声が、暴風雨を切り裂いて響き渡った。
作業船の船首に現れたのは、翡翠色の美しい長髪を翻すエルフの警備隊長イリアス、そして数十名のエルフの精霊術士たちであった。
彼女たちが白銀の弓を天に掲げ、一斉に調和の祈りを捧げると、緑色に輝く風の結界がドーム状に広がり、作業海域をすっぽりと包み込んだ。
ビュービューと唸っていた突風が瞬時に遮断され、クレーンの揺れがピタリと止まる。
「エルフの嬢ちゃんたち……! 恩に着るぜ!」
「礼なら後にして、棟梁! 結界の維持は十五分が限界よ! さっさとその鉄の柱を埋め込みなさい!」
「応よぉぉぉっ!!」
種族の壁を越えた奇跡の連携。
ドワーフの怪力とエルフの精霊魔法、そしてハルトの精密な施工管理が、荒れ狂う自然の猛威を完全に凌駕した。
ズズウウウウウン……ッ!!
ケーソンが、目標深度の堅固な玄武岩層へと完全に定着した。
直ちに耐海水性魔導速乾コンクリートがシャフトを通じて流し込まれ、海底から海面を突き抜ける、純白の巨大なケーソン橋脚が海の上に完成した。
そこへ、クレーンがミスリル耐食鋼のトラス桁を吊り上げ、ガシャリと完璧に噛み合わせる。
最後に、銀のレールがミリ単位の狂いもなく敷設された。
「……敷設完了! 第一径間、結界レール導通確認!」
ミュウの叫びとともに、海の上に架けられた銀のレールが淡い青光を放った。
その瞬間、レールから放出された整流魔力波が海面へと広がり、周囲数キロにわたって白波が凪ぎ、まるで静かな湖水のように穏やかな水面が広がっていった。
海竜たちも光の結界に怯えて深く潜航し、空の暗雲の切れ間から、黄金の朝の陽光が海上のレールを美しく照らし出した。
「お……おおおおおっ!!」
「繋がった! 海の上に線路が架かったぞぉぉぉぉっ!!」
船団の工夫たち全員から、地鳴りのような大歓声が沸き起こった。
ドワーフもエルフも人間も、泥と潮水に濡れた手を取り合い、肩を抱き合って歓喜の涙を流した。
不可能と言われた暗黒海峡に、人類の叡智と団結の証である一本の鉄路が、いま確かにその第一歩を踏み出したのである。




