2 思わぬ再会
私とセインが離縁したことはすぐに社交界に広まった。
それと同時にセインとマイラさんが良い仲なのでは?という噂も広がり、私のことを哀れな目で見るご令嬢やご令息が後をたたなかった。
もしもセインとマイラさんが婚約を発表したら、私はさらに肩身が狭くなるだろう。
そんな私の気持ちを察したのか、ある日お父様は私を執務室に呼ぶと、私の肩に触れてこう言った。
「リナ、モンテタールに帰ろうか」
「・・・モンテタールに?」
私たちは四年ほど前に隣国のモンテタールからここラビナス王国に移り住んできた。
父方のお祖父様がこの国ラビナスの侯爵の爵位を、母方のお祖父様がモンテタールの侯爵の爵位を持っていて、私は母方の家で生まれ育ったのだ。
私が18歳で社交界に出ることになり、父方のお祖父様のお誘いもあって両親と一緒にラビナス王国に移り住んだのだけれど、いつでもモンテタールには帰る家があった。
「でも、お父様にとってはラビナスが故郷でしょう?モンテタールに帰ることになってもいいの?」
「私は結婚してから20年以上もあちらで暮らしていたんだぞ?今ではモンテタールの方が故郷という感覚に近いんだ」
お父様はこちらに来てからというもの、幼なじみやご学友との交流を楽しんでおられたのに・・・。
「お父様・・・ごめんなさい。私のせいで・・・」
「これはお前のせいじゃない・・・。あの男が悪いんだ。あんな男との結婚を認めるんじゃなかった。あいつはヘラヘラしていて初めから気に食わなかったんだ」
そう言ってお父様は私の涙を拭うと優しく微笑んだ。
「あちらに戻ってまた一からやり直そう。この国でのことはすっかり忘れてしまいなさい」
簡単に忘れられるものではないけれど、ここから離れた方が幾分気持ちが安らげるのではないかと思った。
「はい。そうします」
こうして私は両親と共に隣国のモンテタールに帰国することになったのだった。
モンテタールに戻った私は、すぐに仕事を探すことにした。
この国では爵位を継がないご令息や未婚のご令嬢は働きに出るのが一般的だからだ。
先日叔父様(お母様の弟)が修道院でマナー講師をするのはどうかと提案してくださったので、私はさっそく見学してみることにした。
お昼頃に屋敷を出て馬車で二刻程揺られていると、長閑な田園地帯の中に大きな修道院が見えてきた。
この修道院では修道僧たちが住み込みで修練しているのはもちろんのこと、孤児院の運営もされている。
私が紹介された仕事というのは、その孤児院の孤児たちにマナーを教え、時には遊び相手になるというものだった。
修道院の門を通り抜けて馬車が停止すると、修道服を着た年配の男性が私を出迎えてくれた。
『ようこそ。長い道のりご苦労でしたね』
『初めまして。リナ・セルディーンです』
『初めまして。神父のモーガンです』
『神父様、よろしくお願いいたします』
彼がこれから孤児院まで案内してくださるそうで、私は彼の後をついて歩いた。
ここには大聖堂と修道僧たちのお住まい、それに孤児院と治療院が併設されていて、この地域では一番大きな修道院だった。
私も幼い頃に何度かこちらの大聖堂に来ていたことをうっすらと覚えている。
孤児院の中に案内されると、玄関ホールの隣に机と椅子が並べられた教室があって、今まさに子供たちがペンを握って勉学に励んでいるところだった。
教壇には修道僧が立っていて、黒板に簡単な文字を書き連ねている。
『子供たちには毎日ここで文字を教えています』
『皆さん真剣に取り組んでいますね』
『えぇ。真面目な子たちばかりで私も関心しています。あなたにはマナー講師としてここで週に2回、一般的なマナーを子供たちに教えていただきたいんです』
黒板を見つめる子供たちの瞳は好奇心と学べる喜びで満ちていた。
私にこの子たちの講師が務まるかしら・・・。
『難しく考えなくても大丈夫です。私は子供たちが楽しく伸び伸びと学べればいいと思っているんですよ』
『楽しく伸び伸びと・・・』
しばらく講義の様子を見せていただいた後、神父様は治療院にも案内してくださった。
治療院は二棟に分かれていて、一方には診療室と待合室があり、もう一方は病棟になっていた。
私は病棟の二階の廊下を歩きながら、ふと疑問に思ったことを口にした。
『こちらにはどういった方が来られるんですか?』
『大体は街の治療院では治療費が払えない人たちです。ここでしたら相場の四割程で治療を受けられますから』
『そんなに違うんですね・・・』
『それも商会や貴族の方々からの寄付のおかげです。あなたのお祖父様からも毎年多額の寄付をいただいていますよ』
『そうでしたか・・・』
神父様が『では次は大聖堂に参りいましょう』と踵を返した時、病室から一人の修道女が出てきた。
『神父様!あの青年が目を覚ましました!』
『ほう、そうですか。それは良かった』
『ですが少し様子がおかしいんです。私は治療師を連れて参ります』
彼女はそう言い残すと足早に診療室のある棟へと向かった。
『神父様、お忙しいようでしたら私はこれで失礼しましょうか?』
『いえ、そういうわけではないんです。数ヶ月前に意識不明の青年が運ばれて来たんですが、ようやく目を覚ましたようで』
そう言って神父様は病室の中へと入ってしまった。
中をチラッと覗いてみると、窓際にベッドが一つ置かれていて、額を包帯で巻かれた青年がぼーっとした様子でベッドに座っていた。
私は中に入るべきではないだろうと判断し、廊下で神父様を待っていた。
『目が覚めたようだね。体調はどうだい?』
「・・・・・」
彼は意識がはっきりとしないのか、神父様の言葉に返答しなかった。
『聞こえるかい?私が見えているかな?』
神父様が彼の肩に手を置くと、次の瞬間聞き慣れた言語が聞こえてきた。
「何を言っているんだ?俺は一体いつからここに?」
ラビナス語だわ!
彼はラビナス王国の人なのね。
でも神父様はラビナス語がわからないようで困っている様子だった。
私が通訳すればいいんだわ、と病室に足を踏み入れると、私に気付いた彼が大きく目を見開いた。
「リナ嬢?」
「え?」
見覚えのある美しいお顔・・・。
「ロアス様!?」
まさか・・・ロアス様が生きていたなんて!!
今後は二カ国語が飛び交います。
「 」はラビナス語、『 』はモンテタール語です☺️




