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その後 2


主人公、誠とまどかのいつも傍らにいた「曜子ちゃん」のその後です。



大学を卒業後、出版社に入社します。

下働きからしだいに推敲・編集の力をつけて、とある恋愛小説家の担当となりました。


彼の名前は里崎護。

身長は高くて、優しい顔立ち。

でも出不精で、執筆をするマンションからは極力出ず、いつもジャージを着て、顎にはひげを生やしていました。

そんな彼だが、書かれた恋愛小説はいつもまずまずの売上で、時には賞もとったりする、売れっ子といっていい小説家だった。


護は、曜子の推敲の確かさや、編集の能力に感心し、担当者として高く評価していましたが、曜子にはひとつ致命的な欠点がありました。

二人で次の話を決める企画で、曜子はかなり奇想天外な提案をしてしまいます。


「まつ毛と眉毛の恋というのはどうでしょうか?」

「……?」

「近いのに、触れ合うことの出来ない距離感って、ちょっときゅんときませんか?」


---- コメディーか? コメディーを書かせようとしているのか?


 しかし、曜子はいたって真剣でした。


「恥ずかしがり屋のわき毛が、時折ちらっと顔を出して鼻毛をみるのだけれど、鼻毛はいつも風に揺られてばかり。……せつないですよね」


 うっとりとしている曜子のことを、どうしても理解できない護であった。


 しかし、端正な顔立ちの曜子が顔を出してくれるのが、いつの間にか護の楽しみのひとつとなっていた。奇想天外な企画も、何となく面白くて、話にはできなくても聞いていたい気持ちになる。


「ゾンビの恋ってどうでしょう。どこまでも果てしなく追いかけてくる強い思い」


------ ホラーか?! ホラーを書かせようとしているのか?


「彼女の外見が崩れきっても、彼の愛する気持ちが揺るがないとか!」


 恥ずかしがって頬を染める曜子を、護は生温かい目で見つめていた。




 変化は突然訪れた。


「曜子ちゃんもこれだけ丁寧な推敲が出来るんだから、何か書いてみれば?」


 護としては軽い気持ちで発した言葉だった。


「ええ……そうですね……」


 一瞬、暗くなった表情がどうしてなのか、護には理解できませんでした。


 そしていきなりの人事異動。

 護の担当が、曜子から別の人に変わることになった。


 護はそれを断固として拒否し、曜子じゃないと小説を書かないとまで突っぱねたが、担当を変わりたい、というのは曜子の強い意志であることが知らされる。


 何故? 急に?



 もんもんと過ぎる日々。


 とうとう護は我慢できず、曜子と会うために、マンションを出て、出版社に行きます。

 外に出てきた護を見て、びっくりする曜子。


 かっさらうように曜子の手を引っ張り、護は近くの喫茶店へ連れて行った。


「どうして、俺の担当から……」


 なかなか話し出さない曜子。


 このまま時がすぎるばかりと思っていたら、顔をあげた曜子の目に涙が。


「私は好きで編集をしているわけじゃない。どれだけ小説を書く側に回りたかったか……でも、あなた達が自然にしていることが、私にはどうしても出来なかった」


 小説を書きたいのに、読むことばかりに長けてしまって、書く側に回れない。

 護には思いつきも理解もできない、曜子の苦悩に愕然とした。


「企画を考えても、私は何も助けにならない。自然と素敵な小説を紡ぎだすのを、羨ましく見ていたけれど、『書いてみれば』の言葉で、抑えていた気持ちが、溢れて。……書きたいのに! 書きたいのに! 書けない……」


 護は黙って曜子の言葉を聞くしか無かった。

 曜子は気持ちを吐き出すと、ひとり店を出てしまった。



 護は部屋で考え続けた。

 そして、ひとつの話を書き始めた。

 それは曜子の企画をアイデアにした恋愛小説だった。



 青年が好きになった不思議な娘は、実はもうすでに亡くなっていた人だった。

 会いたいと思っても会えなかったり、寂しいと思った時に現れたり。

 亡くなった人だと解っても、彼は彼女を追い求めた。


 どんなところに産まれて、どんな生活を送って、そしてどうして亡くなったのか。

 調べていく間に、色々なことが解ってくる。

 彼女とは昔、会ったことがあった。


 そして、彼女は彼のことが、その時から好きだったのだ。


 蘇る記憶。遠い思い出。気持ち。


 彼女が呟いた言葉の意味。


 彼は彼女のことを追いかけ続けるが、生きている者と死せる者とを分ける薄いのに絶対的な壁にいつも阻まれる。


 彼は死を選ぶべきか本気で悩んだ。

 彼女は、もう一度生きたいと、心から願った。


 葛藤や苦しみはあったが、最後に選んだのは、いまのまま生きる道だった。


 彼は生きたまま、彼女は死んだまま、寄り添い続けた。

 

 触れることはできないが、二人はあるがままの相手と自分を受け入れることを選んだ。



 最後のシーンは、二人が初めて出会った場所で、物語の中で一度もなかった、ふたりがそっと手をつなぐシーンで終わる。



 曜子の、眉毛とまつ毛の近いのに触れ合えない恋、そしてゾンビの強い思いを、別の形にして護は恋愛小説にしたのだった。


 そして、作中の女の子の名前を「曜子」にした。



「ちょっとやりすぎかな……」


 おおやけに愛の告白をしているようで、さすがに護も顔を赤くして、落ち着かない日々を過ごした。

 事情を知っている新しい担当の男性には、さんざん冷やかされた。



 そして、ある日。


 曜子がやって来た。



 傍らには、あの小説。



 曜子は、本を差し出した。


「……サイン、下さい」


 戸惑いつつ、護は本を受け取り、表紙の裏にサインを書いた。


 ちょっと悩んだ末に、こう書き足した。



 『 大好きな曜子へ 』



 曜子の頬がかぁっと赤くなる。



 黙りこむ二人。




「あの……」

「……うん?」


「……責任とって下さい」

「……責任?」


「私の、初恋なんです」


 顔を伏せてはいたが、耳先まで赤くなっているのが見えた。


 護はくすっと笑って、曜子の頭に手を置く。



「実は俺もなんだ」


「……え?」


「俺にとっても初恋」


「……だって、恋愛小説家……」


「耳年増で妄想家なの。小説家って」


 唖然とする曜子に、護はそっと手を差し出した。


「まずは……ね?」


 曜子は、護が何を言いたいのか解った。


 曜子もそっと手を伸ばし、二人は手をつなぐ。


 手からはぬくもりが伝わってくる。


「やっぱ、生きている方がいいなぁ」

「当たり前です」


 小説はここで終わったけれど、二人にとってはここが始まりだった。




※作中のまつ毛と眉毛の濃いは、芹倉さんや庭子さん達のツイートからいただきました。そして、原案は芹倉さんからの感想から産まれました。ちゃんと作品にして送りたかったのですが……。ごめんなさい。

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