【Sea State.3】舞い降りる剣(つるぎ)
空母<<薩摩>>航海艦橋
『攻飛の発艦全て終わり。不調機については分解して予備機にする作業も、運用長の指揮により完了済みです』
『結構。仕事がはやくて助かるよ』
絹見からバインダーを受け取る。中身を確認し、ほぼほぼ全機送り出す事が出来た計算になる。これに防爆シャッターを降ろして前部格納庫を居住スペースにする準備が整った。受け取ったバインダーにはそれ以外にも続きがあった
『艦長、続けて戦飛と偵飛のローテーションですが』
『いや、飛行長。明朝0500まで時間を空けよう。カタパルトの蒸気を回復させたいし、整備班にも一息入れる時間が必要だ。事故を起こしては元も子もないからな。ローテーションはこれをずらして対応できるだろう』
その言葉に、絹見は特に意見を出すでもなく引き下がった。そこにちょっと不満を覚える。もっと意見を言ってもらっても良いのだが・・・だが、ここで積極的に求めても彼の権能を犯すことになるし、私自身がやればそれは命令になってしまう。加減がやはり大事な所だ
『艦長、航路元に戻します』
『宜しい。航海長、蒸気の為にもしばらく艦速を維持する。舵をよろしく頼む』
発艦の為に風上に艦首を向けていたのを修正するために、航海長が舵をあてる。回っていく<<薩摩>>の艦首の先にヘリの姿を認める。この艦のものではなく41駆のもので、発艦作業中の直進という艦にとって一番危険な時間帯に、周囲に覗き屋が居ないか確認する為のものだ。
統合任務部隊の長としてこちらから駆逐隊司令にお願いした形だが、聯合艦隊(GF)内ではこのオペレーションを統合して欲しい派閥と、いや、各戦隊・駆逐隊内でオペレーティングするべきだ、という派閥がある。それぞれ統合する事でオペレーティングする際に手駒が増えて任務に幅が効くようになるし、効率度が深まるという意見と、艦隊全体がASW・航空戦への理解が深まり、熟練度が高まるし、艦が失われた場合での冗長性も保たれる。という意見だ。私としては後者、砲雷長は前者に票を投げているが、どうなっていくかは分からない所だ
そんな思案をしていると、絹見と入れ替わりに葛城副長がバインダーを渡してくる
『艦長、西野主計長と話をつけて来たのですが危険手当で満額を出してくれるそうです。さしあたり2ヶ月』
『そうだな、妥当な所だろう』
運用長達整備班らを休ませるのは、なにも温情からだけではない。幸いにしてグァムは領事館のある米国領土だ。ここの領事館職員に連絡をとり、近郊のヘリが降りれる公園から邦人を繋がる限り拾い上げて回収するには、場を制圧する陸戦隊を編成する必要性がある。その為の人員を捻出するためにも機を少なくする必要があった
もちろん南洋府を守護する南方軍の陸軍部隊がいない訳ではないが、そこを使うとなると動員が近いと見られかねないからだ。装備や練度からみればそちらを使う方が良いのはわかっているが、その選択はしなかった。故に危険手当であるし、期間についても感染隔離の可能性を考えれば延長しても良いくらいだ。手当は月締めで上限があるのは昔から変わらない。夜間飛行などのパイロットが基本的に貰っているものだが、今回の危険度はそれ以上だから文句は言わせない
『それで、RZには機を見て邦人以外も殺到しかねないですが、それに対するROE(交戦規定)はどうするんです?』
『乗せられる限りは国籍問わず乗せる。そもそも邦人も連絡が付けれてたどり着けることが前提だ。直接探索して救出するわけではない。ただ、時間は区切る。誰も残さないし、指示を聞かない場合は射撃許可を与える。こちらの安全が第一というのは変わらない』
葛城中佐も頷く。が、すぐに肩を竦めていたずらっぽくこちらに向き直った
『しかし艦長、そうなると我々は拉致監禁を行う事になりますね』
『はたから見ればそうなるな。海賊旗は在庫にあっただろうか。眼帯でもあれば雰囲気も出るのだろうが』
冗談めかして言うが、副長が言いたいのはこれが米側にとって攻撃する理由にならないかって事だろう。しかし、人員の回収後には長崎大学の高度感染症研究センターを主体として、第三国(おおよそ英国、香港の病院から)の研究者を含めた合同チームが解析につく事になっている。これで米国からだけの発信に頼らず、今回の事態の把握が進むことを狙ってだ
『もしかして艦長、こうする事で慌てだすような相手を炙り出そうとしてますか?』
『悪い奴も居たもんだな』
悪い顔をしてそう問いただしてくる副長の言葉を軽く流す。ここまでの情報を省みるに、米側もこれが突発事態なのは見て取れた。サイパン症候群などと名前を付けて責任を慌てて押し付けてきたのは、想定として【誰か】が持つ情報を吹き込んだからに違いない。わざわざ世界的な公衆衛生問題にせずに敵対的な発表をするというのは理に合わない。だとすると我々が行う救出で邦人外の無作為の救出と及びその調査は都合が悪すぎる筈だ。そしてグァムという立地性、我が南洋府奥深くに存在する性質上、生半可な能力ではこちらを攻撃しえない。その手段をもって本気度を探る。高松宮が求めているのはこういう事だろう。そして、副長はそこまでする必要があるのかと言いたいのだろう。統合任務部隊の長として私は実行しない事も出来るからだ
『もうすでに発表してしまったものを取り消すにはそれなりの実績が必要なのは変わらないからな。どちらにしてもこれはやるよ、副長』
『了解です』
副長の気持ちもわからんでもない。米軍と違い、我々は海兵隊のようなものを持たない。能力から言えば本職の兵隊には及びもつかないだろうし、危険度は本当に高い。艦内の人事評価を掌分とする副長からすれば選別するのも苦痛だろう。しかし、この決断をし続けるのも指揮官の常である
『それでは、CICに戻るよ副長、航海長。あと、もう察してくれてるかもしれないが、主計長には夕食を豪勢にしてやってくれと伝えてくれ』
これもデッドマンズメニューかと言われかねないなと思いつつ付け足して航海艦橋から去る。艦長職というのはこの胃痛の連続なのだろう。これを業病であると抱えていかねばならないのだ。あとは電子情報の海であるCICでその取捨選択を行っていく必要がある。こうなっては休まる暇もないな、と階下へと進む。国家の大権(大剣)である武力を投入するのだ。事態を見定めなくては
同刻、ホワイトハウス大統領執務室
『君たちは何という事をしてくれたのだっ!!!』
ホワイトハウスに大統領の怒号が鳴り響く、ホワイトハウスの南東に位置するその部屋が震えるほどだ。もし大統領の執務机に飲み物があれば容赦なく浴びせかけられたであろう。その怒声を受けているのは、二人の背広の男と、青い制服を着た一人だ。青くなる背広組の空軍長官と次官をよそに、制服組の参謀総長は泰然とした態度を崩していなかった
『報告の通り、サイパン症候群はグアムの我が空軍の研究所から漏洩し、感染拡大したものに違いありません』
既に大使まで呼んで面罵したソレが自国由来のものだったなんて聞かされればそうもなろう。当初のこちらからの推測による報告をそのまま鵜呑みにし、事実として拙速に動いた共和党のミスだ
『参謀総長!』
『研究自体は除倦剤の研究として行われていた物です。違法性はありません』
除倦剤・・・我が米空軍は南北アメリカ大陸を除くとリベリア以外の海外にほぼ基地を持たないため、どの方面に進出するにしても長時間のフライトを求められる。故に、常日頃からそういう研究はしていた。正規のプラントではないが、グァムのそれも数ある一枝に過ぎない
『また、感染経路も接触感染であるので、少なくともこれ以上の爆発的な拡散は無いでしょう』
『何故そう言い切れる!』
椅子から立ち上がっての大統領の言葉に参謀総長は嘆息した。こんな事も説明されてないとは。ほとほとスタッフにも恵まれていないようだ
『そもそもの罹患者がグァム以外はグァムに行けるような西部から良くて中部までのミドルからアッパー層に限られているからです。まぁ当然ですな、東部はわざわざ太平洋の敵中に行く必要もなく、カリヴでのバカンスで済むわけですからな』
だからこそ封じ込めに成功しているし、ハブの空港を元に州兵の動員もできている。
このサイパン症候群と呼ばれるそれは、マリアナ海溝で発見された古生物を利用して脳を活性化させる除倦剤だが、罹患者本人が死亡した際に古生物が自己を保存するために激化して脳を操り、周辺に拡がろうとする。そのため生ける死体は噛みつきを始めとした暴力行為を行う。その際に感染するのは激化した古生物であるので、感染した個体が生きていても脳の乗っ取りを行い、増加拡散を行おうとするため暴動のような事になるわけだ。その構造上、頭を撃ち抜けば行動不能にもなるので、制圧が難しいわけでもない
『本土での被害は抑えられつつあります。行うべきは更なる被害局限です』
『そ、そうです大統領。早期解決は政権の成果になります!』
空軍長官が話に乗っかってくる。待っていたタイミングはここだった。傍受等による情報をまとめたものを大統領に差し出す
『ただ、それには問題があります。情報によれば日本人はグァムに強行着陸して自国民保護者を行うと同時に第三国を混えての調査チームで事態の把握に既に乗り出しています』
『我が国の領土内だぞ!?領空侵犯どころではないじゃないか!』
その上で、人為的に遺伝子に手が加えられているかどうかなどの判断がちゃんと出来る連中であるし、信頼性を担保するための第三国への呼びかけも怠らずやっているあたり手が早い。調査が行なわれるのならば、サイパン症候群なるものが虚構である事もすぐに露見するだろう。手のひらを返すにもタイミングが重要だよな?大統領
『ええ、ですので大統領。我が空軍に攻撃許可を頂きたい。海軍では地理的に間に合いますまい。我々で日本人の空母を始末します』
当然ながら、敵中孤立しているグァムに海軍は戦闘艦艇を常駐させてはいない。これまで、アラスカで熊と遊んでいるしか能がないと言いふらす艦載機乗りを見返す良い機会でもある。全面衝突の危険性も領域侵犯の件で抑えられるだろうから、このタイミングしかない。このタイミングしかないのだ。我が国が事態のイニシアチブを握り続ける為には
『・・・プランを説明してくれ』
しばしの逡巡の後、大統領は座り直して参謀総長を見返す。それに頷き、説明を開始する
『使用する部隊はアラスカに展開する2つの航空軍のうちの一つ、キングサーモン(ナクネック)を根拠地とする第13空軍の第136及び、第313戦闘飛行隊のF-15合計40機と第316爆撃飛行隊のB-52の10機で対応いたします。もちろんこれは支援機を除く攻撃隊としてです』
『F-22を使わないのか?』
これは空軍長官の言である。アラスカにはF-22やF-35の展開も行われているから、投入自体は可能である。しかし、それを投入するのはエスカレーションに至りかねないので選択肢から除去した、と次善の策であることを強調する
『ストラト・フォートレスのASMは1機あたり20発。うち、針路上のマーカス島のレーダーサイトを潰すのに20発を消費するとして、180発を投射いたします。護衛機の数、このミサイルの集中度からして撃沈は確実です。大統領』
『・・・やってくれ』
苦虫を噛み潰したような顔で大統領は了承する。これで事の始末の算段はついたというわけだ、次の選挙の敗北も含めて。参謀総長は不敵に笑みを浮かべこう言った
『成層圏から降り立つ剣は、必ずや敵を討つでしょう』
感想等お待ちしております




