【Sea State.10】インターミッション
東京、千駄ヶ谷
『もーっ!!!だから米国宇宙関連株は今は売り!買い支えるなら影響力低下で安くなってるうちの国かイタリア宇宙開発関連株だって言ってるでしょうが!分からないやつね!宇宙株なんて水物なんだから安い時に買うだけ買って恩を売る!なんでそこのとこがわかんないのよ!ふーんっだ!いい!高くなりそうだから買うなんて投機で賭けみたいなもんよ、そんなのスイープよスイープ!べーっだ!』
そう言って東証の魔女と呼ばれた彼女は電話を切った。グァム島の事件で米軍の体制が大きく変わったのもあって、空軍の主導権が宇宙軍に渡った報道をもとに、宇宙開発関連の予算が増となる予測から米国宇宙関連株が高騰していた。我が国のトレーダー達もそれに乗り掛かりつつあるが、彼女としてはこんな所で動いてなるものか。そう、雪が積もったって動いてやるもんですか!といった所だった
Trrrrr・・・!
『何よこんな時に!ゲッあいつじゃない』
鳴り出した携帯の相手は高松宮、一応あたしの肩書きには海軍第3艦隊の顧問ってーのがついてるし、お菓子代はいちおう貰ってるから出ないわけにはいかないのよねぇ
『ちょっと、あんたの所があれこれしたせいで忙しいんですけど!』
『はっはっは、いやはやすまないねぇ。それでもアメリカとはちゃんと手打ちにしたから、拡大は無いよ』
それには、あたりまえでしょ!と罵声で返す。日米戦なんかになりでもしたら一切合財こっちも吹っ飛ぶか、吹っ飛ばないにしても株式市場はえらいことになるのは目に見えている。平和が一番、それはお題目でなく商取引での儲けれる前提だった
『で、そんな仕事終わりにエセの宮様がなんの電話な訳よ』
『情報が欲しくてね』
エセの宮と言っても嬉しそうにぬけぬけとそんな事を聞いてくる。あのねぇ
『情報と言ってももっと絞り込んでくれないと言いようがないでしょ、こっちはワールドワイドなんだから、ばっかじゃないの?』
『そうだなぁ・・・ニューカレドニア、メラネシア方面で何でもいい、噂なり何なり無いかね?』
仏領ニューカレドニアぁ?まーた何かやらかすつもりなのかしら、大体そんな僻地、オタクでもなきゃ知ってる事なんて何もないわよ。まーあー?天才のこの私なら、ニューカレドニアのボーキサイト・ニッケル関連株の件でちょっとは知識があるけど
『詳しいことは三井か住友の知り合いにでも聞いた方がいいと思うけど』
『何かあるんだね』
あそこには日本企業が入ってるし、最大手のブラジルのヴァーレ社は米州機構の干渉を防ぐためにニューカレドニアでの人員は日系人で固めてるから、いつでも単体で身売りができるようになってる。そこから変な話が流れてきてはいた
『普段見ない船がずっと沖合に停泊していて、時たま上陸してくる船員もなんか雰囲気が違うって話。でもまぁ軍艦ならそんなもんじゃないの?としか思わなかったから、私は大した話にはならないと思ってたけど、違うの?』
『普段見ない船ってのが何かによるかな。ちょっと待ってね、確か資料が』
ガサゴソと物を探る音がする。あったあった、と遠かった声が近くに戻ってくる
『近日中にフランス極東艦隊の大規模な演習が組まれてるね。ただ、これらの艦艇は最近来たばかりだから普段見ない船からは除外だけど、参加艦艇で・・・これだ。<<ブーゲンビル>>だ』
『ブーゲンビルぅ?ブーゲンビリアなら知ってるけど』
向こうの声色が低くなる。何よ、なんなのよ。大体南太平洋の島々のあれそれ事細かに知ってるなんておかしーでしょうが!
『どっちも同じ人由来の名前だな。退役解体予定の艦だったが、何故か現役復帰したというのも印象深いが・・・ただ、こいつが花なら、毒花だな。核運搬艦だった過去もあるし、諜報機関の工作艦だった過去もある。ほら、ニュースになったのを覚えてないかな?ムルロア環礁に核を運んだのもこいつだよ』
『あたし、そんな歳くってるように見える?イーッだ。で、それで情報は十分?今月分のお菓子、ちゃんと送って来るのよ!じゃあね!』
パラオ沖、帝國海軍第3艦隊<<大和>>長官公室
騒々しくまくしあげられたあと、ブツッと携帯は切られた。やれやれ、東証の魔女はご機嫌斜めか。あとで詫びの一つくらい送らにゃいかんか
『すまんね、来たはな電話掛けちゃって』
『いえ、お気になさらず。お陰で宮様の交友関係も知れましたし、お話の対象はこれですね、フードル級改装の工作艦。私達の仕事にも関わる事が多かった艦です。とは言え、私自体は流石にミストラル級としか出会ったことはありませんが』
公室のソファには客人。第4艦隊から来てもらった助っ人、第42駆逐隊を預かる御旅屋大佐だ。彼女は部屋に備え付けの本棚からジェーン海軍年鑑を取り、そのページを開いていた。小柄な体躯に眼鏡で印象深い。規定に従い、長い髪を美和君と同じくアップにしている
『だとすると積載量を生かしての仕事かな?君はどう見る』
帝國海軍第4艦隊は両用戦部隊、揚陸戦に必要な艦艇が纏められて編制されており、これに灯台・水路の管理を担っている。当然のことながらこれまで何にしても戦闘海域からは一歩下がった海域にいる事が多いわけだが、彼女、御旅屋大佐を中心に以前我々が行った任務部隊制を手本として護衛艦艇らの一部を集中させ遠征両用戦群を構築し、作戦単位として他の艦隊に依らず、単独での強襲上陸を可能とした実戦派として知られている
口さがない者は彼女をこう呼ぶ、俺たちを戦場に送り出す【地獄への水先案内人】と
『一番つまらない予測で言えば標的艦任務で先入りしただけというものですが、改装を行って資金を投入したなら何らかの機能を追加したとして・・・水面下の物体の回収、あるいは補給任務の試験。ウェルドックタイプで1800t程度の積載能力がありますから、彼らが好む小型SSNの支援なら可能かもしれませんね』
『そんな所かな。友邦の能力向上は手放しで喜んで良い事とは思うが』
第二次欧州大戦以降、帝國はフランスと二人三脚で歩んできたようなものだ。共同演習だって何度もしているし、兵器開発でもお互いに刺激し合い切磋琢磨してきた仲だ。が、どうにも引っかかる。何故この艦を用意して先行させねばならなかったのか、そして極東艦隊を派遣して何を行うつもりなのか
『で、私たちに覗きをして来いと。ふふ、宮様もお人が悪い。それで我が42駆も借り受けたいと』
『代わりと言ってはなんだが、うちの超甲巡と防空巡を2隻ずつ第4艦隊に派遣させて貰った。対地支援の直協支援とシステム艦によるリンクを経た防空戦闘の訓練は願っても無かろう?』
彼女にとって望むもの、おそらくそれは後からやってくる傑物と知られる妹の玉座を作り上げる事。主力艦の指揮経験はそれに大いに資するし、有効性が認められるならば戦隊を割っての常備の線だって認められない訳ではない
『・・・しかし、<<信濃>>を投入されないのは何故です。同様に改装された空母なら、私達と同じく追加で投入するのが筋かと。宮様の目的は当事者の知らない内に戦力がそこに居たという状況を作り出す事とお見受けしましたが、それなら航空戦隊として戦力を整えた状態を見せるのが良策かと』
話を逸らすように御旅屋は整った鼻梁から落ち気味の眼鏡を持ち上げて話の本題に話題を振った
『いや、美和君の<<薩摩>>だけで当分はやる』
『それはまた・・・理由をお聞きしても?』
怪訝な顔をする御旅屋に高松宮は苦笑を返す
『君と同じだよ。戦隊が揃えば戦隊司令部がオーヴァーライドする。試行が本格運用される時にはかつての戦隊司令部には退役者も含めて異動で経験者は一人もいないし、司令部が動くため艦長以下は自らの任務に専業し、試行に理解が深まらない。これを避ける必要がある。美和君は素晴らしいからな、この経験は彼女の経歴を間違いなく押し上げるよ』
『・・・そういう事をなされるから、門閥提督などと後ろ指を指されるのです』
艦隊外での高松宮の評価は人によって分かれ、悪く言われる事の方が多いくらいだが、これも理由の一つだろう。しかし、その評を高松宮は嬉しそうに聞いていた
『やはり君を招聘したのは正解だったな。いまだ<<薩摩>>には避難民と検疫チームと同行する米艦隊と一緒に居る。その分離が済み次第、君の駆逐隊は第34統合任務部隊へ合流しニューカレドニアにてフランス極東艦隊の監視任務に就かせる。そこで任務部隊指揮官の指揮下に入りたまえ御旅屋大佐』
『謹んで拝命いたします。より良き航路を提供出来れば幸いです』
高松宮の目の前で、御旅屋の眼鏡の奥深く御旅屋の目が光る。【地獄への水先案内人】か、そのあだ名が払拭できれば良いのだが・・・
神奈川県、追浜・海軍技術実験廠
東京湾に面した飛行場に海側から黒いスティルス塗装を施した砕風改が綺麗な角度で着陸してくる。優秀な艦載機乗りらしく、模擬的に置かれたフックに掛かるように降り、短い距離での着陸に長けている事が目に見えてわかる
この2000m級滑走路を持つ一大施設は、元々海軍航空技術厰として発足したものが拡大発展したものであり、一時期は滑走路の短さから厚木に移転の話があったものの拡張の目処がたったのと、実験機を飛ばす以上、事故時に市街地を避ける上でも現地の方が良いという意見もあって、そのままの歴史を刻んでいる。拡張の際には貝塚からあれこれ発掘されたなんて話もあったが、当時の人々からすれば、こんな場所になるなんて思いもしなかっただろう
『ぐぬぬ、結局勝てずじまいでありますか・・・』
『あの人、砕風であれだけ強いのにこっちの陣風に乗ったらどれだけ強くなるん!?化け物か!』
送り出しの模擬空戦でのスコアボードは33-4、惨敗も良いところだった。こっちは新機軸の装備こそ出揃ってなくても、2.5発のベクターノズルでミサイルも機内格納でスティルス性能は上なのにこれでは本当に立つ瀬がない。以前の実戦で頭にXがつくとはいえF-35に勝って【シャドウブレイカー】などと言われるのは伊達では無いという事か
『お前たちがスティルスにかこつけて生真面目すぎるからだよ、笙野、幌星。相手に多少なりともスティルスがつく可能性を除去すべきでは無い。なんなら、敵さんの方が進んでいる技術だぞ。それにテールの使い方も甘い』
『成田サン。面目も無いであります』
『うぎぎぎ・・・』
先程の黒い砕風から降りてきた最先任、成田少佐が評価を下す。だが、そこまで言って口角を持ち上げる。彼女の笑い方の癖だ。ちなみにテールというのは0.5発の部分、フレキシブルジェットスラストの事で、通常の排気口とは明らかに別方向に向いて吐き出すので尻尾の呼び方か普及している
『それでもよく粘ってキルコールを4回とった。姉貴によろしくと伝えておいてくれ』
『えぇ・・・33-4じゃ笑い話にもならないですよ』
幌星の言葉に、成田は心底不思議そうな顔をした
『37回やって、4回キルだぞ?10回に1回は私を殺せる事に違いはなく、死んだら終わりだ』
『それで言いますと我々は9回死んでおりますし、コールが出来るようになったのも最近でありますから』
そんなしょんぼりした笙野の胸に、成田は拳を軽く当てる。身長は成田が平均より低い為下から心臓に届くようにだ
『それは使いこなせるようになって来たって事だろ。ガタイが良いんだから、お前はもっと自信を持て。俺は未熟だと思ってるやつを姉貴のとこにやるほど腐っちゃいない。そういう事だ。じゃあな』
そう言って全機との模擬空戦を終えた成田は片手をあげて去っていった
『あー言うのをタラシ言うんでしょうなぁ、芽乃、あんた顔真っ赤』
『あれは同性でも犯罪であります。それと顔が赤いのはそっちもであります!』
こうして海技厰の実験飛行隊の一つで、陣風の先行配備が行われていた第12戦闘飛行隊の9機は、<<薩摩>>の損失に対する補充として南洋に赴く事になるのであった
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