【Sea State.9】キャンペーンエンド
ウェーク島沖、<<薩摩>>航海艦橋
二隻の空母が遠洋の海らしいダークブルーの海を進む。その空母の護衛はそれぞれ半月上に展開して随伴している。空母の艦上に掲げられるのは旭日旗と星条旗、異なる国・・・いや、仮想敵との陣形維持はお互いの技量を求められる
『<<ジョン・G・タワー>>、追走問題ありません』
『流石は原子力空母(CVN)だな、パワーがダイレクトだ』
ワッチの報告に美和がそう嘆息する。先程変針点を通達して、取舵、米海軍側が大外を回るコースをとったのだが、苦もなく陣形を崩さず追随を続けている。近代化改装後も大和級由来の良く回る舵に対して、反応の良い出力発揮がそれを補っている
帝國海軍もエンタープライズ級並びにニミッツ級に対抗して6隻のそれを整備したが、一旦そこで調達を打ち切り、雲龍級の6隻を取得に切り替えた。空母としての能力を考えれば原子力機関がより良いのは自明の理ではあるのだが、仮想敵が米海軍であるのもあって、空母もいざ戦時とあっては大々的に損耗するものという観点からコストを抑えた(原子力空母よりは、になるが)選択をしていたが、艦性能の優越が目に見えるのは嬉しくない現実ではあった
『船体長もあちらが上なのにこれですからね、良い腕ですよ』
『葛城副長も上がってきたのか、CICに詰めてて貰ってても良かったのだが』
ハッチを通って入室してきた副長が肩をすくめながら相手を褒める。事はほぼ済んでいるため平時対応に艦を戻しているが、一時に同じ場所にいる事は避けている為、久々の邂逅となる
『ああいう所で自分の身体を動かさずに情報を受け取り続けるというのはどうも苦手な性分で、あちこち顔を出してきたんですよ。艦長』
気っ風の良さから落ち着けない性分で、あれこれ手や口を出す前に自分から退出してしまうというのが副長の言だが、良く部下たちの言を広く聞き、内容を噛み砕いて率先して上申する美徳と表裏一体となっている。そもそもの性根が良いので、どこでも徒党を構築してしまうのが難点。とか砲雷長も言っていたな
『ふふ、運用長はちゃんと休んでくれただろうか』
『だいぶ文句を言われましたよ、きちんと職責上働かせるだけならまだしも、休みまで引っ付けられると反論の仕様がない、と』
森小路運用長は諸々の対応を終えたあとも、米艦隊と合流する前に水電妨をケープで覆わないといけないと取り急ぎ作業を陣頭指揮していたので、艦長命令で休養日を与えていたのだ
『ああでもしないと休まない奴は休まないからな。我々の悪い癖だ。場合によっては直があるのに手伝おうとする向きすらある。スパートをかけるタイミングを身測らねば失速するだけだぞ』
『それはおっしゃる通りではあるんですがね、通しの気分。せっかく整えたモチベーションを中断によって害されたくないというのも真理ではあると思うのですよ』
ふむ、と美和は顎に手をあてて考える。実のところ前任の第3艦隊の参謀時代から思っていたが、即応艦隊としての任務上継続して洋上で任務にあたりがちである。数値的な問題として第1、第2艦隊と比較しても事故率が高い。練度でも一歩劣るというのはまさにここにあるのではなかろうか。常に戦役であり続けることが続いてるため、気の抜きようがないのだ
『こちらから細々と下ろし過ぎるのも過干渉か』
『これは個人的な話になってしまいますが』
と、従兵にお茶(葛城は緑茶派だった)とお茶請けを持って来させるように言って、葛城は美和の側に立つ
『妹さんにも同様の事を言われてはおりませんか?』
『それを言われると耳が痛いな』
未だ妹は海技廠で空を飛び続けているが、年齢の事もあるし、艦載機乗りのその先を考えれば艦艇指揮の経験や部内での出世やら必要だし、高松宮がかなりホの字であるので(我ながら古い言い方だ)結婚に関してもどう考えてるのか、誰か決めた相手がいるのか等々、詰めてしまって以来、最近は連絡も取れていない
『艦長の能力を疑っているのはそうはおりませんよ。ただ、もう少し我々の事を信用していただければ。艦内はこの葛城が纏めてみせます』
『・・・わかった。確かに君にも話を通すのが筋だし、私も気を張っていたようだ』
空母という大艦の長、特に過不足なくやれると思ってはいたが、やすやすといかぬという事らしい。ここに戦隊司令部がいなくてもこれだから精進するしかあるまい。ちょうどそこに従兵がお茶を入れた薬罐とお茶請けの菓子を載せた盆を持って現れる
『ティーブレイクとしよう。暑気払いにもなる。皆にも配ってやってくれ』
そこは勝手知ったる従兵、カップ類を手際良く艦橋要員達に配り、お茶を淹れて回る。お茶請けの甘いものも喜ばれる。片手で掴んで食べられるように今日はザボン漬けだ。第3艦隊は佐世保鎮守府が母港なので物資の調達はおおよそ九州、長崎でなされる事が多い。専属で契約している店舗もあり、やはりこれもネームバリューに資している。退役後も味を覚えてしまってというパターンも多い
『艦長。医療チームから第一報告書が上がってきました』
そんな休憩に別途、伝令が艦橋へと入室してくる。やれやれ、せわしなくはあるなと肩をすくめて美和は伝令が持参してきた書類のバインダーをペラペラとめくる。機密情報扱いになっても、自艦を預かる立場上調査結果を見て良いと高松宮からは許可を得ている
『副長も物のついでだ、見るか?』
『医療系の知識は乏しいですが、拝見させていただきます・・・これは、すごい事を書いてはいませんか?』
かいつまんで内容を言えばこうだ。まず、ADOS罹患者の区別は検査でわかる。これだけでも朗報ではあるし、そうでなければ感染が広がらないとも言える。また、この空母に避難してきた避難民の中にもそれが居たということであるが、これが問題になるのが当人の死後と生活の中で感染者を増やしかねないという事で、これも感染症に関する法律を援用する事で対応することになろう
また、米国からの新情報として死亡後ADOS感染者が閉鎖環境下、あるいは体内のエネルギーを使い切って行動不能になった場合にその場で培地化して土壌汚染を発生させるので除染が必要になるという事。米国は本当に面倒な治安上の不安を引き込んだと言えるだろう。死亡時のアウトブレイクだけでなく、感染拡大の可能性を内包し続けることになるのだ
そして新たに問題となる点、脳死に至った脳を補う過程で機能を回復させる作用があり、これを除去出来る治療法が確立出来れば重篤な脳疾患や萎縮の治療目的に活用できる見込みがあるという事だ
『まるでパンドラの箱だな、災厄を撒き散らしたあと、最後に残ったのは希望という事か』
そう言って美和はファイルを閉める。これでは手放す事も難しい。明確なメリットが示されてしまった以上、研究も続けられるだろうし、帝國はこれにも対応を求められるだろう。だが、それももう少し先の未来の話になろう。対応すべき隣人である米国の負担が払い終わってからだ。そこではたと気付く
『図らずとも我が国は、ソ連は崩壊し、米国は治安に問題を抱え、オーストラリアはタイに面子を潰された状態にあっていくばくかの自由を手に入れた訳だ』
『艦長?』
では我々はどう動く?いや、動く必要はないかもしれないが、この状況を利用したい国や組織は必ず出てくる、それは必然と言っていい。その対処が必要となってくる・・・いかんな、今は司令部参謀じゃないんだぞ
『いや、まずは目の前の事だな』
怪訝そうな葛城の視線に、しっかりと正面から見据えて頷く。私はこの<<薩摩>>の艦長なのだ
パラオ沖、第3艦隊旗艦<<大和>>CIC
『よくやってくれた。本当によくやってくれたよ美和君』
CICで美和と同様に報告を受けていた高松宮は、フォルダを置くとそういって手を叩き、それをやめると合わせた手を正面に持ってきてモニターを真顔で見つめる。前回のチリの件といい、今回の件といい、これで米国との正面衝突を10年は遠ざけたことだろう。金は取れたし、米海軍は理性的だったし、得るものは本当に大きかった。米海軍は砕風へのミサイルギャップを防ぐべく、新型長距離AAMであるガンスリンガーの配備を進めているところだったから、米海軍まで投入されていたら空母への被害はともかく、航空隊は全滅していてもおかしくなかった(それを奇貨として陣風の開発を更に促進をする手筈すら整えていたのだが、良しとする)
『しかし12機か・・・』
<<薩摩>>が失った機数を思い出す。今回の戦訓で特筆すべきは、艦載機のステルス化が母艦をステルス化しても必須であるという点だ。空母というものはそれなりに位置が見えてしまうもの、これを美和君は上手く活用した訳だが・・・なんとか練成中の1中隊でも投入できんだろうか、あるいは海技廠の試験隊からいくらか。そうだな、こっちからならなんとか・・・
『失礼します。司令、暗号文の符号が海技廠から届いております』
伝令がメモをもって近づいてきて耳元で囁く。このあたり、電子暗号で保護したうえで個人用モニターでやれんもんかね、と思わなくもないが強度的にそうもいかないのもあるだろう
『うん、読み上げてくれ』
『オウギハオチタリ、以上です』
目を見開く。扇、現在進められてる新艦計画であるアマノイワト計画の目玉であった枝計画の一つ、ナスノヨイチ計画で開発されていたレールガンの開発成功の符号である。試射にまではこぎつけていたが、扇も落ちたという事は命中したという事だ。レーザーの方もそうだが、どれだけ射速が速くとも的を捉えられなければ意味がない。しかしこの符号はこれに成功したという事を言う。大きな前進だった
『どうする。もう少し戦訓を得たいが』
この件は終わりだが、水電妨の戦訓をもっと得たい。この水電妨も元々はアマノイワト計画の枝計画の産物だ。艦隊訓練の方はパラオまでバックアップの為に全力で進出してきたので中止とせざるを得ないだろうし、第4艦隊から借りている41駆を返す返さないの問題も出てくる。【隠密空母】の本質とは、知られぬ内に戦力を投入しているというモノだから、まだ戦訓として経験が足りているとは思えない。ひとしきり考えた後、高松宮は命じた
『舞鶴の第4艦隊へ回線を回してくれ、艦隊司令へ高松宮から相談があるとな』
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