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第7章

 翌日、俺が宿屋の前の通りをぼんやりと歩いていると、背後から鈴を転がすような声が聞こえた。


「聖人様!」


 振り返るまでもない。

 この清らかすぎる声の持ち主は一人しかいない。

 案の定、シスター見習いのセシリアが、銀髪を揺らしながらぱたぱたと駆け寄ってきた。


「せ、聖人様ってのは、やめてください……。俺、蒼真ですんで」

「まあ! では、蒼真さんとお呼びしますね!」


 にこーっと花が咲くように笑う彼女に、俺はもう何も言えない。

 セシリアは「ぜひ、昨日のお話の続きをお聞かせいただきたいのです!」と、キラキラした碧い瞳で俺を見上げてくる。

 

 断れるわけがなかった。


 俺たちは教会の裏手にある、美しい庭園に来ていた。

 色とりどりの花が咲き乱れ、穏やかな陽光が降り注ぐ、まさに彼女のイメージにぴったりの場所だ。


「それで、蒼真さん! 神様は、私たちに何を望んでおられるのでしょうか?」


 ベンチに隣り合って座るなり、セシリアは期待に満ちた瞳で問いかけてくる。


 神様の話って言われてもな……。

 俺、無宗教なんですけど……。


 困り果てた俺は、昔、小学校の道徳の授業で習ったような、当たり障りのない話を捻り出した。


「えーっと……たぶん、神様は、みんなが仲良く、正直に生きることを望んでるんじゃないかな……。困っている人がいたら助けたり、嘘をついたり、人を傷つけたりしない、とか……」


 我ながら、小学生レベルの回答だ。

 だが、セシリアは、俺のその陳腐な言葉を、まるで初めて聞く深遠な神託のように、真剣な眼差しで聞いていた。


「まあ……なんと……素晴らしい……!」


 いちいち感嘆の声を漏らし、大きく頷いている。

 俺の話が終わると、彼女は感極まった様子で、その碧い瞳を潤ませた。


「素晴らしいです、蒼真さん! それは、まさしく私たち光の教えの根幹そのものですわ! あなた様は、神様の御心を完全に理解しておられるのですね!」


 そして、次の瞬間。

 感激のあまり、彼女は「蒼真さん……!」と、俺の腕に無邪気にぎゅっと抱きついてきた。


「うおっ!?」


 シスター服越しだというのに、腕に、むにゅっ、と信じられないほど柔らかく、そして豊かな感触が伝わってきた。

 昨日、ちらりと見えたあの隠れ巨乳が、今、俺の腕に押し付けられている!


 彼女から香る、陽だまりと石鹸が混じったような清らかな匂いが、俺の鼻腔をくすぐり、思考を麻痺させる。


「セ、セシリアさん!?」

「すみません、あまりに感動してしまって……!」


 彼女はぱっと腕を離すと、恥ずかしそうに頬を染めながら、今度は俺の顔をじっと見つめてきた。


「蒼真さんのお話を、もっと、もっと聞きたいです。あなたのその瞳を見ていると、まるで神様の光が、直接私の魂の中に流れ込んでくるような……そんな気がするんです」


 その、あまりにも純真で、真っ直ぐすぎる碧い瞳。

 一点の曇りもないその瞳に吸い込まれそうになった瞬間、俺の脳のキャパシティは、完全に限界を超えた。


(ダメだ、ダメだダメだ! この子を、俺の汚れた力で穢しちゃダメだ!)


 罪悪感と、目の前の聖女に対する抗いがたい欲望が、俺の中で激しく衝突する。


 ――ズキンッ!


 脳髄を灼く、あの忌まわしい衝撃。

 ああ、クソッ……! また……!


 セシリアの瞳から、すうっと理性の光が消える。

 代わりに、恍惚とした、どこか陶酔したような光が宿った。


 彼女はゆっくりとベンチから立ち上がると、その場にすっと膝まずいた。

 そして、おもむろに自分のシスター服の襟元に、白く細い指をかける。


「私のすべてを、あなた様と、あなた様がお仕えになる神様に捧げます。どうぞ、この身を、お好きになさってくださいませ」


 その口調は、どこまでも敬けんで、その表情は、殉教者のように神聖ですらあった。


 カチリ、と小さな音を立てて、ボタンが一つ、また一つと外されていく。

 慎ましく閉じられていた襟元が、徐々に開かれていく。


 そして、シスター服がはらりと肩から滑り落ち、彼女の白い肌が陽光の下に晒された。


 現れたのは、簡素な白いコットンのブラジャーとショーツ。

 だが、その清純な下着は、彼女のあまりにも豊満すぎる身体を、もはや支えきれていない。


 ブラジャーのカップからは、雪のように白い双丘が溢れんばかりに盛り上がり、その重みで深い、深い谷間を作り出している。

 きゅっと締まったくびれから、緩やかな曲線を描いて広がる腰つき。


 そして、清らかな丘を覆うショーツのライン。

 清純と官能が同居したその姿は、どんな淫靡な格好よりも、背徳的で、扇情的だった。


 下着姿のまま、セシリアはゆっくりと立ち上がる。

 そして、両手を広げ、慈母のように微笑みながら、目を閉じた。


「……さあ、どうなさいますか、蒼真様? 私の魂も、この身体も、すべてはあなた様のもの。何なりとお申し付けください」


 聖なる乙女が、聖なる行為として肌を晒し、俺に身を委ねようとしている。

 この、あまりにも歪で、狂っていて、そして……エロすぎる状況に、俺は完全に思考を放棄した。


「違う違う違うッ! 神様はそんなこと絶対に望んでねえから! 俺も望んでねえっつーの! (半分くらい嘘だけど!)」


 俺は、涙目で絶叫した。


「服を着て! 今すぐその服を着て、普通にしてくださいッ!」


 俺の悲痛な叫びに、セシリアの身体が、ぴくりと震えた。

 彼女の瞳に、ゆっくりと理性の光が戻ってくる。


「……あれ?」


 自分が下着姿であることに気づき、セシリアは「きゃっ」と小さく悲鳴を上げて、その場にしゃがみ込んだ。

 だが、彼女は恐怖に震えるどころか、真っ赤になった顔を手で覆いながらも、恍惚とした表情を浮かべていた。


「……すごいです、蒼真様。今、私、確かに……神様を、とても、とても身近に感じることができました。これが、聖人様との一体感なのですね……」


 誤解が、さらにとんでもないステージへと突入している!


 俺の能力は、この純真なシスターさんの信仰心さえも捻じ曲げてしまう、本当に悪魔的な力なんだ……。


 俺は、その事実に戦慄するしかなかった。

 セシリアの俺に対する好感度(というか信仰心?)が天元突破する一方で、俺の胃痛は、もはや限界を超えていた。

 

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