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鏡の守り人  作者: 雨替流
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弓手の意図

 夜が明け早めに寺を発つと、すずは覚悟を決めた面持である。何せこの旅で一番の難所へと挑むのだから気合も入るのだろう。


 苦労の末、なんとか峠を越えてしばらく歩けば、大取村と記された道標がある、それに従い右へと折れ四里(十六キロメートル)程行けば流れの激しい川沿いの山村へと辿り着いた。弥平と言う忍びに頼まれた地へも、行かなければならないが、先ずはすずの休養を優先しなければならない。


 僧に教わった通り、見張り(やぐら)の建つ家まで行くと、中を覗き込み大きな声を掛けていた。間もなく出てきた人物は聞き及んだとおり、しわ深い老人でこの村の長老である。事情を説明すれば快く宿所へと案内してくれた。


 村の人々が暮らす所から少し離れ、湯が混ざった小川を右手に見ながら行くと、小さいながらも立派な宿所が建っていた。戸を開けて貰い中へと入れば台所のある土間と、囲炉裏のある板の間の至って簡素な造りだが、板の間の戸を開ければ、そこには露天の温泉があった。


「凄いだな……地面から勝手に湯さ沸いてるだか?」

「そうだ」

「なんでだ?」

「自然の産物だ」


 その表情は好奇心に溢れていた。温泉を見るのも浸かるのも初めての事だと言うから当然そうなる。


 峠を越えるに小平太には難も無かったが、すずは相当に苦労をしていた。途中で突然立ち止まれば、もう一歩も動かないと言わんばかりの表情だが、無言である、呼吸を整え再度歩き始め、しばらく行けば同じことを繰り返し、ようやく此処まで来たのである。残毒も手伝い、余程の疲労に違いない。


 故に今回はこの地で、二泊ほど滞在して疲労回復に努める予定である。しかし、怪し気な雲行きを見れば、もう二、三日滞在が伸びるかも知れない。秋も半ばに差し掛かった山での悪天候は、慣れない女子供にとって命取りと成るのだ。


「しかし弱音も吐かずに良く歩いたな」

「言わねえだけで、本当は言いたかっただ、おらこんな歩いたの初めてだで」

「良い性根だ、此処の湯は疲労回復に効くと言う、ゆっくり浸かると良いぞ」

「そうさせて貰うだよ、足がもう言う事聞かねえだ……ぷくく、ふるふる震えてるだ」

「生まれたての小鹿のようだな」

「だ! ほんとだ……おもしれえ」


 脚絆等を解き、楽になれば籠から食料を取り出して台所へと置き、今度は互いの着替えを取り出し、風を通す為に棚へと並べた。間もなくして着替えを手にしたすずが戸の奥に消えれば、小平太は台所へと向かった。


「だあぁぁぁあぁぁ! 熱っちぃぃぃ!」


 中々にして熱めの湯に湯に違いない、戸の向こうから聞こえる悲鳴に口元を弛めると竈と囲炉裏に火を入れ夕食の準備に取り掛かった。すずの年齢を考えれば食べ盛りでもあるし、あれ程に歩いたのだから空腹に違いない。里芋を蒸かしたものに白酒で溶いた味噌を和え胡麻を振りかければ、全身から湯気を上げながら戻ったすずが、嬉しそうに頬張っていた。


「小平太様、料理さほんとに上手だな。ただの芋がおっかねえ程旨いだよ」

「それは良かったな、おすずが拾った栗も焼いているぞ、もう少ししたら食い頃だ」

「焼き栗だか! おら大好きだで、甘くて旨いんだ」


 下準備が済んだところで、小平太も湯に浸かれば、久しぶりの温泉に疲れを癒していた。やがて空に厚い雲が押し寄せ、墨で描いたような空模様となった。


 湯から上がり囲炉裏の間へと戻れば夕餉である。寺の中ではないから兎肉を串焼きにしていれば、すずは興味深そうにその様子を見ていた。


「食い頃だぞ」

「んだか……」


 串に刺さった肉を少し観察していたが、間もなく口を大きき開くと、ゆっくり噛みしめ始めたのである。


「兎さ旨かったんだな、知んなかっただ」

「食った事無かったのか?」

「んだ、だども兎追うのだ好きだで、捕まんねえけど面白いんだ」


 水沢村では肉と言えば鳥が多いらしく、兎を食す習慣が無かったようだ。


 寺の僧に聞いたが、此処に暮らす人々は林業を生業として居る様だ。長年続く乱世が影響して木材の需要が高まっているから、此処の山村でも皆が忙しく働き活気があった。


 しかし、活気があれば当然それを狙う者も居よう、山仕事をしている男たちだから腕っぷしは強いかもしれないが、武装した集団に襲われようものなら、ひとたまりも無い。


 故にこの山村には見張り櫓が二棟建ち、監視する者が常駐している。万が一の時には太鼓を打ち警戒を呼び掛ける様だ。


 それが今、夜明けを待たずして鳴り響いていた。小平太は起き上がると、眠い目を擦りながら起きたすずに危険を知らせた所である。


「騒ぎが迫ったら外へ逃げ、森の中に身を隠すのだぞ。火が放たれる可能性もあるから、ススキ原には近づいてはならぬ。良いな」

「分かっただ、小平太様も必ず無事で帰ってきてな、おら、こんな山奥で一人になっちまったら悲しいだで」

「あぁ、約束する」


 遠くまで見渡せる大木を見定めると、縄を使い瞬く間に高所へと登り、夜目を利かせ注意深く観察していた。山賊達は槍や刀で武装しており、凡そ二十人が既に村の入り口近くまで来ていたのだが、注意すべきは弓手の存在である。


 案の定、三人の弓手が弧を描くように等間隔で散り、松明を持つ手下と共に控えていた。恐らくは合図を待って火矢を打ち込むつもりだろう。


 村の入り口では屈強な山師たちが山賊を迎え撃つ頃合いだが、小平太はそれを気に留める事も無く、風のように森を走り、弓手がクナイの間合いに入るまでに接近した。


「丸よ、あれなるは何だ?」

「あ?」


 弓手の男の言葉に手下がその方角を見れば、瞬時に手下の口を押え、その喉を切り裂いたのである。


 何事が起きているのか理解に欠けるも、味方割れには違い無い。弓手は短刀の血を拭き取り鞘へと仕舞えうと、今度は背に掛けていた長弓を手に取り、二本の矢を用意すれば、離れた弓手の方へ狙いを定めていた。


 感心する程に見事であった。離れた弓手は側頭部を射抜かれその場に倒れると、続け様に手下の後頭部を射ったのであった。それらは瞬く間の出来事である。


 何かしらの理由で山賊の一味となったのだろうが、何故、今この状況で事を起こしたのか眉をしかめるも、男が動いたものだから、その後を追うだけである。見ていればもう一組の弓手たちも始末した後、後方に広がった山賊たちの動向を眺めていた。この男、間違いなく山賊では無い、そう確信すれば口元を弛めていた。


























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