120・妹の友達
「な、何で成美がここにいるのさ!?」
「いやいや、それは私のセリフだよ。あんた達こそ何故ここにいるのよ?学園じゃそんな話も素振りも、全然見せてなかったじゃんか?」
「そりゃそうさ。だってあたし達は昨日の夜、綾香や優子達とリンレスをやっている最中に優子から明日冒険ギルドに行かないって誘われちゃったんだから......あっ!?そ、そうだったっ!ゆ、優子がっ!その優子が今、大大ピンチなんだよっ!?」
「はい!?ゆ、優子が大ピンチですって?そ、それってどういう事よ、佐紀!詳しく説明しなさいっ!」
優子と呼ばれた女性が大ピンチだと聞かされた成美は、驚愕した表情で佐紀の肩をガシッと両手で掴み、その大ピンチはなんだと訊ねる。
「じ、実はね......」
佐紀は少しフルフルと震える口で成美に今さっき起きた状況を説明する。
「は、はぁぁぁあっ!?ブ、ブラックコボルトがこの階層に出たですってぇぇぇえぇええっ!?」
ブラックコボルト。
コボルトの上位系魔物で、コボルト系の中では二番目に強い。
因みに一番強いのはキングコボルトだ。
そんなブラックコボルトがここ、一階層に出現したのだから成美が驚くのも当然と言えよう。
「な、なんでブラックコボルトがこんな低階層にいるのよ!?それにそもそも、なんで冒険者資格を持たないあんた達が戦闘出来るのよ!?」
「え、えとね。今日ダンジョンに入るべく優子の妹...友里茄ちゃんに冒険者資格を持っている大学生のお兄さん達を紹介してもらったんだ」
「なるほど。その冒険者達の引率でここにいるわけか」
「で、その人達と一緒に私達の逃げて来たあっちのエリアでコボルトと戦闘していたんだけどさ......」
「......けどそのしばらく後、あたし達と戦っていたコボルト達が突如バタバタって凪ぎ払われたんだよ......」
「どういう事とばかりに私達が呆然としていると、その凪ぎ払われた後ろにブラックコボルトが立っていたんだ......」
「そのブラックコボルトに大学生のお兄さん達が立ち向かったんだけど、全く歯が立たなくってさ......」
「その結果、恐れ戦いた大学生のお兄さん達があたし達を囮にとばかりに置いて逃げて行ったんだよ......はは」
佐紀と綾香が悔しさ混じりの表情で、その時の状況を語っていく。
「あ!その大学生のお兄さんって、もしかしてさっきの血相を変えて猛ダッシュで逃げ去って行ったあのチャラ男どもかぁぁあっ!お、己ぇえっ!最低クソ野郎どもがぁぁあっ!よくも私の親友を囮にしたなぁぁあっ!!」
自分達の横を脱兎の如く駆けて行ったチャラ男どもを思い出した成美が、額に青筋を立てて怒りを露にする。
「ちっ、まぁいいわ。あのクソチャラ野郎どもは後からボコボコにしてとっちめるのは決定として。お兄ちゃん!今から優子を助けに行こ...って、あ、あれ?お、お兄ちゃんがいないっ!?」
隣に今までいたサクヤがいない事に気付いた成美が周辺をキョロキョロと見渡すが、しかしサクヤの姿はどこにもなかった。
「え?お兄ちゃんて成美の横にいた人の事だよね?そ、そういえば確かにいつの間にかいなくなってるね?」
「あ!そ、そう言えば、さっき私達の横を人影っぽい何かが一瞬通り抜けてけど、それがひょっとしてその成美のお兄ちゃんかな?」
「イヤイヤ!それはないって!確かに綾香の言う風はわたしも感じたよ。でも人かどうかを判別出来ないレベルのスピードで動ける訳ないじゃん!」
綾香の呟きに、佐紀があり得ないと首を左右に振り苦笑をこぼす。
しかし成美は、
「い、いやでも、さっきのお兄ちゃんの動きなら可能かも......」
先程のサクヤの戦闘で見せていたスピードを体験していたので、綾香の言う事はあながち間違いではないかもと、親友達の後ろに続く通路に目線をソッと映す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「く...MPがそろそろ尽きそうだ。もうこれ以上このバリアも持たんな......」
「グアアアァァァ―――ッ!」
「く!?キャァァ!!」
ブラックコボルトのクロー攻撃を受けMPが底を着いたのか、バリアが粉々に砕け散る。
「ハァ...ハァ...とうとう最後のバリアもなくなってしまった......か」
ブラックコボルトの攻撃のよる衝撃で吹っ飛んだ体勢を何とか直しながら、女性が肩で息をする。
「こ、これでも...姉とのレベリングでそこそこにレベルを上げて......いるのだがな。し、しかしそれでもこいつには防戦一方...とは......か......ハァハァ......くぅ」
「グルルルルル............」
「......ふ。冒険者は死と隣合わせの...職業。そう自覚も...理解もしていたつもりだった...が、然れど...やは...り無念は......無念だな...ハァ...ハァ......」
冒険者の駆け出しにも満たす事なく、こんな一階層如きで朽ち果てるワタシを姉は情けないと軽蔑するだろうか?
そ、それとも、よくぞ親友の囮となってブラックコボルトに立ち向かったと褒めてくれるだろうか?
「グルルルルル......」
―――ああ、いやだな。
「グルルルルル......」
―――まだ生きていたいな。
「グルルルル.........」
―――佐紀。
―――綾香。
―――そして成美。
これからもお前達と共に勉学を学んだり、青春を謳歌したかったな。
恐らくこれで自分は死んでしまうのだろうと悟った女性は、無念の自念を口から次々とこぼしていく。
「い、いや...無念ではない。ワタシの犠牲を糧に友達を救えたんだ。為れば無念では...決して...ない.......というものっ!くくく......そ、そう...さ!む、寧ろ......本望......だっ!う、うぐっ!!」
「グルルルルル......グワアァッ!!!」
気力も体力も殆ど残っていない女性はガクッと崩れ落ちて両膝と両手を地面につけると、そこにじわりじわりと近づいていくブラックコボルトが近づいて来る。
そしてブラックコボルトはニヤリと口角を吊り上げると同時に、女性の頭上よりも高く両の腕を大きく振り上げた。
「グギャワァァァァアアアアッ!!!」
大きく振り上げた両の腕を、ブラックコボルトは女性の頭上目掛けて無慈悲と言わんばかりに力いっぱい降り下ろした。