79.庶民の少女
「それで、お昼ご飯なんだが」
「うん、何食べるの?」
「最近考えられた食べ物で、『ハンバーガー』という物があるんだ。アンジェは聞いた事ある?」
「ううん、無い。どんなの?」
見栄を張らずに、知らないことを知らないと聞ける素直さが、アンジェのかわいい所だと思う。
「サンドイッチの豪華版で、中にハンバーグが挟まっているらしいんだ。
王都でも出始めたばかりだから、一度食べてみたいと思ってね」
「サンドイッチに、ハンバーグ!?
それってすごくステキだね!」
「そうだろう?
庶民の間で流行り始めているもので、まだ王都の貴族街に店があまりないんだ。
この街は貴族街と庶民街の境があいまいだからね、このチャンスにぜひ食べてみようと思って」
「セトスさまも初めてなのね! 初めてのお揃いって、とっても楽しみね」
初めて食べるからというだけでなく、俺と同じ、という所にも喜んでいる。
「そうだな、初めてのお揃い。良いな」
アンジェはこれまで、多くの『初めて』を経験してきているけれど、そのほとんどは俺がした事があって、教えてあげてきた。
でも、これは二人共初めて。
それを純粋に喜ぶアンジェの横顔がとても可愛らしいと思う。
「おお、かなり混んでいるな」
「そうね、人がいっぱい」
さすが、王都で流行りの店だけあって、かなりの混雑だ。
ちょうど庶民と貴族のエリア分けの中間辺りに店を構えているので、両方のお客が来ることも、混雑の原因かもしれない。
「ご予約の無い方はこちらへお並びくださーい」
行列を捌くのにそれ専門の人が必要な程だから、中々の繁盛具合だな。
「アンジェ、中に席を取ってあるんだけど、外でピクニックのように食べることも出来るみたい。
どっちがいい?」
「んー、どうしようかな……セトスさまは、どっちがいい?」
「俺はどちらでも。ただ、あれだけ人が居たら、アンジェはうるさいんじゃないかな、と思うんだけど」
「たしかに、そうかも。
じゃあ、お外でピクニックでも、いい?」
「もちろん! じゃあ、人が多いし、アンジェは外で待っていてくれるかい?
俺が買ってくるよ」
「セトスさま、ありがとう」
普通の貴族なら使用人を連れ歩くものだが、生憎俺はあまり好きではない。
それに、アンジェと2人きりの時間を楽しみたいからな。
そのためなら、あの混雑の中へ突っ込んで行くことくらい、わけは無いさ!
一方、店の道向かいにあるベンチに座って一人で待つアンジェの所に、とてとてとひとりの女の子がやってきた。
「ねぇ、お姉ちゃんも、ハンバーガー食べるの〜?」
「ぇっ? うん、そうだよ」
アンジェはこうして外にひとりで居ること自体ほとんどした事がないし、知らない人に話しかけられた事もない。
軽い足音が聞こえたので、子どもが走ってきたのに気づいてはいたけれど、話しかけてくるとは思っていなくて驚いた。
「あのねぇ、まーちゃんはもう食べたんだよ?
とっても、とーっても、おいしかったの!」
とーっても、という少女の口調は本当に楽しそうで、アンジェも自然と笑顔になった。
「美味しかったの? わたし、今から食べるから、とっても楽しみ」
「そうでしょ? 楽しみにした方がいいよ! だって、その方が楽しいから!」
きゃはきゃはと笑う少女は、きっと旅行が楽しくて舞い上がっているのだろう。
その場でクルクルと踊り出して、全身でその楽しさを表している。
「そうね、たのしいね!」
その軽い足音はアンジェにも充分分かるほどに浮かれていて、アンジェも釣られて楽しい気持ちになった。
「まーちゃん、お待たせ。行くよ」
「あっ、お母さん〜」
外で食べたものを片付けに行っていた母親が帰ってきたようだ。
「あら、申し訳ありません。うちの子がご迷惑をお掛け致しました」
母親はアンジェの格好をひと目見て、貴族だと気づいたようだ。
申し訳なさそうに頭を下げるけれど、アンジェは全く気にしていない。
「いいえ、ハンバーガーが美味しいよ、って教えてくれたんです。
まーちゃん、ありがとう」
「そうですか、それなら良かったです」
「えへへ〜! じゃあね、お姉ちゃん!
バイバーイ!」
「バイバイ」
声がだんだん遠ざかっていく方へ、アンジェが手を振っているところへ、セトスが戻ってきた。
「あれ、アンジェ。どうしたんだい?」
「えへへ。まーちゃんがね、ハンバーガー美味しいよ、って教えてくれたの」
「……まーちゃん?」
アンジェが少しいたずらっぽい笑みを浮かべているのも可愛いな、なんて思いつつ。
「さっきの、女の子。わたしがここにいたら、話しかけてくれたの」
「そうだったのか。楽しかった?」
「うん、とっても。まーちゃんはね、わたしの目の事は何も言わなかったの。
ハンバーガーがとっても美味しいよ、って」
アンジェは、知らない人と会う時に、自分の目の事を言われるんじゃないかといつも怯えている。
特に、実家と関わる時はかなり。
でも、そんな彼女にとって、庶民の少女が目の事を気にせず話しかけてくれたのは、とても嬉しいことだろう。
「よかったな」
心の底からそう思う。
「うん。ここ、楽しいね」
知らない庶民の少女とアンジェが触れ合って、それでも彼女が屈託なく笑っていられることがどれだけ尊いことなのか、それを強く実感した。




